第八十九章:お姫様抱っこ
「お待たせ~」
姫華の部屋でしばらく待っていると姫華が嬉しそうに入ってきた。
姫華は私の隣に座り、顔を赤らめながらチラチラと私に熱い視線を送って
いる。
「キスだよね……?」
「それもなんだけど……もう一つ良いかな?」
「うん! 何でも言って!」
姫華はキラキラした目で私を見つめている。
私は一度深呼吸をしてから、姫華の両肩に手を置いて顔を近づけた。
「お姫様抱っこをして欲しい」
「ふへ……?」
――しばしの沈黙。うん、分かってた。
突然そんな事言われて「うん、良いよ!」なんて言う人が――
「良いの? 裕海ちゃんをお姫様抱っこして良いの!?」
予想外――いや予想通りの反応だったかもしれない。
姫華は嬉しそうに頬を包み、
「お姫様抱っこしながらのキスかぁ~、ヤバい……ヤバいよ凄く良い!」
「えっと……姫華?」
姫華はにっこり笑うと、私を軽々と持ち上げ腕と身体で抱えた。
姫華の身体との密着。
そして近づき合う二人の顔――
ヤバい……ちょっとドキドキしてきちゃったんですけど……
「お姫様……♡ ん~何か違う……」
姫華はしばらく黙りながら百面相をして、
「プリンセス・ユウミ……♡」
満足そうな表情の姫華を見て思った。
――少女漫画の読みすぎじゃないかな?
そのまま姫華は、私を抱えたまま立ち上がった。
――感覚的に突然遠のく地面に若干の恐怖を感じるが、姫華に優しく抱っ
こされているのは――なかなか、いや……かなり良いかも……♡
「今度氷室さんにもやってもらおう……とか考えてるんでしょ?」
危ない。今考えるところだった。
自分から姫華に「抱っこして」って頼んだのに、例え恋人さんでも他の人
の事を考えるのは……ねぇ?
「ほら……ほらほら~♡」
ちょ、ちょっと姫華? あまり動かないで――って!
姫華は私をお姫様抱っこしたまま、スキップをしたり小走りしながらター
ンしたり……
いや、嬉しいですよ? でも怖い!
「裕海ちゃん軽い~これだったらいつまでも抱っこできそう」
姫華の嬉しそうな顔を見ると、まぁ……このまま抱っこされっぱなしって
のも悪く無いかもな……なんて思ってしまう。
――っていうか。よく軽いって言われるんだけど――私は本当に軽いんだ
ろうか?
前に梨花が気を失った時、私は梨花を保健室まで連れて行くことができな
かった。
でも逆に私が体育倉庫で倒れた時は――梨花が抱えてくれたらしい。
それに姫華の家に来た時も……あはっ……あの時は色々あったなぁ……
「どうしたの? ニコニコして」
姫華は全く疲れている様子を見せない。
――やっぱ私に体力が無いだけかなぁ……
可愛らしくテニス部のマネージャーとかやってれば良かっ――あー……そ
れはそれで自分の時間が削られるから嫌だなぁ……
「姫華ってさ……部活とかやってたの?」
姫華は首を横に振り、
「お父さんが転勤多かったから、出来なかった。――まぁやりたい部活が無
かったっていうのもあるけどね」
「姫華運動得意そうなイメージがあるけどなぁ……」
姫華「きゃはっ」と笑い、
「え~? 私裕海ちゃんと再開して最初に『オタクか!』って言われたんだ
よ? 読むの専門の文系だよ。運動って言ってもできるのは卓球くらいかな?
えへへ……地味っしょ?」
「姫華卓球得意なの?」
姫華はニッと笑った。
「これでも家族の中では温泉卓球一番強いんだよ! 今度やってみる? 二
人っきりじゃ無くてもいいから温泉とか」
あ……行ってみたいかも。
多分うちの親なら、同性の幼馴染とか友達とだったらオーケーされるだろ
うし。
「行こうか? 近いうち……」
「でもその時は氷室さんにちゃんと了承とりなよ?」
姫華の「めっ!」とでも言うような表情……何か可愛い。
梨花に了承――ああ、梨花とも行きたいなぁ……
梨花の誕生日って確か二月二十七日だったから――
「温泉って夏は合わないよね……?」
「合わなくは無いけど……どうせなら冬が良いな。それに温泉って言っても
旅行ついでの温泉旅館だよ? 嫌だよ。お年寄りでも無いのに温泉巡りツア
ーとか行くの」
私と姫華は顔を見合わせてクスッと笑った。
お姫様抱っこ中だから、顔が凄く近い……♡
「ねぇ……今日のキスはこのまましちゃおっか?」
冗談っぽい言葉にも、可愛らしい猫のような目が合わさると――
自然と期待してしまう。ヤバい……このシュチュでキスとかドキドキする
……
「姫華……」
「待っててね」
姫華はちょこっと腰に力を入れ、片膝を立てて座り私を少し抱え直した。
「これなら大丈夫かな?」
流石に姫華も私を抱えたままずっと立っているのは疲れたのだろう。
――って! 座った事で顔がもっと近づ――
「んんっ……♡」
フッと唇を塞がれ、
「ぷはっ……♡」
すぐに離された。
「ごめんね? 私ももっとしていたいんだけど……ここが……」
姫華は指先で自身の胸のあたりをクリクリと撫で、
「良心が痛んじゃうんだ……えへへ、バカみたいだよね私。前は無理やりに
でも裕海ちゃんのことを自分の物にしようとしてたのに」
姫華……
「大丈夫よ! 新学期になったら裕海ちゃんと同じ学校行くんだから、それ
にもう流石に父さんも転勤無いだろうし。次は学校生活を楽しもうと思って
るの」
――言わないでおくけど、高校二年生の冬休み開けってもう進路話でそれ
どころでは無いと思うなぁ……
「絶対可愛い女の子落としてやるんだから!」
うん。頑張って。
姫華はその後もしばらく私を抱っこしたまま、部屋中をクルクル回ってい
たが――流石に疲れたのか突然黙りゆっくりと私を下ろした。
「――結構疲れるねこれ。腰が少し痛くなっちゃった」
いてて……とか言いながら腰をさする姫華。
「おばあさんみたい……」
「裕海さんや、そろそろお掃除の時間じゃないかね?」
私は窓ふき途中に出てきたことを思い出した。
しまった。――あんまり遅いとまた何か言われる。
私は姫華に手を振り、急いで階段を駆け下りて家へと戻り――
私に分担された窓以外がピカピカに磨かれた部屋を見て「はぁ……」と溜
息が出た。




