第九十七章:モヤモヤ
しばらくして姫華がお茶とお菓子を持って戻ってきた。
嬉しそうに――いや、悪い笑顔をしてドアを閉める。
「愛理と父さんが同時に開けてたんだけどさ……」
ニヤニヤしっぱなし。
何となく想像がつくけど、とりあえず次の言葉を待ってみる。
「父さんの方はウェットティッシュとか綿棒とか、薬屋っぽい中身でね――愛
理のなんて筆箱とかキャラ物の色鉛筆とか……小学校入学か! って物ばかりでさぁ……」
どうやら中身が不遇だったのは自分だけでは無い事に喜んでいるらしい。
梨花はドサリと座り込み、小さく溜息をつく。
「もう絶対このデパートの福袋は買わないわ」
「同感っ!」
姫華も腕を組んで応えたけど、
別にあのデパートが悪いんじゃ無いと思うよ。
どこで買っても一緒のような気がする。
私が心の中で溜息をついていると、
ふいに梨花が身体を起こした。
「そういえば宮咲さんは、いつから登校するんでしたっけ?」
いつの間に合否の結果を……
そんな仲になっても、やっぱり姫華の事は「宮咲さん」って呼ぶんだ。
姫華はそばにあったクッションを抱きしめ目を細める。
「次の新学期。一月の……十四だったかしら」
「確かに十三日は祝日だけど、新学期は八日からよ」
「えっ!」
私と姫華が同時に声をあげ、
梨花は私の驚いた顔を見てもっとびっくりした様子。
「裕海ぃ……言ってたでしょ? 木曜の八日が新学期だって」
そんなの聞いてない。
――いや、単に私が聞いてないだけだけどさ。
でもおかしくない?
木曜に新学期とか、冬休みを月曜まで伸ばそうよ!
「でも思ったより少し早く、裕海ちゃんとの学校生活を送れるね~」
姫華はクッションに頭を乗せ、
まったりとした表情で私を眺めている。
まあそうだね。
姫華に梨花、灯とかと会えるのが少し早まったと考えれば――
そう考えられれば、もっと人生楽しいのかな……
「ところで冬休みの宿題はやった?」
「それは終わってる。意外と私集中力あるんだっ」
ピースサインを見せ、梨花はそんな私を見てクスリと笑ったが、
フッと思い出したように姫華の方を見た。
「転入前に進み具合確認しておいた方がいいんじゃないの?」
「大丈夫よ。私天才だから」
姫華は胸をトンと叩いて鼻高々で言ったが、
高校生でそれは流石に危なくないか……
勉強しないのが許されるのは小学生までだよ!
姫華が私の顔をチラリと見て目を細める。
……もしかして私、今凄い顔してる?
「そんなに心配しなくて大丈夫よ。進み具合は一応聞いてあるわ、前の学校でそこまでは終わってるの」
むぅ……
凡人の私からするとその言葉はトゲトゲしいぞ。
元進学校通いの優等生……
きっと私がいなかったら、もっとレベルの高い学校にでも――
「まああの学校はピンからキリまでいるから、宮咲さんと話が合う方もいると思うわ」
梨花が紅茶をすすり、静かに呟いた。
そういえば梨花も優等生だったよね。
……あれ? 待って。
ピンからキリって……
梨花と姫華がお互い別の方向を見ながらクスクス笑っている。
――あー!
「今私のことさりげなくバカにしたでしょ!」
「うん……ごめんね?」
「だって可愛いんだもん」
梨花と姫華に同じような返事をされ、
何だか嬉しいような悔しいような妙な感覚へと陥ってしまう。
むぅ……どうせ私は優等生じゃ無いですよ。
「その表情がねぇ……♡」
へ? 何が。
二人とも大人っぽく含み笑いをしているようで、実はニヤニヤしながらこっちを見つめている。
口元を隠しながらニヤけるって――どういう高等技術よ。
「そのむくれたような、ムッとした顔が可愛い……」
何ですかそれーっ!
「裕海、可愛いよ……♡」
梨花に小動物を愛でるような表情で撫でられる。
恋人さんに頭を撫でられるのは別に嫌では無いけど……
「恥ずかしいよ……」
「良いな~裕海ちゃんの頭撫でて~」
姫華の物欲しそうな視線を感じる。
そんなにじっと見つめられながら、梨花にこんな事されて――
「裕海ちゃんの顔……真っ赤だよ?」
分かってるし。
でも仕方無いじゃん。
外もかなり暗くなってきたので梨花は急いで帰り支度を始める。
そういえば神社から出たときの時点でもう暗かったし、
そのあとデパートで結構待って……
凄くあっという間だったから全然気にしてなかったけど、もう夜だったんだよね。
「宮咲さん、また学校で」
姫華はわざとらしく甘えたような声を作り、
「え~……新学期まで会ってくれないの~?」
梨花は黙ったまま姫華をしばらく眺めたあと、
私の方に向き直りニコリと微笑んだ。
「裕海、またね」
「待って、駅まで送ってくよ」
私はすぐに家に戻りパーカーを持って戻って来ると、
梨花と姫華は普通に仲良しそうに談笑している。
ドライなのか自分の心を騙すのが得意な人たちなのか分からないけど――
何となく心が痛むのは何故なんだろう。
二人きりでの駅までの道のりは静かだった。
初詣のあとに今までの寂しさを全て洗い流せたからか、
今は特に梨花と話したい事が無かった。
――違う。
話したい。
話したいんだけど、
何かさっきから心の中で何かがモヤモヤとしてて……
「裕海、どうしたの?」
梨花の心配そうな顔が視界に入り――
「ひゃぁ!」
向かいから来た自転車にびっくりして飛び退く。
危なかった。全然気がつかなかったよ……
「どうしたの? 何か心ここにあらずって感じなんだけど」
「うん……大丈夫……かな?」
普段なら愛しの恋人さんの顔を見れば凄く安心するのに、
今は梨花の顔を見ても何故か安心できない。
むしろ何かが積もり積もってモヤモヤが倍増する。
――何なのよこれ……
「裕海……」
「うるさいなぁ!」
言ってから梨花の悲しそうな顔が目に入り――
自分に対する何とも言えない嫌な感覚に襲われる。
――何だか分からないイライラのせいで梨花にこんな顔させるなんて。
「ごめん……違うの、何かその……」
「久しぶりだったから……疲れちゃった?」
疲れてイライラするとか、
私そんな子どもじゃ無いよ!
何なの?
この変な感覚。
梨花を見ていると感じる、
梨花がどこかに行っちゃう! って感じのする。
目の前にいる恋人さんが自分から離れていっちゃうような……
「ちょっと裕海どうしたの!?」
別に悲しくもなんとも無いのに何故だか涙が出てきた。
何か私、梨花の前で泣いてばっか……
「大丈夫? 今日家来る?」
「お正月早々泊まって大丈夫なの?」
実際梨花の家には行きたかった。
何だかこのままだと梨花がどんどん遠くへ行っちゃうような、
そんな感覚から逃げるためにも梨花とはひと時も離れたく無かったのだ。
「別に大丈夫よ。両親とも歓迎すると思うわ」
「迷惑はかけないようにするから……」
電車に揺られること数十分。
一回の乗り換えが少々面倒だけど遠距離恋愛してる人と比べれば、
普段は毎日学校で会えるだけ良いんだと思う。
勉強は嫌いだけど学校に行くのが別に嫌では無くなった。
恋をすると世界が変わるとか言う言葉があるけど、
恋が成就する――いわゆる恋人さんができるともっと世界が晴れやかに
なる。
だから梨花といられることが私の最高の幸せだと思ってたんだけど……
――はぁ……何なんだろう、この胸の重み。
ズシリと鉛でも流し込まれたような妙な感覚。
何となく昔の(数ヵ月前の話ですが)思い出が頭をよぎる。
――これに似た感覚を前にも、
まだ私が倉橋君のことが大好きだった時。
その姿を見ただけでドキドキして、
笑顔を見ると思わず目をそらしてしまう。
そんな甘酸っぱい青春を送っている時にも感じた気がする。
あれは確か――
「間も無く~南町」
「裕海。降りよっ」
梨花に手を差し伸ばされ、
ちょっぴり懐かしい回想はここで一旦停止した。




