表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雲の采配  作者: 安芸咲良
12/15

第四章 女王の帰還(一)

 決心してからの鴻牙の行動は早かった。


 鴻牙はばさりと一枚の紙を机上に広げた。雲の王宮の見取り図だ。

「天上には少数精鋭で行く。珀璃様が言うには、剣を持って戦う雲の民は少ないそうだ。確かに武器の類の供物はなかったな。だが雲の力がある。油断は禁物だ」

 社の者達を集めて鴻牙は戦略を練っている。珀璃に書いてもらった見取り図を元に、侃々諤々議論が繰り広げられていく。

 珀璃はというと。

「本当に良いのですか!? 姫様!!」

 中庭で呉羽に問い詰められていた。

 その手からは白い靄が出たり消えたりしている。半分だが雲の力が戻ってきた。久方振りに使う力を確かめているのだ。食い掛かる呉羽を横目に、珀璃は充分だというかのように左手を握り締めた。

「姫様、聞いていらっしゃいます?」

「聞いているわ」

 珀璃は桃雲を見上げた。この時期に生るはずの実は、曇天のせいで小振りだ。このままだと薄紅色に熟すことなく落ちるだろう。

 伝説は伝説のまま終わってしまうのか。

 珀璃は今しがた生み出した雲をふわりと消すと、呉羽の方に向き直った。

「私ね、一人でどうにかしなければって思っていた。大地の民なんか当てにできない、当てにしてはいけない。私の力だけで天上を目指さなければ、って」

 そのことは呉羽も覚えている。地上に来る前だ。あの時の珀璃には、鬼気迫るものがあった。

 両親を殺され、自身の力も封じられ地上に落とされたのだ。当然だろう。

 主はいつからこんなに優しい目をするようになったのだろう。複雑な思いで見つめる呉羽に、桃雲を見上げている珀璃は気付かない。

「本音を言うと、鴻牙様達が傷付くのは嫌。私一人でできるのならば、そうしたい。でも、鴻牙様が支え合うことの意味を教えてくれた……。今までだって、ずっと色々な人に支えられてきたのだけどね。私が未熟だったから気が付かなかったのね」

 珀璃は呉羽に視線を戻した。彼女の瞳は、もう揺るがない。

「私は櫂醒を討つわ。もう彼の好きにはさせない」

 言葉はここに来たときと同じだった。だけど決意が違う。彼女はこの国に生きる全ての者のために、戦うことを決めたのだ。

 呉羽は主の真っ直ぐな視線を受け止めていた。そしてふっと目を伏せると膝を付いた。

せい呉羽、姫様のために生きると決めた身。どこまでもご一緒します」

 その時に珀璃が見せた笑顔は、それこそ桃の花が咲き綻ぶかのようだった。彼女がこんな笑顔を見せるのは、いつ以来だろう。呉羽は複雑な思いを胸に、ぎゅっと口を引き結んだ。


   *


 一同は広場に会していた。社の者達の前には珀璃が立っている。

 決行の日。珀璃は緊張の面持ちで、一つ深呼吸をした。

「では、参ります」

 珀璃は両手を前に突き出した。手の平から白い雲が浮かび上がってくる。その雲は見る間に大きくなり、人が十人くらい乗れる程までになった。

 珀璃は顔を上げて、皆を見渡す。

「本当に……よろしいのですか?」

 選ばれたのは七人。社の中でも腕の立つ者ばかりだという。そこには鴻牙と勇人の姿もあった。

 珀璃は迷っていた。彼らの命を預けてもらってもいいものか。剣だけで雲の力に適うか分からない。彼らを危険に晒していいものだろうか。

「この期に及んで何を仰ってらっしゃるのですか、珀璃様」

「そうですよ姫さん。俺らの覚悟は決まってます」

 口々に皆が言う。

 信じていいのだろうか。自分は命を預けられるに足る人物なのだろうか。

 ふと左手を取られた。隣を見上げると、鴻牙が微笑んでいる。その力強い笑みに、珀璃は心を決めた。

「では参りましょう! 天上へ!」

 鴻牙達七人の大地の民、そして珀璃を呉羽を乗せて、雲は天上へと上っていった。


   *


 天上。王宮の遥か上空を、珀璃達を乗せた雲は浮いていた。

「あの一番高いところが玉座です。あそこにきっと櫂醒はいます。その下の露台から中に入れるはずです」

 珀璃がうまく雲を細工して、皆を周りから見えないようにしてここまでやってきた。雲の力を使うのは久し振りのはずだが、それを感じさせない使い方に珀璃の力の強さを感じさせる。

 一同は眼下を見やった。雲の上に、荘厳な城が建っている。青空を背景に建つ石造りの城は、近頃曇り空しか見ていなかった大地の民には眩しい。

「狙うは櫂醒の首、ただ一つだ。……皆、死ぬな」

 全員がしっかりと頷いた。


「いたか!?」

「こっちにはいない! あっちを探せ!」

 走り回る衛兵を、珀璃達は柱に隠れてやり過ごした。鴻牙がそっと顔を覗かせる。

「思っていたよりも数は多いな」

「櫂醒が衛兵を増やしたのかもしれません。奴の力は父に及びませんでしたから、そういうところは慎重なのだと思います」

 露台に降り立ったところで、二手に分かれた。勇人達が城内を錯乱されている間に、鴻牙と珀璃は王座を目指す算段だ。

 予想していたよりも衛兵の数が多く、二人はなかなか玉座の間へと辿り着けずにいた。無駄な争いは避けたい。隠れながら衛兵をやり過ごしてきたが、その分勇人達に危険が増すだろう。できるだけ早く、玉座に辿り着きたいところだ。

 足音が聞こえなくなって柱の影を出た二人は、階段を駆け上がる。廊下を曲がる前に、衛兵がいないかと先を行く鴻牙は足を止めた。

「……申し訳ございません」

 背後から聞こえた小さな声に、鴻牙は振り返る。振り向いた先の珀璃の表情は、暗いものだった。

「……なぜ謝るのです?」

「櫂醒の考えを、見切っていませんでした。勇人様達を危険な目に遭わせています……」

 彼らは無事だろうか。珀璃は俯きがちに答える。

 苦しそうな表情を目にして、鴻牙は彼女の手を握っていた。

「大丈夫です、勇人達は強い。私の臣下ですよ? それとも珀璃様は、私達の腕が信用ならないですか?」

「そんなこと……!」

「貴女がいてくださるなら、私達はもっと強くなれる。信じてください」

 ふわりと向けられた笑みに、珀璃は何も言えなくなる。黙ってこくりと頷く。

 それを見届けると、鴻牙は廊下の安全を確認して角を曲がった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ