第七十二章:梨花からの電話
私はいろいろと疲れてしまい、自室のベッドでうつ伏せになって転がっ
ていた。
ガチャリと音がした。誰だろう――ううん、でも疲れて起き上がる気力
が無い――
気配が私の上に覆いかぶさった。両腕の横に誰かの手があるし――
「姫華……?」
寝返りを打ち仰向けになると、唇の端をペロリと舐めた姫華と目が合っ
た。
「来ちゃった……♡」
来ちゃった……って――その格好、襲う気満々じゃない。
姫華は私に覆いかぶさり、首筋に優しくキスをした。
「裕海ちゃん……好き……♡」
「あー……よしよし」
私は姫華を抱きしめ、これ以上動かないようにしたが――
「やっぱり氷室さんの事好きなの……?」
姫華の人差し指が頬をクリクリとした。甘えるような声で顔をこすりつ
けてくる。
「姫華、あのね――」
姫華は身体を起こし、顔を私の顔に近づけ、
「私だって……好きな女の子に甘えたい時だってあるんだよ?」
姫華は私の隣に寝転がり、私に立てと促した。――私疲れてて眠いんだ
けど……
「裕海ちゃん!」
姫華は私のベッドに寝転がり、まるで「飛び込んできて!」とでも言う
ように手を広げた。
「これが私からの裕海ちゃんへのお誕生日プレゼント……」
姫華はいつも通り唇をペロリと舐め、
「裕海ちゃんの好きにして? 今日は抵抗とかしないから……♡」
「……プレゼント買い忘れたんでしょ?」
姫華は舌を出し頭をコツンと叩き、
「てへ、バレた?」
「可愛いなぁ……まったく……」
姫華の目が輝き、
「え? 今なんて? 可愛いって言ったよね!」
姫華がベッドの上で起き上がり、私を抱きしめた。
「ベッドの上でも抱きしめ合いましょう!」
「ちょーしにのらないのっ」
姫華は結局私が寝る前に部屋から出て行った。受験勉強が終わったから
今夜からは目いっぱい遊ぶ――って言ってたけど、別にカンヅメ状態だっ
たわけじゃ無いんだからそこまで極端にしなくてもなぁ……
「んー……」
朝起きて腕を伸ばすと、枕元の何かに手が当たった。漫画でも置きっぱ
だったかな……なんて考えそれを手に取ると――
『Happy Birthday 裕海』
包みの後ろには「姫華より」と書かれていた。――もぅ……姫華ったら、
クリスマスじゃ無いんだから……
と思いつつも凄く嬉しかった。――姫華、ありがとう。
中身はピンク色の手袋で、マフラーと同じ色だった事に私は思わず笑み
がこぼれた。――何だろう、私って桃色が似合いそうなイメージとかある
のかな?
「おはよう」
階下へ降りると母が笑顔で迎えてくれた。朝からいい事があったからか、
普段見る笑顔より何か良い。
「あら? 嬉しそうね、何かあったの?」
私は「別に~」とか言って、朝ごはんを食べにリビングへ行った。――
てっきり父親は起きているかと思ったけど、まだ寝ているらしくリビング
にはいなかった。
「あ、そうそう……霊能者さんから昨日の夜電話があってね――」
霊能者さんからの電話の用件は、今日明日以降は一月七日くらいまで店
を閉めるので、キス(母には呪力を弱める儀式と言ったらしい)を頼まれて
もしばらくは出来ない。との事だった。
でもまあ……明後日から梨花の家にお泊りするし――大丈夫かな? 行
かなくても。
冬休みと言っても高二の冬休みに宿題が出ないはずもなく、後に残して
も面倒なので――今日と明日は宿題を一気に終わらせる日にすることにし
た。
「……だからって二日で全部終わるわけじゃ無いんだけどね……」
午前中みっちり宿題と勉強をすると、途方も無いほどの疲れがドッと押
し寄せて来たので、私は気晴らしも兼ねて梨花に電話をかけた。
「もしも~し」
『どうしたの? 裕海ぃ』
「いやー……何か、何となく?」
『そういえば……この二日間私行けないし、裕海もそんな毎日来るの大変
だろうから――不本意ながら宮咲さんにキス頼んどいたけど、迷惑じゃ無
かった?』
姫華に? ――迷惑以前に今日はまだ姫華に会って無いけど……
まあ、午前中部屋から一歩も出てないんだから仕方ないけど。
「良いの……? 私が姫華とキスしてても」
ちょっとの間があってから、梨花は静かに言った。
『大丈夫。私は裕海の事信じてるから……』
胸の奥が「きゅぅぅぅ……」と痛んだ。――姫華も前に言われたのかな
……? だから姫華は私が舌を入れようとした時、止めたのかも。
『それにさ』
梨花はそのまま続け、
『宮咲さんも……無理やり裕海の事を奪うような、ひどい人じゃ無いと思
うんだ。――多分、根は優しい人なんだろうな……って』
梨花……
『だから……冬休み中どうしても無理な時は――宮咲さんとお願いできな
いかな……?』
「良いよ、分かった」
今日明日は姫華とするか~……なんて考えていると、梨花が少し怖い声
で、
『でも……調子に乗って浮気とかしたら……』
「しないしない! 絶対しないから!」
梨花が電話の向こうでクスッと笑い「冗談、冗談だって~」って言って
るけど――私にとっては冗談にならなくてちょっと怖かったんだよ~
自分が悪いにしたって、姫華と連絡とれるんでしょ?
「そういえば……梨花はいつ姫華の番号とか知ったの?」
『裕海の事二人でモミクチャにした時の帰りー』
ああ……あの時ね? 姫華の部屋で二人に物凄いことされた――ってそ
んな前から!?
『前にも頼んだんだよね~……お寿司屋行ったとき』
そういえばあの時……姫華が言ってたな「梨花から頼まれた」って、そ
の時は聞き流してたけど――本当だったんだ。
『それじゃっ! 明後日ね~』
梨花との電話を終え、私はカーディガンを羽織って姫華の家へと向かっ
た。




