お狐様と私 お狐様の本領発揮
どうしましょう。突然ですが、ただ今、靴箱の前です。登校してきて開けてみたら、うわ靴の上に手紙が乗っています。白い封筒なのですが、表にも裏にも何も書いてありません。これじゃあ、誰からのものかわかりませんね。あ、もしかして、これはかの有名な果たし状とかいうものなのでしょうか。もしそうなら、私は誰かの恨みを買ってしまっているということで……なにそれ、こわいです。
「これ、開けないとだめですかね?」
鞄のなかに入って、顔だけ出しているお狐様に、こそっと話しかけると、きらりとした黒い目でこちらを見上げ、首をかしげられました。ああ、私に纏わり憑いていらっしゃるお狐様は、今日も愛らしいことこの上なしです。
「んー、これ、一応預かっててもらえますか?」
今この場で読む勇気がなかったので、手にした手紙をお狐様に差し出すと、匂いを嗅いだあと、任せておけというように、ゆったりと頷かれ、やんわりとくわえられました。よし、お狐様に任せておけば一安心です。厄介事はできるだけ後回しにしたい主義なのです。
と、お狐様に預けていたら、本当にすっかり忘れていて、帰ろうと靴箱の前に立ったと同時に思い出しました。果たし状とか、一生忘れていたいんですけど、無視してしまったら、何をされるかわからないですし。はあ、と大きくため息をつくと、たしっと肩に乗ってきたお狐様が、ぺろっと慰めるように舐めてくれます。ありがとうございます、とふわふわした頭を撫でると、優しげに目を細められました。はあ、癒されます。よし、こういうのは気合いですね!
「すみません、今朝、預けた手紙を出していただけますか?」
そう言うと、お狐様は一瞬で手紙をくわえた姿になりました。どこに隠し持っていたのか、とても気になりますが、お狐様だから仕方ないですね。謎多きお方ですから。
手紙を広げると、お狐様も、肩からめずらしそうに覗きこんできました。授業中などは、私の膝の上で丸まっていることが多く、ノートを覗きこんできたりは、なさらないのですが。この手紙に何かお狐様の興味をひくことでもあったのでしょうか。そもそもお狐様が、文字を読めるのかどうかが私には謎です。
肝心の手紙の中身なのですが、放課後、西棟裏まで来てください、とだけ書かれていました。やっぱり差出人の名はありません。西棟には特別教室が集められていて、その裏はあまり人気がないところです。え、誰だか知りませんが、私、何されるんでしょうか。今、顔面蒼白な自信がありますが、もう、どうにでもなれです。厄介事はさっさと行って、さっさと片付けてお家に帰りましょう!そして、お狐様と思う存分戯れるのです!がんばれ私。
勢いこんで、西棟裏までやってくると、見覚えのある男子が1人、木のそばで立っていました。向こうも私に気づいたようで、こちらに歩み寄って来ます。その瞬間、肩の上でお狐様が、全身の毛を逆立てたのがわかりました。はい、これ完璧に敵認定です。
「来てくれたんだね」
私の前で歩みを止めたその男子は、隣のクラスだったような気がします。あまり接点がないと思うのですが、知らない間に恨みを買ってしまったのでしょうか。首をかしげていると、お狐様が威嚇モードを解除して、私の頬を舐め始めました。急にどうされたのでしょう。もしや、決闘がんばれの応援でしょうか。流石お狐様、私の応援をしてくださるなんて、素敵です。
隣のクラスの男子は、少しうつむき、何か躊躇しているようです。その間に、お狐様は、ぺろり、ぺろりと頬を舐めながら、私の首にうしろからくるりとしっぽを沿わせ、耳の横でふぁさふぁさと振って来ました。く、くすぐったいです。何をなさっているのですか。すぐにでも、お狐様に抗議したいくらい、耳と首がくすぐったいです。でも他の人には見えていないので、耐えるしかありません。
男子が、ぱっと顔を上げて何かこちらに向かって言っているような気がするのですが、声が小さくて聞き取りづらいのと、くすぐったさを我慢するのに精一杯で、なんだかよくわかりません。笑っちゃだめ。笑っちゃだめです。私は銅像、私は銅像、なにも感じない無機物です。心頭滅却すれば、しっぽもまたくすぐったくないのですよ。
お狐様の悪戯に負けないように、私が必死で暗示をかけていたら、前の男子は話し終わったようで、こちらをじっと見つめていました。え、何をしゃべっていたのか、全然わからないんですけど。どう反応すればよいのかと思っていたら、突然、耳をぺろりと舐められました。
「もう!いいかげんにしてください!」
くすぐったさの限界を突破してしまって、ふるふると首を振って、口を開いてしまいました。しまった、と思ったときには、目の前の相手の顔色がとても悪くなっていて、どうごまかそうかと考える暇もなく、その男子は「そうだよね。急にごめんね」というと、肩を落として去って行きました。一体、何だったのでしょうか。今謝るべきは私の方だと思うのですが。とりあえず、決闘は回避されたと思っていいようです。
「でも、お狐様のせいで、絶対変な人だと思われましたよ!どうしてくれるんですか。ここは、家じゃないんですからね」
男子が行ったとたんにくすぐり攻撃をやめたお狐様は、私の抗議を何やら満足そうな顔でやり過ごし、早く帰ろうと言わんばかりに、私の鞄のなかに潜り込みます。最近、鞄に入って登下校するのがお気に入りのようで、鞄から顔を出すお狐様のかわいさに、仕方がないな、と絆されつつ、帰路につきました。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「はあ、今日はなんだか、よくわからない日でしたね」
帰って来て、自分の部屋のベッドに仰向けに寝転ぶと、たしっと胸の上にお狐様が乗ってこられたので、ふわふわの毛並みを堪能するために、ぎゅっと抱きしめました。ああ、気持ちいい手触り、最高です。私が、お狐様の背中の毛並みを指で梳いていると、ふにふにと前足で胸を押されたような気がしたのですが、多分気のせいですよね。
はあ、もふもふ癒される、と撫でていると、お狐様がもぞもぞと這い上がってきて、肩あたりに前足をかけられました。じっとこちらを見つめてきます。黒々とした目から視線が外せずにいると、唇にちょん、とキスをされました。ひんやりとした鼻があたります。いつもながら、お狐様は、私を萌え殺す気なのでしょうか。かわいすぎにも程があると思います。
内心で悶える私をよそに、お狐様は目を細めたかと思うと、ぺろりと唇を舐めてきました。そしてそのまま執拗にそこを舐め続けられてます。いつもは頬なども舐めるのに、今日は唇一択のようです。なんだかお狐様の舌の動きが、私の唇を割ろうとしているような。いや、まさかそんなわけないですよね。あまり舐められていると、唇がふやけそうなので、お狐様に声をかけようとした瞬間、長い舌がぬるりと口のなかに入ってきました。
「んうっ……んんっ」
ええっ!?どういうことですか!?お狐様のし、舌が私の舌を舐めてますよ!お狐様は首を傾けて私の口ごと覆って、なかを探るように舌を動かしてきます。
「あふっ」
ぬめる舌がぞろりと歯列の裏を撫でたとき、ぞくっとした何かが腰から背筋にかけて走りました。得体の知れない感覚に、うまく息ができなくて、もう訳がわかりません。ぴちゃぴちゃと音をたてて、口内をまさぐるお狐様の舌は容赦がありません。あ、なんだか涙まで出てきました。うー、うー、とうめきながら、もうやめてくださいと、お狐様の背中をぱしぱし叩くと、ぺろっと私の唇を一舐めし、ようやく解放してくださいました。
足りない酸素を求めるように息をして、急に何するんですか、とお狐様を詰ろうとしたら、労わるように目もとを舐められました。まあるい目がこちらを様子を窺うように覗きこんできます。うっ、そんな濡れたような目で見つめられたら、怒れるものも怒れませんよ!その状態で私たちは、しばらく見つめ合っていましたが、我慢ができなくなって、がばっと抱きつき、もう怒ってませんよ、とささやくと、お狐様のしっぽがふさりと揺れました。その時、お狐様の黒い瞳が鋭くきらりと光ったことは、きっと私の見間違いなのでしょう。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
その後、あの隣のクラスの男子とは、廊下ですれ違うこともあるのですが、私を避けるように視線を逸らしているように思います。そして彼と遭遇する時は必ず、お狐様はぴりぴりとした空気をお纏いになるのですが、私にはそうする意味がよくわかりません。彼は、落ち着いて見てみると、真面目でおとなしそうなので、そんなに警戒する必要もないんじゃないかな、と思います。
そんなことよりも、私は一刻も早く、私と同じようにお狐様に纏わり憑かれている方と出会いたいです。お狐様のスキンシップが徐々に激しくなっているような気がしてなりません。冷静になって思い返してみると、人生初のディープキスですよ。そう、ディープキスですよね、あれは!いつものかわいらしい、ちゅっ、とかぺろっ、とかとは明らかに違っていました。びっくりしましたよ、もう。最近お狐様はかわいらしいだけではなく、妙な迫力を身につけておいでで、もう本当にどうしていいのやら。ああ、その様子を思い出すだけで、胸がどきどきしてきます。
この困惑をどなたかに打ち明けて、相談にのってもらいたいのですが、私の周りには、お狐様に纏わり憑かれているという方がいらっしゃらないという悲しい現実。みんなでお稲荷様にお参りツアーでも提案したい気分です。じつは纏わり憑かれているけど、誰にも打ち明けられないと悩んでいる同志の方、お稲荷様お参りツアーに参加希望の方、もし、いらっしゃいましたら、ぜひぜひ私までご一報くださいね。そして私の悩みを聞いてください。よろしくお願いします。一緒に楽しい纏わり憑かれライフを送りましょう!
読んでいただき、ありがとうございます。もう増えないんじゃないか、と思っていたのですが、もふもふに呼ばれました。少しでも楽しんでもらえたら幸せです。皆様もよいもふもふライフを!