第四十六章:幸せな疲労感
学校施錠の合図として奏でられるチャイムで私たちは我に帰った。
「ヤバ……、ウチら何時間キスしてた!?」
「分かんない……。ああ、頭がフラフラする」
一応テスト勉強で残っている生徒も存在するため、完全施錠にはまだ少し時間があった。名残惜しい私たちは、最後に一回優しいキスを交わし、荷物をまとめ――急いで学校を出た。
「ヤバい……。足がフラフラする」
「全身筋肉痛だぁ……。持久走大会んときより疲れたかも……」
なんだかんだ言って、身体的にも精神的にも気持ち良かったから――文句は無いけどさぁ……。
「はぁ……。明日はもっとできるんだよね」
「いっ、一応テスト勉強もさせてね?」
私たちはフラフラになった身体をお互いに支え合い、まるで酔っ払いのように千鳥足になりながら、駅までヨロヨロと歩いて行った。
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「ただいまぁ……」
もうダメ、全身筋肉痛で動けないわ。
お願い、誰か手を差し伸べて――。
「大丈夫ですか? お嬢様」
顔を上げると大きいメイドさんが、かがんで手を差し伸べてくれた。
「ここ、うちの玄関だよね?」
「私の新しいおうち」
同棲か! って突っ込む気力も無く、私は無言で手を横に振った。
「虫でもいる?」
虫を追い払ってんじゃ無いの。否定してるのよ。
「それより、お疲れのようなので……。私がマッサージして差し上げますわ」
メイドの姿をした姫華が手をワシワシと空中で揉んだ。
――大丈夫、余計な事しないで。
私は這うように自分の部屋に到達し、そのまま制服のままベッドに潜り――全身をシーツに預けた。
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目が覚めたとき、窓の外は明るかった。
……ヤバい! 勉強してない!
いや、でもまだ目覚ましが鳴ったわけじゃ無い、普段起きる時間まででも机に――、
「ジリリリリリ」
無慈悲にも目覚ましが威勢良く鳴った。
私は今日ほど、朝が来たことを心から恨んだことは無かったと思う。
制服がこのままでは、学校に行こうにも行けないので、私は朝からアイロンをかけて他の用意中ずっと干しておくことで、なんとか登校時間には着られる程度のお姿にはなった。
私は誰もいない家に「いってきます」と呟き、碧町駅へと向かった。
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「灯ー……」
珍しく灯は朝から真剣に問題集を解いていた。……邪魔しちゃ悪いよね。
私も苦手科目の復習と、得意科目内の穴を重点的にまとめたノートを眺めていた。
「はい! 遅れてすみません」
せわしなく担任教師が入ってきて、勉強タイムは終了した。
先生は、今日がテスト前最後の授業日だとか、今日は会議があるから職員室には入れないなどの用件を並べ、終了のチャイムが鳴ると同時に教室から走り去っ
て行った。
落ち着きが無いなぁ……。
午前の授業ももはや自習時間状態で、昼休みのチャイムが鳴ろうが、誰一人席を移動したり私語を行う生徒はいなかった。
午後も同じく自習状態、おかげで私も昨日の分を取り返せた気がする。
――ありがとう! 体育を潰してくれて。
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「じゃ、後で」
梨花は素っ気なく合図をし、姿勢良く教室を出て行った。テスト直前で、しかも教師陣全員の会議となれば――時間通り帰る人なんかごくわずかだ。
帰り支度を進めていた私に灯が、
「あれ? もう帰っちゃうの?」
私はさりげなく梨花の席を指差し、灯は納得した――と言うようなジェスチャーをした。
碧町駅に着き改札を出ると、おめかしした愛理ちゃんがそわそわと辺りを見渡していた。
「愛理ちゃんっ」
「! ああ、裕海お姉さん……こんにちは」
愛理ちゃんは礼儀正しくペコリと頭を下げたが、心ここにあらずと言った様子でまた、辺りをキョロキョロしていた。
「誰か待ってるの? 姫華?」
愛理ちゃんは顔を真っ赤にし、
「いえっ! そうでは無く――」
「宮咲さん」
聞き覚えのある声がして振り返ると、どこかで見たことがある男の子が
こちらに駆け寄ってきた。
「妹尾君……」
ああ! 思い出した。あの子か!
私は二人が顔を赤らめながら談笑しているのを眺め、自分が場違いな邪魔者だと気づき、その様子を微笑ましく思いながら駅を出る事にした。