第八十七章:回想
お忘れの方もおられると思いますが、前に私は事故で愛理ちゃんとキスを
してしまった事があるのです。
その時は姫華が辻褄の合わない話をしだして、結局うやむやになったんで
すが――姫華はその時「愛理は多分キスした事あると思うよ~」なんて事を
言っていたので、すっかり忘れていたのですが――
マジなファーストキスを奪ってしまったのは私のようでした。
「ごめん! 愛理ちゃん」
「大丈夫ですよ、裕海お姉さん……幼稚園の頃とか、多分女の子同士でおま
まごととかの時にキスまがいの事はしたことありますから~……多分」
最後の「多分」で私の良心がじわじわと蝕まれていく。
「あっ……話戻しますけど、それで鳴瀬君が言うには中学生でキスした事無
いのは遅いって言うんですよ」
それは人によるでしょうね。
「それで何となくそんなムードになって……裕海お姉さんの男の子とのファ
ーストキスはどんなでした?」
げっ……
下品だけど妙な声が出そうになった。
うん? ちょっと待って、男の子とキス? そんな事したことあるわけ無
いでしょ! でもキスしたことあるって言っちゃったし――まさか愛理ちゃ
んに「霊能者さんと仕方なくしましたわ」なんて言えるわけ無いし。
――ここは梨花を男の子だと思って……!
「……………」
梨花と夢中でキスをしている情景が浮かび、思わず黙ってしまった。
――どんなだっけ? 確か初めてのがもう舌を入れたヤバいやつで――
「裕海お姉さん、顔がニヤけてますよ~」
愛理ちゃんが期待の眼差しで私を眺めている。
これは……言わないなんて選択肢が無いということを物語っている。
「えっとね……二人きりの教室で――」
「はい!」
「腰が砕けました……」
「はい?」
かなりはしょった。あんな夢中で声を出してキスしてる情景なんて思い出
しながら、まともな顔して話せるわけが無い。
多分頬緩みまくりで顔は沸騰するだろう。
愛理ちゃんは肩透かしをくらったように、私をボーっと見つめてから、ハ
ッとした表情を見せ、
「大丈夫ですよ。お姉ちゃんには言いませんからっ」
うん。そういう問題では無いんだけどね。
「高校生のキスがどんなものなのか私気にな――あら?」
愛理ちゃんがある一点を見つめて動かなくなった。
――それは……
「何で裕海お姉さんがこれを持っているんですか?」
愛理ちゃんが拾い上げたのは、さっき私がみつけた綺麗な石だった。
「愛理ちゃん、それ何だか知ってるの?」
「何なのかは知りませんけど――お姉ちゃんがこれと同じものを持っていた
な~って」
姫華が?
「大事そうに眺めてるのを、前に見たことが――」
何だろう……何か大切な事を忘れているような気が……
結局愛理ちゃんはそれ以上何も聞かずに帰って行った。
しかし私はまた別の事をずっと考えており、結局掃除は全く進まなかった。
「何なんだろう……私と同じ石……?」
思い当たる節は無かった。――だいたい、今日この石を見つけるまで実際
私も忘れてたんだ。
思い出せるわけが無いだろう。
「姫華が大切そうに見つめていた――」
私はパーカーを羽織り、姫華の家に行く事にした。
「姫華!」
部屋に姫華はいなかった。姫華の母親が言うには今お風呂に入っているか
らちょっと待っててくれとの事だった。
――仕方なく私は姫華の部屋で待つことにする。
「無いよねぇ……?」
ちょこっとキョロキョロしてみたものの、緑色の石は目に付くところには
置いていなかった。
いったい何なんだろう……
「ひゃぁ!?」
ドアの方から声がしたので私が振り向くと、可愛らしいパジャマを着た姫
華の姿が――
「ひゃっ……うう、これは違っ! 違うのっ!」
姫華はそのまま走っていなくなってしまった。




