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第八十四章:降り積もった雪の中で

「じゃあね、裕海」

「うん。ごめんねいろいろとご迷惑を……」

 駅まで一人でも大丈夫と言ったのだけど、梨花が「クリスマスは夜危険な

んだよ! 碧町(みどりまち)駅からも誰かと帰って……一人でなんて絶対駄目よ!」など

と言い、南町駅までは梨花が付き()ってくれた。

 ――梨花も女の子なのに……帰りはどうするのよ。

 私たちはバスには乗らず、二人でクリスマスの会話を楽しみながらゆっく

りと歩いた。

 ――梨花に告白されたときの事。初めてキスをしたときの事。初めて私の

家にお泊りしたときの事。

「いろいろあったよね……」

 梨花は遠い目をして空を見た。

 ――確かにいろいろあった。でも私たちはまだ、付き合ってから二ヶ月も

経ってないんだよ?

「梨花はこの二ヶ月……長かった? 短かった?」

 梨花はしばらく考えてから、私にとびきりの笑顔を向けた。

「あっという間だったかも! でも裕海と一緒にいられた時間は、今までの

どんな体験よりも幸せだったよ」



 雪は止んでいたけど、足元にまだ少々積もっていた。(くつ)()れて地味に嫌

な感覚が足の裏を襲った。

 ――だけど、そんな事よりももっと大切な物があるじゃない……

「梨花……」

「ここでは駄目よ……外でキスするなんて」

 梨花のちょっと染まった(ほお)を見ていると、私の胸は最高に高鳴った。

「私もう我慢できないよ。唇同士じゃなくてもいいから……ね?」

 梨花は「ふぅ……」と溜息(ためいき)をつくと、私を連れて細い道へと誘導(ゆうどう)した。

「ここなら多分見られないと思うわ……でもあまり長い時間してると――ん

ぐ」

 ごめん梨花、私嘘(わたしうそ)ついちゃった。唇同士じゃ無くてもいいって言ったけど

――梨花のそのピンク色の唇を(なが)めてたら、我慢できなくなっちゃった。

「んんっ……んぅ……♡」

 吸い付くような柔らかい感覚。甘く切ない梨花の味――叶うならばいつま

でもこの時間を過ごしていたかった。

「ん……ぷはっ……♡ ダメよ裕海、外ではダメなの」

 梨花の紅潮(こうちょう)した顔――と、どこか不安そうに辺りをうかがうような目つき

――梨花は何か恐れる物がこの辺りに存在するのだろうか。



「じゃ、また今度ね」

「多分来年になっちゃうと思うから……毎日の日課は不本意ながら宮咲さん

に頼んでおくからね」

 私がホームへの階段を登り始めるまで梨花は私に手を振ってくれていた。

 ――階段を登り向かい側のホームへ下りると、梨花の姿はもう無かった。

安全に帰れていることを心から願います。



 電車に揺られ、学校付近の駅で電車を乗り換え碧町駅まで着いた。

 ――朝からずっと歩き回ってたから凄く疲れた。姫華からお迎えに来てる

ってメールがあったから、(かばん)とか持ってもらおうかな……

 ――とか思ったけど、この鞄の中には梨花から(もら)った甘いクリスマスプレ

ゼントが入っている。そうやすやすと他人の手に渡すわけにはいかないよね?



 ホームから改札を出て、定期券を鞄にしまったところで、

「お~い、裕海ちゃ~ん」

 ちょっと変わった私の幼馴染、宮咲姫華が大きく手を振りながら走ってき

た。

「姫華、ただいま」

 姫華は私をギュッと抱きしめ、耳元でこそっと愛を(ささや)かれた。

「今日はキスしたの?」

 私は静かに(うなず)き、二人並んで駅から出た。

「さっき氷室(ひむろ)さんから電話で、年内のキスをお願いしたいって言われたわ」

 姫華は前を向いたまま、

「裕海ちゃんはそれで良いの? そうしないと呪われちゃうから、仕方なく

私とキスしてるんじゃ無いの?」

 それは違う――姫華だって大切な幼馴染だから。

 姫華は私の顔をチラリと見て、ふうっと溜息をついた。

「裕海ちゃんの表情を見れば分かるわ、ごめんなさい心配させて」

 姫華にギュッと手を(にぎ)られ、冷え切っていた右手が徐々に温かくなってき

た。

「今日も……しても良いかな……? 裕海ちゃんからのクリスマスプレゼン

トって事で」

 姫華に上目遣いをされた。――こんな可愛らしいことされて断れるわけ無

いでしょ!

「良いけど、私がもし危ないことしそうになったらブレーキお願いしても良

いかな?」

 姫華は「えへー」と笑い、

「そっか~、クリスマスだから今日は裕海ちゃんのテンションが高いんだ~」

 間違いでは無い。――でも別に、クリスマスでテンションが高いからって

相手が誰でもキスするってわけじゃ無い。

「今日姫華の家――」

「愛理は出かけてるわ、シゲミだかシゲキだか忘れたけど――たしかそんな

名前の子の家に行ったわ」

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