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第四十五章:恋人同士の時間

 梨花が帰ってから、さあ! 勉強するぞ――と意気込んだものの、口中に広がる梨花味で集中できず、結局ポカポカの心のまま寝た。

 妙な夢も見ずに起きることができ、姫華が夜中の間に進入した形跡も無かった。

 その日、私はとても軽やかな気分で登校することができた。


「おっはよう! 灯」

「おはよー、裕海ぃ今日は元気だね~」


 灯に鼻先をつつかれ、私は笑顔で応えた。


「さては勉強がはかどったな~」


 いや、そうじゃ無いけど……。


 チャイムが鳴り、いつも通り数分遅れて現担任教師の大宮先生がせかせかと走って教卓に立った。

「えーと、大村……違っ、川村先生が――あれ? 前に言ったっけ、この話……」


 聞いている方がハラハラする、いつも通りのホームルームが終わり、私は一時限目の用意を鞄から出した。




 テスト直前と言っても特に変わった授業はしてくれず、四時限とも「まあ、勝手にやっとくれ」とでも言っているような授業だったため、クラスの生徒のほとんどが隠れて別のテスト勉強をしていた。

 私も例外で無く、物理の時間に英語をやったり、英語の時間に物理をやったりと、私なりにはかなり頑張った。


 順番間違えた! という初歩的なミスに気が付いたのは、昼休みに灯と梨花と昼ご飯を食べている時に、なんとなく話したら灯に突っ込まれた時で、時すでに遅しだった。


 さりげなく流しちゃった人もいるかもだけど、テスト期間直前なのであまり仲が良いわけでは無い子とも一緒に行動する人が多く、梨花と灯と私が一緒にいても、誰も何とも思わないようだった。


「梨花ちゃん」


 背後からの声に私は心臓が止まるかと思った。誰? 梨花の事を名前で呼ぶのは――


「遠川さん……」


 振り返る前に灯が名前を呼んだ。――ああ、この人は梨花の事そう呼んでたな……。


晴香(はるか)、どうかしたの?」


 教室での冷徹ボイスで遠川さんを刺したが、遠川さんはそれには慣れている様子で、


「数学で解らないところがあるから……聞いてもいいかな?」

「彼氏さんにでも聞けば? 倉橋君、頭良いじゃん」


 灯の発言だ。――遠川さんはうつむき、無言で指を差した。


「ありゃー……」

「えー……」

「……………」


 倉橋君は男女数人に囲まれ、楽しそうに話していた。


「私……人混みとかあんまり得意じゃ無くて……」

「彼女ほっぽっとくなんて最低ね! 裕海、良かったわね振られて」


 ちょっと! 声大きいし、絶賛お付き合い中の彼女さん本人の目の前で何言ってんの!


「双海さん……!」


 梨花が灯を肘で突っついた。


「平気よ、何でか知らないけど――クラス中の生徒が知ってる事だし、遠川さんだってそう思うでしょ?」


 遠川さんは「え? 私は別に……」なんて言って口ごもった。灯ぃ……みんながみんな、灯と同じように話せるわけじゃ無いんだよ?


 それと、多分広まった原因は私の背後霊のせいじゃないかと思う。

 背後霊の野郎……、壺に閉じ込めたら、散々いたぶってから消滅させてやる……!



 午後の授業も隠れテスト勉強で、あっという間に過ぎ去った。――教師もそれを解っているらしく、黒板に自習と書いて自分の仕事を始める教師もいた。

 でも何で科学に限ってなの……? 科学は真面目に聞かなきゃって思ってたのに!


「裕海、ドンマイ……」


 灯に残念そうに肩を叩かれた。――もうダメ、立ち直れない……。


「でも、氷室さんに教わるきっかけができて良かったね?」


 奥手なヒロインキャラに口出しする漫画キャラのように、いたずらっぽく囁いた。――別に恋人同士なんだからいつでも好きな時に聞けるんですーっ!



 ---



「梨花、今空いてる?」


 梨花の席に寄りかかり、さりげなく聞くと、梨花は静かに頷き教室を出て行った。いつもの教室かな……?



「梨花……?」


 教室に入ったが、梨花の姿は無かった。――でも、何となく気配はするような……。


「だーれだっ……!」


 愛らしい声とともに、後ろから目隠しをされた。……梨花だよね?


「私の愛しい愛しい……恋人さんかな?」


 「コクン……」と飲み込む音がして、目隠ししていた手が離れた。


「裕海」

「梨花……」


 どちらとも無く近寄り、お互いを抱きしめた。相手の鼓動が分かるくらいに全身を密着させ――脚を絡め合い、その愛らしい唇を引き寄せた。


「んむぅ……んっ……んんっ……」


 全身で梨花を感じる――太もも同士が触れ合い、くすぐったいような心地よさ――スカートの擦れ合う音、ひと時も離さずくっついたままの唇。両手で背中をさすり合い、時折息継ぎをしながらもすぐに愛らしい音をたて、お互いに唇を求め合う。


「んっ……はふ――ぅん」


 ただのキスだけでは我慢出来なくなり――お互いに舌を使い愛しい相手の口内を溶かしていく――ねっとりとしたお互いの舌の表面がぺったりと触れ合い、極上の快感を感じ――、私たちは床に座り込んだ。


「んくっ……!」

「んんっ……!」


 以前なら腰が砕けた瞬間「ぷはぁっ……」などと言い、唇同士を離すのだが――テスト疲れもあってか、なかなかお互いに止める事ができない――むしろさっきよりも深く、全身を使って二人の距離を縮めている。


「ぷはっ……。はぁ……はぁ……」


 トロ~んとした梨花の表情――頭の中真っ白、とでも言うように虚ろな目で私に笑顔を見せた。


「梨花……!」


 私は梨花を押し倒し、覆いかぶさった。制服をめくり、お腹同士をくっつけ――学校内で出来る最大面積を梨花と密着させた。

 梨花はまだ気持ちよさそうな表情で、


「いっぱい……して?」


 挑発的に私の髪をなぞった。


「いっぱい……してあげるから……」


 言葉通りに私は、無抵抗で私を見つめる梨花の唇に何度も何度も唇を重ねた。しばらく続けていると、今度は梨花が寝返りを打ち、お互いの場所が変わった。


「今度は私がする番だよ?」


 梨花はペロリと唇を舐め、私を見下ろした。


「優しく……ね?」


 ソフトタッチなキスが何度も何度も――数え切れないくらい、私の唇に降り注いだ。触れる度に感じる、梨花からの愛……その感覚がたまらなく、私は当分の間この場所は譲らないと心に決めた。


「……そろそろ代わってよぉ」


 流石に梨花も飽きたのか、寂しそうな顔で私の頬を撫でた。


「じゃあ、今度は……」


 横向きになり、お互いに唇を近づけ合った。いつ当たるか分からないドキドキ感と、突然の甘い感触に――私はこのまま永遠に梨花と一緒にいたいと、心からそう思うのだった。

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