第五十五章:電車
このまま泊まって行ってもいい雰囲気だったのだけれど、明日まだ学校
があるし――週末にでも……って約束して帰ることにした。
外は暗く、やはり寒かった。今雨が降ったら確実に雪になりそうな温度
で、明日からは多少見た目が悪くてもコートとか着込んだ方が良いんじゃ
無いかと思える程、外は冷気が充満していた。
私は学校付近の駅で乗り換え、碧町行きの電車に乗り――やっと席に座
れてホッとした。帰宅ラッシュか何か知らないけど、梨花の家の方の駅か
らは席がいっぱいで座れなかったのだ。
私は灯と二つ三つメールをしたが、目の前に灯の彼氏がいるらしく、す
ぐに途絶えてしまった。
「はぁ……つまんないなぁ……」
私がボーッと反対側の景色を眺めていると、隣に誰かが座った。――席
結構空いてるのに、何故か私の隣。荷物でも多いのかと思い、私は十セン
チ程ずれたが……
「……………」
ピッタリとくっついて座ってくる。何? 変質者? 辺りを見渡したけ
ど、誰一人と違和感を持っている人はいないらしい――っていうか、目の
前に座っている正義感の強そうなおばさんも、ボーッと私側の窓を眺めて
いた。
――何? 何で誰も気づかないの?
私はまた少し横に移動した。
「もー! さっきから何で逃げるの!」
隣にいた人は姫華だった。知らないよ! っていうか電車ではフード取
れ!
「電車乗ったら丁度裕海ちゃん見つけたから、いつ気づくかな~って待っ
てたのに!」
知らないよ! っていうか、夜の電車で突然無言で横に座られたら普通
びっくりするでしょ!
私は心の内をなるべく小声で姫華に伝えると、姫華はきょとんとして、
「私はぴったりくっつかれたら――寄り添って寝ちゃうかも」
冗談でしょ? 冗談だよね!?
「おばさんとかの腕って丁度良いんだよね~……」
ああ、あれですか――視界から男性はシャットアウトしてる、とこう言
いたいんですね?
「男の子とかに寄り添うと……顔赤らめながら『狭いです……』って言う
んだよね~」
知らんわ! っていうかあなた何なの? 男の人駄目って言ったり、男
の子可愛いって言ったり!
「裕海は男の子好き? ああ……恋愛感情じゃ無くて、人としてね」
私は別に……まあ、梨花と付き合い始めて――永遠の愛を誓って、その
頃から視界に男の子が入らなくなってきて……でもまだ多分、倉橋君を見
たらドキドキすると思う。
「私は……別にどっちでも無いかも」
「え~……何それ~」
姫華はフゥっと溜息をつき、
「まあね、私だって昔は男の子好きだったもん――裕海の気持ちは解るけ
ど――」
「次は――碧町、碧町――」
私は姫華の方に手を出した。
「一緒に帰ろ?」
姫華は勉強の気晴らしに買い物に行っていたらしい。っていうか、本当
に同じ高校受けるつもりだったんだ……
「当然でしょ、私は裕海の事好きだもん」
「でも……あのね、私は梨花の恋人さんなんだよ?」
やっと梨花の氷みたいな心を溶かしたって言うのに――これでまた裏切
るような真似したら、私殺されちゃうよ……
「そう言いつつ、手なんか握っちゃって」
「同性の幼馴染ならしても問題無いでしょ!」
姫華は唇を舐め、
「両方百合っ娘で、片方が片思いしてても?」
あなたは手を繋ぎたいの? それとも理由つけて繋ぎたく無いんですか!
「私は裕海の側にいられるのが幸せだよ? でも……いつそれだけじゃ我
慢できなくなるか、私にも分かんないし」
「でも姫華――」
姫華の柔らかい唇が触れた。――さっき舐めてたからか、ちょっと湿っ
てて感触は別に悪く無かった。
「おやすみ、裕海」
姫華の表情は見えなかったけど、そのまま小走りで家に入っていってし
まった。
何かこの頃……姫華が積極的すぎる……




