第八十六章:愛理ちゃんからの相談事
その後どうなったのかは私は知らない。
嬉しそうな表情を一瞬で恐怖の表情へと変えてしまった責任の三割くらい
は多分私のせいだ。
そういえばクリスマス騒動で忘れてたけど、今年ってもう一週間も無いん
だ。――大掃除とか小学校時代の先生への年賀状とか……
うへぇ。冬は大好きだけど……そういうの面倒だなぁ。
次の日の朝。ここ色々あった三日間と違って何もすることが無いので、私
は年末らしくお部屋の大掃除をすることにした。
「とりあえず……本棚から」
――結局全百巻以上あるバトル漫画を読み始めてしまい、二十数巻辺りか
ら六十巻辺りまで読んだところで私は我に帰り、掃除という作業に神経を戻
した。
「裕海ぃ! 姫華ちゃんが来たわよ」
せっかく掃除を「さあ始めよう!」と思った矢先にこれだ……
私は「すぐ行く」と言い、散らかった小物類をしまってから階下へと下り
て行った。
「何? 姫華」
「裕海ちゃん……もしかして掃除中だった?」
カンが鋭いな、何故分かった?
姫華は少々顔を赤らめ私の下半身を指差した。――ん? 何か変?
「ジャージ着てるんだもん、何か新鮮で可愛いよ」
ちょっとドキッとした。――確かに女同士だけどさ、突然「可愛いよ」と
か言うのやめてよ……何か、照れくさいし……
「それよりさ、玄関出て? いつものやつ終わらせちゃうから」
キスの事か。分かった今出る。
外から見えない場所で軽くキス。――姫華は別にそれ以上の事をしようと
はせず、かわいらしく小さく手を振って帰って行った。
――さて、私も掃除の続きしなくちゃ。
部屋に戻り掃除を再開していると、机の奥から何か綺麗な石が出てきた。
「何だっけこれ……」
緑色のツヤツヤした綺麗な石。何でこんな物捨てずにとっておいたんだっ
け……
「裕海ー!」
また母さんから呼ばれた。今度は何よ……
「あ、裕海お姉さん……」
玄関には申し訳無さそうに愛理ちゃんが立っていた。
「どうしたの?」
愛理ちゃんは玄関に佇んだまま部屋の奥を覗き込み、
「今お時間大丈夫ですか?」
忙しいといえば忙しいけど――まあ少しくらいならいいか。
「どこか行くの?」
「……裕海お姉さんのお部屋は駄目ですか?」
片付いて無いんだけど……
まぁ仕方無いか。
「どうぞ、あがって」
リビングの方から掃除中の母親の鼻歌が聞こえてきた。
――何の曲か分からないくらい音程が外れてる。
「わぁ……素敵なお部屋ですね」
片付け途中でこんな散らかってるのに、こう心から褒めているような事が
言えるから、この子はモテるんだろうなぁ……
「……で、どうしたの? 突然」
愛理ちゃんは少し下を向いて座り、モゾモゾを身体を揺らしていた。
「えっと……昨日の夜のお話なんですけど」
しまった。私のせいで鳴瀬君が男の子だってバレちゃったんだったけ。
「鳴瀬君に無理やりキスされたっていうか……」
――え?
「あ、でも別に本当に嫌だったわけでは無くてですね……」
ちょっと待って。何でこんなおおごとに、しかも超スピードで話が進んで
るの? それともこれが通常の中学生の恋愛事情なわけ!?
「その……雰囲気でそうなってしまったわけでして……」
それで私に何が聞きたいのよ。
「――愛理ちゃんは私に何を……」
「裕海お姉さんのファーストキスはいつですか!」
直球で来たなぁ……
ここは嘘をつかないで済みそう。
「ん~。高二の秋くらいかな~」
愛理ちゃんは驚愕を絵に書いたような表情をして、しばらく固まった。
「え? あれ……? 中学生の時はキスまで行かなかったん――うそ……じゃ
あ鳴瀬君――」
「成瀬君がどうかしたの?」
愛理ちゃんは顔を近づけ、
「中学生にもなってキスした事無い人なんていない。だからファーストキス
は俺が作ってやる――って」
鳴瀬君は仮面をかぶった悪魔だったというわけか。
と、同時に私は一つのことを思い出した。――待って、ファースト?
「私……男の子とキスしたの初めてで」
「ごめんなさい愛理ちゃん!」
私は頭を散らかった床にこすりつけ、盛大に謝った。




