第七十三章:宮咲姫華の本当の気持ち
「姫華っ!」
「ひゃぁ!」
姫華の部屋を開けると、姫華が何かを必死に片付けていた。――何?
見られちゃ困るものだったりした……?
「突然どうしたの!? ノックくらいしてよ……」
姫華は真っ赤な顔で息を荒げていた。――別に怒っているのでは無く、
驚きと焦りが重なったんだと思うけど。
「いや……ごめん――ってかさ、梨花から電話あった?」
姫華はきょとんとした顔で、
「電話は無いよ? メールで裕海ちゃんとキスお願い――ってのは来たけ
ど」
アドレスも知ってるんですか。
「もしかして――」
姫華は嬉しそうに唇を舐めた。
「裕海ちゃんのほうからキスしに来てくれたの?」
違っ――とは言えなかった。実際そうだし。
「嬉しいな……裕海ちゃんからキスしたいって来てくれるなんて……」
姫華は指先で私の頬を優しくなぞった。ゾクゾクっとする感覚とともに、
身体の力がぬけた。
「ひ……姫華?」
姫華は覆いかぶさるように私の身体を床に押し倒し――悪い笑顔を見せ、
「優しく……たっぷり可愛がってあげる……♡」
今度は別の意味でゾクッとした。――相手が女の子でも、流石にこれは
ちょっと怖いかも……
「ひ、姫っ……むぐぅ……」
間髪入れず姫華の柔らかい唇によって、私の唇は優しく塞がれた。――
姫華の唇はキスする度、いつも湿ってるから何となくだけど触り心地がわ
りと良くて気持ち良い……♡
「んー……♡」
あ……姫華の舌、入って来た。ヤバい……私も入れたくなってきた。
「んんっ……♡ んー……♡」
姫華の舌先が「つぃーっ」と口内をすべり、口中にゾクゾクっとする感
覚が広がった。――梨花とのねっとりしたキスと違って、これはこれでい
いかも……
「んっ……ぷはぁっ……♡」
またすぐに唇を離されちゃった。――私とのキス、気持ちよく無い?
私の心うちを読んだのか、姫華は私の頭を撫で、
「裕海ちゃん――ずっと舌が私の唇に当たってたから……これ以上したら
ちょっと危ないかな? って」
姫華……
「氷室さんにも言われたから! 裕海ちゃんとキスしても良いけどそれは
私の物だから盗っちゃ駄目って」
私は物では無いんだけどなぁ……
「裕海ちゃんは……氷室さんに束縛されてるなぁ……とか感じる事ある?」
「それは無い、別に梨花はそういう人じゃ無いし」
それは即答出来た。――梨花は口ではそういう事言うけど、別に私の行
動範囲を狭めたりだとかそういう事は絶対しない。
そんな私を見て姫華はクスりと笑い、
「優しいんだね、お互いに」
私は姫華を見たが、姫華は特に気にする様子を見せずに続けた。
「もし私が悪い女の子だったら、裕海ちゃんの事を身体ごと盗られてるか
もしれないのに――氷室さんはそんな事疑わないみたい」
姫華は唇を舐め、
「裕海ちゃんは? 氷室さんに私みたいな相手がいたら――氷室さんと二
人きりで会ってたりしても平気?」
梨花の笑顔が頭に浮かんだ。――多分無理だろう、一日中梨花の事を気
にしていそう……
「氷室さんも多分――裕海ちゃんの事ずっと気にしてると思うわよ?」
姫華は立ち上がり、私を見下ろした。
「だから私は氷室さんを裏切らないわ。でも私だって青春真っ盛りの女の
子だから、裕海ちゃんもそこは分かってくれると嬉しい」
姫華の目は……強気だったけど悲しそうだった。
「今日はありがとね? 姫華」
「裕海ちゃ――んぅ」
振り返りざまに私は姫華にキスをした。――こんな表情の姫華をこのま
ま放っておけないよ……
「裕海ちゃ――んぅ、んぅっ……んー……」
姫華の唇に何度も何度も優しく軽いきすを重ねた。その度に声を発そう
とする姫華の口を塞ぐ。
「裕海ちゃん!」
姫華にやっと抵抗され、私は姫華へのキスを中断した。
姫華は嬉しそうな顔――では無く、
「せっかく私が我慢しても……意味ないじゃない!」
姫華は泣いていた。今まで見たこと無い……涙を流しながら、本当に悲
しそうな表情で……
「姫華……?」
姫華は涙を拭い、私を悲しそうな目で見た。
「裕海ちゃんはみんなが幸せになれば良い――そう思って私とキスしてく
れてるんだと思う。でもね、おとぎ話みたいに恋をした全員が幸せになる
なんて……」
ちょっと……その言い方は無い――
姫華は私の唇を指で塞いだ。
「そういう事にしておいて――私だって強がってるけど、好きな人に振り
向いてもらえないのは……凄く辛いから」
私は姫華の部屋を出てからしばらくして――心を罪悪感に蝕まれた。
「私って……都合の良い人間って思われてるのかな……」