第九十二章:今年最後にあなたの声を
ここ二日間特に何も起こらなかった。
ただ一昨日、姫華のベッドでメイド服を着たまま熟睡する。という失態を
おかしてしまったことくらいか。
――まぁ。姫華以外の人には見られて無いんだし、良いか。
ううん。良くない良くない! 抱きしめたまま眠っちゃうとか――
ああ。思い出しただけでドキドキしてきちゃったわ……
私がそんなことを思い出しているのは――十二月三十一日。今年最後の日
のことであった。
両親ともに肝心な場所の大掃除をほったらかしていたらしく、ここ二日間
は母も父もずっと掃除をしていた。
私はゆっくりと自室でくつろいでいたが、別に今日で今年が終わるという
実感も無く、ただただ普通に一日が過ぎていった。
「あっ。今日もキスしとかなきゃな」
一応一日や二日空いても大丈夫だとは言われたが、やっぱり自分のことだ
から気になるし心配だ。
明日は空けても良いかな? お正月そうそうサボるのも良くないかもだけ
ど……
大丈夫! 二日は梨花誘って初詣行く予定だし。
――って連絡とってないけど、来てくれるかな……?
私は少し心配になり、今日のうちに梨花に電話をいれることにした。
「もしもし。梨花?」
『あ~裕海ぃ。久しぶり、どうしたの?』
久しぶりに聞く梨花の優しい声に思わず笑みがこぼれる。
電話という機械越しだけど、やっぱり愛しい恋人さんの声は深く心に染み
渡る。
「んー。二日に初詣行こうと思ってるんだけど、梨花も一緒に来ない?」
『良いよー。碧町駅に行けばいい?』
去年の初詣を思い返す。
確か灯と一緒に行ったんだけど――駅とかもう大混雑で無理。
「難しいかも。人がいっぱいで大変なんだ――南町の方はどう?」
『うちは碧町と比べて田舎だから大丈夫』
「じゃあお昼過ぎくらいに行けば良いかな?」
『そうだね~。夕方には碧町に着いておきたいし』
流石優等生! 計画の立て方と頭の回転が私みたいな凡人とは違うね。
明日は一日まったり過ごすとして――二日以降はちょこっとずつでも梨花
と会う時間を増やそうっと。
そしたらいっぱい甘えて~……
嫌なこと思い出した。来年受験じゃん……
『裕海? どうしたの?』
梨花の声でハッと我に帰る。
危ない危ない。また精神がどこかに旅立っていた。
「うん! それで大丈夫――それよりも……梨花と早くキスがしたいなぁ」
ちょっとの間があり「コクン」と飲み込む音が電話越しに聞こえた。
『私だってしたいわよ。ごめんね本当ここのところ会えなくて』
大丈夫。大体想像がつくから――梨花の部屋に前に行ったときに見たけど
もう通常レベルの綺麗さでは無かった。
多分大掃除をしっかりやってるかあるいは――
『苦手克服頑張ってるんだぁ』
梨花の苦手……料理だっけ? お掃除もできて真面目な優等生さんで――
唯一の苦手である料理も極める……だと?
「お料理頑張ったら、将来梨花一人でも完璧に暮らせるね!」
『え~……一人では無理。裕海がいないと』
「私~? 私いても何にもならないよ?」
『癒し』
んぇ? いやっ……癒し?
つまり新婚さんが「あなたが家にいてくれると幸せ」とか「お前のためだ
と思えば、辛い仕事だって頑張れる!」って言っているような意味で――
『猫ちゃん……♡』
猫? ああ。あれですか、私は飼い猫でただ可愛いから一緒にいたいと―
―あー……「可愛い」ねぇ……うん。
「梨花。それって私のこと褒めてんの?」
『ん~。どうかな~?』
「もぅ……梨花ったらぁ――」
『梨花! お湯! お湯吹き出てる!』
電話口から梨花とは違う女性の声がした。――あれは確か梨花のお母さん?
『んぇ! ヤバっ! ちょっとごめん。もう危ないことになって――きゃぁぁ!』
ガシャンとかバリーンだとか凄い音がした。
梨花の料理苦手って――
『ごめん! また後でっ!』
梨花はそれだけ言うと電話を切った。
――まあ。女の子には一つくらい苦手な物があってもいいと思うよ? うん。
梨花との電話終了後、庭の陰で私は姫華と軽くキスを交わし今年最後の除霊
儀式が終了した。
十一月の始めだから……ちょうど二ヶ月くらいか。
背後霊だって分かってから色々あったなぁ……
梨花と付き合って、梨花とイチャイチャして姫華と再開して――
今年は結構充実できたかな?
去年の大晦日を思い返すと――某歌合戦見ながら年越しそば食べて、初日の
出を拝みながら「今年こそ青春できますように」ってお願いしていた。
「青春できたかな……?」
でも多分お願いは叶ったんだと思う。
――去年と比べて、凄く楽しかったから。




