第六十一章:揺らぎ
「じゃあ、また明日学校でっ」
お昼すぎ、私は梨花の家を後にした。梨花の両親が帰るまで待とうか――
とも思ったが、帰るのが夜だと言われたので待つのはやめた。
私は電車から降り、碧町駅近くの本屋でブラブラしていると、見たことの
ある人影が視界に入った。
――明らかに挙動不審。参考書コーナーと漫画コーナーを行ったり来たり
しては、キョロキョロ辺りを見渡しながら参考書の間に漫画本を挟み、また
参考書コーナーへと――の繰り返し。
流石に幼馴染として、こんな娘を放っておくこともできず。私は「やれや
れ」と思いながらも挙動不審な幼馴染に声をかけた。
「何してんのよ、姫華」
「ひゃあっ! 痴漢ですか!?」
私は姫華の脇腹をど突いた。同性の幼馴染に痴漢する娘がどこにいるのよ。
――ってか、私はただ肩を叩いただけだ。何か妙な痛い視線を感じるし……
「あ、なーんだ。裕海ちゃんかぁ……」
何だとは何よ。こっちは心配してあげてるのに、変質者扱いですか。
「もぅ……! 急にびっくりするじゃん!」
「電車で突然くっつかれるほうが、よほどびっくりするわよ」
姫華は「ごめんごめん……」と照れくさそうな表情で、
「でも珍しいね、裕海ちゃんが本屋さんに来るなんて」
まさか百合漫画を探しに来たとも言えず――
「そう? 試験終了後の自分へのご褒美に……」
姫華は何かを察したような表情で、
「もし百合漫画欲しいなら、代わりに買って後で貸そうか?」
むしろ欲しいです。お金払うんで買ってください。
私は姫華の耳元で、梨花の家にあった百合漫画のタイトルを囁いた。
姫華は静かに頷き、
「分かった。じゃ、買ってくるから待っててね?」
姫華はその参考書に挟まれた大量の漫画本を持って、百合と書かれた本棚
へと向かって行った。――私もこのくらい堂々としてた方が良いのかな……
本屋の外で姫華に漫画を手渡された。ちゃんとカバーをつけていてくれて
いて、姫華の気遣いにちょっぴりドキッとした。
「いくらだった?」
私は姫華のレシートを上から指で辿り、言葉を失いかけた。
「少年漫画の倍の値段……!」
「あ……知らなかった?」
姫華は頬をポリポリとかきながら、
「大丈夫? お金ある?」
今は無い。家に帰ったらすぐ払います。
「姫華、ごめん! 後で家来てくれない?」
姫華は顔を赤らめ、
「裕海ちゃんからのお誘いかぁ……♡」
違う。別にそういうんじゃ……後、その唇舐める癖やめてよ……!
――何か、ドキドキするじゃん……
私は姫華を部屋に上げ、貯金箱の中を漁った。――貯金箱と言ってもちゃ
んとしたやつでは無く、お年玉とか貰った時の祝儀袋にお札が数枚入ってる
ってだけだけど――
「あった。千円札でおつりある?」
振り返ると真後ろに姫華がいた。
「わひゃぁ!?」
危うくキスしちゃうところだった。びっくりした……何? もう!
姫華は挑発するような目つきをしながら、唇を舐めた。
「キス……嫌?」
どうしてもその湿った唇に目が行ってしまう――姫華? 何か今日の姫華
……凄く――
「んっ……♡」
トロ~んとした表情をしたのがまずかったのか――姫華に唇を塞がれた。
程よく湿った姫華の柔らかい唇に触れられ――
「はむっ……♡」
思わず姫華の唇を味わってしまう。――心の中では駄目って解ってるのに
……姫華とのキスをやめる事ができない……!
姫華が愛おしく感じる……? 違う、私は梨花が好き! でも、姫華との
キスも心地よいし――姫華にも優しいところがあった……
「んー……♡」
姫華のねっとりした舌が入って来た。――いつも唇を舐めている色っぽい
舌……ちょっと味わってみたかった。
「んんっ!?」
梨花とはまた違った舌遣い、ゆっくりと舌先だけで私のを舐め取っていく
ような独特な舌遣い――絶妙なくすぐったさが、私のキス欲を刺激していく。
「ぷはっ……♡」
流石に苦しくなり唇を離した。姫華の口の中に舌は入れなかった。――っ
て言うか、入れられなかった。入れようとしても、頭に梨花の顔とか今まで
の思い出が浮かんで来ちゃって――集中してキスできなくなっちゃうし。
「ありがと、キスしてくれて」
姫華は堅い表情のまま、お財布から小銭を数枚机の上に置いた。
「千円のおつりよ」
姫華はそれだけ言うと、クルリと方向回転し――
「バタン」
ドアを閉め、黙って出て行った。私は口の中に姫華の味を感じ――悶々と
しながらベッドに転がった。
――私は……梨花の事が好きなんだよね……? キスが好きなんじゃ無い
よね。
私は自分に言い聞かせながら、一旦眠る事にした。




