第九十五章:新年最初の梨花とのデート
近くの軽食屋さんで済ませようと思ったのだが、こともあろうか梨花は牛丼屋に入ろうとした。
「ちょっと梨花? 何で牛丼屋さんに……?」
梨花は顔を赤らめ、
「年末見たデート特集で、女の子がデートで牛丼屋さんに一緒に入ってくれるのは嬉しいって――」
ちょっと待て。それは男性相手の時の話でしょう? 別に女同士なんだからそんなこと気にしなくても――ってか気にするなー!
きょとんとした顔で私を見つめる梨花を引っ張り、牛丼屋から離れる。
私は辺りを見渡して誰もいないことを確認してから、ゆっくりと口を開いた。
「それは男の子とのデートの時でしょ? 私は女の子なんだから別に、その辺のファーストフードでいいのよ」
「う~ん。いつもそればっかりだったから、たまには変えようかと思ったんだけどな~」
梨花は半分だけ真剣な顔を作り、
「でも裕海が『それが良い』って言うんだったら……私もそうしようかな」
「もしかして……牛丼食べたかった?」
梨花はちょっぴり顔を赤らめ、静かにコクンと頷いた。
――何だ……そうなら最初からそう言えば良かったのに。
「大好きな女の子に……そんなこと言えないよぉ……」
それはそうでしょうね。
別に牛丼だからとか親子丼だからとかは関係なく、
新年初のデートで「これが食べたい!」なんて言えませんよ。
ましてや相手が女の子――梨花も女の子だけど、
そういう意味では無く、
どっちかって言うと梨花が私を引っ張って行く感じで、自分で言うのもなんだけど私が甘えて梨花が抱擁するって関係だから――
多分言いにくかったんだろう。
恋人さんを甘えさせる立場の自分が、自分の意見を持って「こうしたい!」
と言うのが――
気にしなくて良いのに……
むしろ我慢されて始終不機嫌な顔されたり、上の空になってる方がよっぽど嫌。
恋人同士のデートなんだからもっと梨花も楽しんでよ!
「今日は梨花の食べたいっていう牛丼にしようか?」
「良いの? 裕海ぃ……」
梨花が甘えたような声で私を見た。
期待するような申し訳なさそうな、絶妙な表情をしてから梨花は嬉しそうに笑い、
「ありがとっ! 裕海」
私は梨花の手を握り歩きだそうとしたが、梨花は私の手を握ったまま、
「本当は……裕海と並んでお丼ぶりものを食べたかったんだぁ」
「何で?」
「だって何か……並んで座りながら一緒に同じものを食べるのって、何だか憧れない?」
まぁ……言われてみると?
――梨花と一緒に並んで……か。
何故か私の頭の中には梨花と食べさせっこをしている情景が浮かんだ。
違う違う!
食べさせ合いじゃ無くて、並んで――
「どうしたの裕海ぃ?」
梨花に顔を覗き込まれる。
どうしてもその情景を妄想すると、私と梨花は精一杯イチャイチャしている状態しか浮かばない。
――牛丼をお箸で梨花のお口に運んで――
「んむぅ」とか言って梨花は嬉しそうにお箸にのったご飯を――
ふと気がつくと梨花の顔が目の前にあった。
「わひゃぁ!」
妙な声。
通行人数人の視線を浴びてしまい、顔を梨花の方へと向ける。
「早く行こっか」
梨花の手を握りながら、私はさっき前まで来た牛丼屋へと入った。
「結構時間かかったね~」
「でも美味しかった」
牛丼屋から出た頃にはもう夕方近くになっていた。
ここからまた碧町まで行って初詣――間に合うかな……?
「ほら裕海早く行こっ!」
珍しく梨花が積極的――
梨花の地元でこんなはしゃいでる梨花を見るのは――もしかすると初めてか
もしれない。
梨花に手を引かれ、私は駅へと向かう。
電車に乗っても梨花のテンションは高かったらしい。
さっきからずっと座席の上で私の手を握りしめている。
時折指先がピクリと動く。
「裕海……意外と混んでないね」
「うん。夕方だからかな……?」
私たちの座る車両には十数人しか乗っていなかった。
老夫婦や子連れの親――私たちくらいの年代の人はほとんどいない。
「神社って駅から近いの?」
「歩いてすぐだよ。家とは逆方向だけど」
「ああ……だから前に来た時に見なかったんだ。あれ? 駅のそばに神社なんかあったっけ? って思ってさぁ」
景色を眺める梨花の横顔はとても綺麗だった。
もし私が絵を描くのが得意だったり、
写真を撮るのが趣味だったら迷わずこの瞬間を収めたいと思うだろう。
愛しい恋人さんが冬の景色を眺めながら物思いにふけっている――
夕焼けを浴びたその顔は、凄く煌びやかで――
「ねぇ裕海」
梨花がフッとこっちを見てニッコリと笑いかける。
私も精一杯の笑顔でそれに応える。
「何? 梨花」
「綺麗だね……」
窓の外の景色は冬らしく、澄んだ綺麗な空に夕日が反射して言葉に言い表せないほどに美しかった。
碧町駅で電車を降り、
私と梨花は碧町神社へと足を進めていた。
普段よりは混んでいるとは言っても朝と比べると人通りもまばらになり、道路中がすし詰め状態になるなんてことにはならずに済んだ。
「こっちの方来るの初めてかも」
嬉しそうに私の手を握りながら、
「こんな街中なのに神社があるの?」
「うん。あれだよ」
長い階段の前まで来ると、梨花の表情が少々堅くなった。
目がくらみそうになるくらいの高さ。
梨花は唖然とした表情で階段の上を眺め、
「ここを登るの……?」
「大丈夫だよ。私とか子供の頃から普通に登ってたし……」
神社という建物は大抵山などの土地の高い場所にあるので、普通に平地から神社に向かおうとすると坂や階段を登らなければならない。
立派なお着物とか着て登っている人とか見ると心から尊敬する。
あんな動きにくい服でこんな階段を登れるなんて――
私たちはもう半分くらいで挫折しかかっていた。
「やっと登りきったぁ……」
長い階段を登り終わりてっぺんに着いた私たちはそばにあったベンチに座り、ゆっくりと息を落ち着かせた。
登るだけで疲れた……
私本当体力無いんだなぁ。
夕日も沈みかけ、少し暗くなってくる。
普段夜になると静かで寂しい神社周りも、
初詣や新年のお祝いでたくさんの人がお参りをしている。
私はベンチから立ち上がり梨花に向かって手を伸ばした。
「梨花っ! お賽銭投げに行こ」
「裕海は何円玉を投げるの?」
何でそんな事聞くのかな……?
「ん~……ご縁があるようにって事で、五円かな?」
梨花はニコッと微笑み、賽銭箱の前までゆっくりと歩いた。
「始終ご縁があるように……って事で、四十五円の方が良いんだよ?」
「あ~……ああ! そうか、始終ご縁ね」
梨花はそう言ってお財布から四十五円を取り出し、静かに手を合わせてから賽銭箱の中に投げ込んだ。
私も同じように静かに拝み、五円玉を入れようとしたところで梨花が「あっ」
と叫び、危うく五円玉を地面に落とすところだった。
流石に落としたお金をお賽銭にするのは嫌だよ。
「どうしたの? 梨花」
「静かに手を合わせるのはお寺だよ……神社はもっとこう音を出すんだった」
梨花は残念そうな顔で私の顔を見て、
「しまったなぁ……でも良かった。裕海がお賽銭投げる前で」
そうだね。
私は――梨花の分もお願いしようと思う。
私は心の中で「梨花といつまでも一緒にいられますように」と願い――
五円玉を二枚。
梨花と私の分――神様に献上した。
「はいこれ。裕海の分」
「ありがと」
温かい甘酒を配っていたので、梨花は二人分もらって来てくれた。
身体の中からポカポカする。
二人で並んで甘酒を飲み、
フゥっと同時に息を吐く。
真っ白な吐息が空を漂い、スっと消える。
「温かいね」
「うん。身体の中からぽっかぽかだよ」
温まった身体同士をくっつけ、お互いの手を握り合う。
人通りもまばらになった神社の脇。
日も沈み暗くなり、
近くを歩く人たちの顔も良く見えない。
――今だったら。
「梨花」
「何? 裕海――」
久しぶりに味わう梨花の唇。
ほんのり甘く温かくて、溜め込んでいた私のキス欲が盛大に刺激される。
「んぅ……んっ……」
とろけるような舌が侵入してくる。
私も梨花の口内へとゆっくりと舌を入れ、優しく――時に激しくかき回した。
「んっ……んんー……♡」
舌同士が絡み合い、屋外なのに思わず声が漏れてしまう。
甘く幸せな気分になる梨花とのキス。
もう梨花無しでは生きていけないよぉ……!
唇を味わいながら私たちは立ち上がり、お互いの身体に腕をまわしてもっと強く密着する。
温かく柔らかい身体に、バクバクと波打つ鼓動。
梨花が私とのキスでこんなにドキドキしてくれている――
もちろんその鼓動には私のも混じっている。
梨花と屋外でこんなに激しいキスをするなんて――
ドキドキしすぎて少しクラクラしてきた。
「ぷはぁ……♡」
愛らしい糸がお互いを結び、私たちは顔を見合わせる。
紅潮してトロ~んとした表情をお互いに向け合い、思わずニヤけてしまう。
「もっとしよ?」
「もちろんよ」
それからしばらくの間、
梨花と私は神社の建物の陰でゆっくりと甘い時間を過ごした。




