第二話
「くそ、くそ、くそォ!!」
ツァーリ帝国のカムヤシー半島の最南端にあるツァーリ帝国航空隊カムヤシー=スコリニシキ基地のガンルームで飛行服を着た女性が脚で物に蹴ったりして物に当たり、その頬には一筋の涙が流れていた。
「荒れてるなぁカティア」
「……カシプリウル公爵か」
荒れている女性――カティア・オヴォリフルは肩から息を吐きつつ同僚のレイラ・カシプリウルに視線を向けた。
「やだなぁカティア。普通にレイラで良いわよ。貴女も同じ公爵なんだから」
「……そうか」
「それでカティア。何で物に当たっているのよ?」
「……婚約者のラウズリー伯爵が戦死した」
「ラウズリー伯爵ってまだ一、二回しか会ってないじゃない。しかもこの基地で初めて会ったんでしょ? それにその婚約者って親同士が勝手に決めたんでしょ?」
「それは……そうだが……」
レイラの指摘にカティアは口ごもる。カティアの目の前で戦死したラウズリー伯爵は親同士が勝手に決めた婚約者でありカティア自身も伯爵とは今まで手紙で近況を語っていた事もあった。そしてカムヤシー=スコリニシキ基地にカティアが赴任してきて初めて出会ったという事だ。
「ま、私らはまだ二十になったばかりだし人生はこれからよ」
「……そうだな」
レイラの言葉にカティアは渋々ながら頷いてタオルで顔を拭く。
「……パイロットも増員されるようだよ。カムヤシー半島だけの航空隊だけじゃあ荷が重すぎた」
「それはそうだろう。何がカムヤシー半島の航空隊だけで落とせるだ」
カティアはそう罵った。開戦当初、ツァーリ帝国はカムヤシー半島に一個爆撃飛行隊、二個戦闘飛行隊を配備させていた。
中央作戦本部はそれだけで戦闘の口火を切らせたのである。
「秋津洲でも航空機はそんなに揃えていないだろう」
当時の中央作戦本部内ではそのような空気が蔓延していた。しかし、彼等のその予想は大きく裏切られた。
秋津洲皇国も航空機を既に保有していたからだ。秋津洲皇国はプロイシア帝国から航空機を購入してライセンス生産をしていた。
最初に生産されて配備されたのはフォッカー社が開発したD.T複葉戦闘機である。秋津洲名は九四式複葉戦闘機であり三百機以上が生産されて秋津洲の空を守っていた。
そしてツァーリ帝国と二度目の開戦で秋津洲は有利な戦いをしていた。ツァーリ帝国は開戦前にフラシーリヌ共和国からニューポール複葉戦闘機を購入してライセンス生産をしていた。
九一式複葉戦闘機とニューポール複葉戦闘機は互角の戦いをして多くの撃墜王を生み出していた。それに伴い多くの戦死者を出していたのは言うまでもない。
両国は更に航空機の開発を進めた。そして採用されたのが低翼固定脚の戦闘機だった。
ツァーリ帝国はツポルフ?-1戦闘機とし、秋津洲皇国は九七式戦闘機と名を改めていた。両機と格闘戦に強い戦闘機であり一歩も引かない戦いをしている――と言いたいがそうでもない。
確かに空戦は互角の戦いをしているがツァーリ帝国は秋津洲皇国に攻撃する時は海を渡らねばならなかった。
ツァーリ帝国のパイロットは洋上飛行には不慣れだった。そもそも長年ツァーリ帝国の第一仮想敵国はプロイシアであり秋津洲はレガリル一世が急に侵攻をしたせいで侵攻計画等が一からやり直す羽目になっていた。
それは兎も角、不慣れな洋上飛行で攻撃後に迷ったり方向を失って洋上着水する機が続出してしまう。そのため飛行訓練に洋上飛行の項目が追加された。
なお、秋津洲は島国な事もあり元から洋上飛行訓練は項目に存在していた。そのため迷子機が出るのは少なかった。
「噂では三日後に二個戦闘飛行隊、三個爆撃飛行隊が廻されるみたいね」
「噂だがな。その前にも二個戦闘飛行隊が増援で来ると噂になって実際に来たのは二個戦闘飛行中隊だぞ」
「まぁそれはねぇ……」
あまり上を批判すれば秘密警察の耳に入るので二人はそれ以上言う事はなかった。
「ま、当分は出撃は無いんじゃない?」
「……だと良いがな」
レイラの言葉にカティアはそう呟いた。しかし、秋津洲は早くに動いた。
「諸君に集まってもらったのは他でもない。いよいよ我が秋津洲皇国がツァーリ帝国に対して防戦から反撃に移行する事が可能になった」
指揮所前に集まったパイロット達に北道州第二航空隊司令官の楠木多聞少将はそう説明した。
「出撃予定は三日後の0500だ。攻撃は払暁とする」
楠木は指揮棒を持ち地図に指す。
「諸君らの任務は爆撃隊の直掩と爆撃隊が撃ち漏らした敵航空機への機銃掃射である。何か意見は?」
「司令官、爆撃隊はどの爆撃機ですか?」
「複葉機の九四式艦上攻撃機三六機、九五式双発軽爆撃機十二機だ。今は近くの瑞東基地に駐機している」
九四式艦上攻撃機とは複葉の艦上攻撃機であり、秋津洲皇国海軍が初めて建造した鳳翔型航空母艦に搭載するために作られた航空機である。ただ問題点を上げるとすれば水冷式エンジンであろう。
九四式の水冷式エンジンはフラシーリヌの航空会社からライセンス生産されたエンジンである。しかし、水冷式エンジンは秋津洲ではあまり馴染みがエンジンだった。秋津洲では空冷式エンジンが馴染みがあったからである。それでも九四式は四百機あまりが生産されている。
九五式双発軽爆撃機は秋津洲皇国が初めて開発した双発軽爆撃機である。爆撃機は既に開発して生産していたプロイシアのゴータ重爆撃機を購入して八八式重爆撃機として研究していた。そして開発したのが九五式である。
九五式は秋津洲皇国初の国産爆撃機でもあり二百機あまりが生産されているがツァーリ帝国のTB-1爆撃機と比べると性能は劣っていた。
今は空技廠で九五式の後継機が試作されているがこの試作機が空を飛ぶのはまだ先の話であった。
「此処でツァーリ帝国の出鼻を挫けば流れは此方の物になるだろう。諸君、一人十機撃破と心得よ。必ず叩きのめせ!!」
「楠木司令官に敬礼!!」
横山飛行長の叫びに士官達が楠木少将に一斉に敬礼をした。楠木少将も士官達に返礼をしてその場を後にするのであった。
「では解散だ」
横山飛行長の言葉に士官達はバラバラで解散をした。
「いよいよ侵攻だな。緊張するなよ葛城?」
「はぁ……アホか。今から緊張してどうするんだ」
真中の言葉に葛城は溜め息を吐きながらそう返す。
「でもよ、向こうに行くって事はこの間の女性パイロットとやらに会えるかもしれないぜ?」
「そんなの数万分の確率だぞ……」
真中の言葉に葛城は呆れながらも第一士官次室に戻るのであった。
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