第八十五章:失言
――カーン! ゴングが鳴った。青コーナーに立つのは元チャンピオン!
静かなる青龍と呼ばれし童顔男子。妹尾!
「セノオ! セノオ!」
対する赤コーナー! 期待の新人、鳴瀬成美! 思い人の彼氏の目の前で
もいちゃつける、まさに鋼の帝王!
「ナルセ! ナルセ!」
それを見守るプリンセス・アイリ! どちらがプリンセスの心を撃ち抜く
のか――
「裕海ちゃんどうしたの? ボーっとして」
姫華に顔の前で手を振られて我に帰った。
――さっき電車で隣に座ってた人が携帯でプロレス見てたんだよ。
「どうでも良いけど……もう裕海ちゃんの家過ぎたわよ」
――私は駅とは反対側の方角のコンビニに向かって歩いてしまっていた。
「……何か買ってこうか?」
「私ココア!」
姫華はココア。私はミルクティーを買ってコンビニからの帰り道を飲みな
がら歩いていた。
「はぁ~……温かい」
幸せそうに真っ白な息を吐き、姫華は遠くを見るような目で、
「さっきは何を考えていたの?」
――さっき? さっきは……あー、愛理ちゃんのこと?
「愛理ちゃんの三角関係の事」
「愛理って三角関係だったの!? ――やだ……私と一緒」
うっとりした表情で頬を包む姫華を見て、
「愛理ちゃんの場合は、二人から好かれてるって意味だけどね」
突然姫華が固まった。――ココアを一気に飲み干し、息をたっぷりと吸い
込み――
「リア充爆発しろぉ!」
叫ばないの!
姫華の叫び声に数人の通行人が振り返り、「ワオーン」と犬の遠吠えが響
いた。
「はぁ? マジで愛理ってそんな逆ハー状態なわけ?」
このココアお酒でも入ってんのかしら……
姫華は唐突に立ち止まり、
「待って、じゃあもしかしてシゲミって……男!?」
そうだね。鳴瀬成美で男の子だったはず。
「やだ……うそ。女の子だと思って家族三人許可出したのに――」
あれ? 言っちゃまずかった系かな? これ……
「帰ったら家族裁判だわ」
家族会議ならぬ家族裁判!?
「こんな夜遅くに男の子の家に行くとか――しかも今日クリスマスだよ!
絶対ロクな目に遭わないって!」
姫華は空になったココアの缶を逆さに振って、
「男子中学生なんて女の子にいかがわしい感情しか持ってないって言ったの
に……」
変な事言うから、余計に男の子に対して興味が湧くんじゃないかな……?
「で? もう一人は?」
言って良いのかなぁ……
「せ、妹尾君とかいう――」
「ああ、あの子? あの子は良いわ、可愛いし別にやらしい事しそうじゃ無
いし」
ああ。別に愛理ちゃんを束縛しているわけでは無いのね。
「私もね……あの子みたいな男の子だったら、まだ好きになれるかもしれな
いの」
オタクとして二次元の道を歩むのではなかったんですか?
――とかいじわるな事は言わないで、
「姫華は多分モテると思うよ~」
唇ペロンだけで男子めちゃくちゃ振り返ってたし……
「どうせなら裕海ちゃん限定でモテたら良かったのに」
数十人の私に囲まれた姫華を想像して軽くブルっときた。流石に自分でも
大勢に囲まれるのはちょっと……
「裕海ちゃんどうしたの?」
いえ、何でもございませんことよ?
家に帰るまで話題をコロコロ変えた事もあってか、姫華は愛理ちゃんがど
こに行ったかの話題の内容はもう完璧に忘れているようだった。
どうせ思い出すんだろうけど……愛理ちゃん、頑張れ。
「あれ~? 裕海お姉さんじゃないですか~」
足をふらつかせた愛理ちゃんがにこやかに手を振りながら歩いて来た。
「愛理!」
玄関に入りかけていた姫華が飛び出してきた。
「ゲ! お姉ちゃん」
「ゲ! とは何よ、シゲミ君とは仲良くできましたか? このリア充ちゃん?」
愛理ちゃんは「ハッ」と私を見た。
私は手を合わせて、必死に申し訳無さそうな表情を作って見せた。
――本当ごめんなさい。




