第六十九章:懐かしい人
前に私は漫画で三角関係を見たとき、主人公が二人の男の子と交互に会っ
ているのを見て、私は――なんて都合の良い主人公だろう。って思った事が
あった。なのに――なのに私は、その主人公とほぼ同じことをしている。
――いや私のほうがもっと悪いかもしれない、私は梨花と永遠の愛を誓っ
ておきながら――こうして別の女の子とキスしている。しかも今回は無理や
りされたのでは無く――
自分から挑発的な事言って――
「裕海ちゃん?」
姫華に顔を覗き込まれ、目の下を手で拭われた。――また涙出てたかな
……
「目やに」
姫華の手には目やにが乗っていた。私は思わずクスクスと笑ってしまっ
た。姫華も私を見て嬉しそうに微笑んだ。――そうだよね、こうしていら
れるのだって――姫華は私の事を分かってくれてるからだよね。
「姫華……」
私は姫華の胸に飛び込み、
「ごめんね……」
姫華は私の頭を撫でてくれた。――やっぱり姫華は優しい。凄く優しい
……
「でもさぁ……」
姫華の居心地悪そうな声が聞こえ、
「その格好で言われても……説得力無いかも……」
私は姫華を抱きしめているような格好をしている事に気づき、そっと姫
華から離れ――二人で並んで駅へと歩き出した。
あんなことがあっても姫華は今まで通り普通に接してくれた。一緒に電
車に乗って、くだらない話をして笑い合い――温かいお茶を買って家まで
歩く……
本当、ここだけ見たら普通の幼馴染みたい……
「裕海ちゃん明日暇?」
唐突にそんな話題を出され、ちょっと言葉が出なかった。え? 今新作
のケーキの話してたよね? そこの喫茶店の。
明日か……明日は終業式で午前中に終わる。――多分梨花と甘い時を過
ごしてから帰るから――
「夜なら空いてるかな?」
姫華は当然といった表情で、
「明日はね! 裕海ちゃんには、いてもらわないと困るの!」
「覚えててくれてたんだ……もう良いのに……」
姫華は驚いた様子で、
「何言ってんのよ。明日は裕海ちゃんにとって大切な日でしょ?」
まあそうかな、大切な日――
「だから――明日は氷室さん家に泊まったりしないでよね?」
――っそうか……
「じゃねっ! 裕海ちゃん」
姫華は私の家より一つ手前の家に帰って行った。そうか、明日だったっ
け……
私は空を見上げた。青く澄んだ冬らしい綺麗な空――
「すっかり忘れてたなぁ……」
次の日の学校は早く終わった。――今日お弁当いらなくて良かった。母
が張り切ってしまうところだったよ……
――まぁ、駅付近のコンビニでおにぎりとサンドイッチ買ったのは母に
は内緒です。
「梨花っ!」
教室中の生徒たちはさっさと帰ってしまい、今教室にいるのは私と梨花
だけ――今日はもうここでしちゃっても良いかもしれない。
「裕海ったら……こんなところで抱きしめないの……♡」
梨花の甘いボイスに癒され、私は身体をすり寄せた。今日はやっぱ朝か
らテンションMAXだ。
「あら? 仲良しで良いわね」
現担任の大宮先生が入ってきて、私たちは同時に変な声で叫んでしまっ
た。
「もう……! そんなに驚かなくても良いじゃない、もっと驚く人が来て
るんだから」
そう言うと、後ろから背の高い男の人が――
「川村先生……」
前にも説明したかもだけど、私の背後霊が原因で精神療養しなくちゃな
らなくなった張本人――このクラスの本当の担任の先生だ。
「久しぶり! 蒔菜、氷室」
川村先生は嬉しそうに手を振った。実に三ヶ月以上会っていないか――
いつからだったっけ? 背後霊だって解る前からいなかったし……
「もう四ヶ月近くになるなぁ……九月の始めの方だったからな、担任を放
棄するような事になって本当申し訳無かった」
川村先生は本当に申し訳無さそうに深々と頭を下げた。――こう言う生
徒一人一人と真摯に向き合っていく先生だから、みんなから愛されるんだ
ろうなぁ……
「しかし氷室と蒔菜か……全然接点無かったからちょっと以外だったよ」
川村先生は微笑ましそうに目を細めた。――大宮先生が後ろから、
「そろそろ行きましょうか? まだ見て回るところもありますし」
川村先生はもう一度私たちに手を振り、大宮先生とともに教室から出て
行った。
「川村先生……本当に元気になったんだ」
「良かったわ、本当……」
すっかりイチャつきムードからかけ離れてしまい、私たちは結局いつも
の空き教室へと向かった。
「ねえ裕海……今日は私の家来れない……?」
私は少し残念に思いながらも、その提案を断った。――仕方ないの、今
日だけは……どうしても。
「そっか……」
梨花は残念そうに下を向き、
「あ、着いた」




