第五章:お弁当
「えっ? ここどこ?」
ピンクや黄色の明るい世界に私は何も身に付けず、座り込んでいた。
「裕海~!」
同じく何も着ていない氷室さんが手を振りながら、走ってきた。――色んなところが見えてますよっ……!
「裕海ぃ……好き、大好き! 世界一裕海の事愛してる!」
そう言いながら私に覆いかぶさり、全身を密着させてきた。生々しい感覚が全身を襲い、軽く身震いした。
「裕海の全身に……私の印――つけてあげる……」
「やっ……駄目ぇ!」
氷室さんの唇が全身を順々に触れていく。
「好き――裕海、裕海ぃ……!」
駄目駄目駄目ぇ~! それ以上は!
「……………」
「朝から凄い夢見たわ……」
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「裕海ん! どした? 昨日以上に疲れてるみたいだけどっ」
灯の妙なハイテンションについていけないくらいに疲れていた。背後霊のせいもあるかもしれないけど、これは完璧に朝の夢のせいだ。
「夢ってさ、現実を写す鏡って言うんだって!」
「え!?」
「私さ~! 大好きな人に抱きしめられる夢見たんだよね~! もう最高!」
私は形だけの彼女――に危ない事された夢見ました。
「あれ? 灯って好きな人いたの?」
「あれ、言ってなかったっけ? テニス部の後輩に可愛い男子いたって話」
初耳だそれ。
「あの……双海先輩いますか?」
声がした方に視線を送ると、ダボダボのYシャツを着た小さめの男の子がキョロキョロしながら、うちのクラスを覗いていた。
「あ、ありがと~! それ私のだ!」
灯がその子の所まで行き、持っていた体育着を受け取った。
「顔うずめたりしちゃった?」
「し……してません! そんな事――僕……」
灯はその子をよしよしと撫で、スキップをしながら戻ってきた。
「可愛いっしょ」
「あの子なの?」
「そ! 文田銀士って言うの!」
うへぇ~見た目に似合わず渋い名前――ってのは失礼か。
「欲しがってもあげないよ、あの子は」
あんたの物じゃ無いでしょうが……。
昼休み、私はいつもの通りお弁当を出すと、灯が弁当包みを二つ下げて来た。
「ゴメンっ! 今日は先約がいるんだっ」
「文田君?」
灯は嬉しそうに、口の動きだけで、大当たり! と言った。
「分かった。頑張ってね」
「………はぁ……今日は一人か」
「蒔菜さん」
氷室さんに呼ばれた。
「今日……一人なんだったら、一緒に食べない?」
私たちは屋上に来た。カップルや複数人のグループはいたけど、灯がいない事になんとなくホッとした。
「そこにしましょう」
氷室さんは感情を込めない冷たい声で、一番端っこのベンチを指差した。
静かだった。氷室さんは全く喋らずに黙々とお弁当を食べてるし、私も別に会話が無くても食べられる人なので、わざわざ話しかける事も無く黙って食べていた。
「ねぇ……」
放課後に良く出る、氷室さんの甘いボイスを耳元に感じた。
「これ……食べる?」
氷室さんは兎の形に切ってあるリンゴを差し出した。
「食べていいの?」
「うん――あ~んして?」
「んぇ? 自分で食べるから良いよ……」
「それじゃあ駄目なの!」
氷室さんは顔を赤らめ、リンゴを私の口の前まで持ってきた。
「だ……大丈夫よ、別に誰も見てないわ」
「じゃ……じゃあ……サクッ」
「――! ひっ、一口で食べなさいよ――しかもそんなに顔を近づけて……」
甘かった。リンゴってこんなに甘かったっけ……何だか嬉しくなって、自然と笑みが溢れた。
「サクッ……シャクッ……」
「はぅ……あっ――蒔菜さんっ……!」
「はむぅ……?」
最後の一口は何か柔らかかった。
「蒔菜さぁん……」
目を開けると、私が咥えていたのは氷室さんの指だった。氷室さんは顔を真っ赤にしてうつむいている。
「ごっ……ごめん! 痛かった?」
「大丈夫よ! 痛くは無かった――わ」
氷室さんの顔が嬉しそうな表情に見えたのは、私の気のせいだったのかな……?