第四十三章:熟睡
「はっ……!」
私はあんまりにも気持ちの良い所で寝ていたせいで、完璧に熟睡してしまったらしい。
「くぅ~……」
頭上から可愛らしい寝息が聞こえてきた。……まさか。
「梨花!」
「ふへっ!?」
未だ夢見心地な梨花は首をカクンと揺らし、惚けたような顔で私を見下ろした。
「あ~……、裕海ぃ」
まだ寝ぼけてるのか、梨花は全く危機感を感じていなかった。
「午後の授業!」
「午後~……?」
梨花は猫のように目を細め、
「午後は~……、休みでしょ~」
梨花がそう言うならそうなのかな、私朝のホームルーム聞いて無かったし――
「……ってそんなわけ無いじゃん!」
梨花がビクッとして立ち上がった。ゴン! と言う音がして、私は頭を打った。……膝枕してる人が突然立ち上がるな!
「どっ……どうしようどうしよう!」
梨花は頭を抱えながら教室中をぐるぐる回っていた。……こんなパニくってる梨花、初めて見た。
「午後って何だっけ?」
「午後は――」
梨花は急に立ち止まり、突然笑い出した。
「クスっ、アハハハハハ……」
とうとうおかしくなってしまったか、と思うや否や。
「午後、自習だった」
思わず私も、梨花と一緒になって笑ってしまった。
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教室に鞄を取りに戻ると、数人の男女がグループになって勉強をしていた。
時折「これどうやるんだっけー」などと話している以外は集中して静かなため、私たちが入って来たことには全く気づかなかったみたい。
下手に気付かれて何かしらの追及があっても面倒なため、私たちはこっそりと静かに教室を出た。
「ああ、さっきは心臓止まるかと思ったわ」
梨花は胸をさすり、ホッと胸をなでおろした。
「私もびっくりしたわ……」
私は後頭部をさすった。……さっきのがまだ痛い。
「裕海ぃ……今日裕海の家行っていい?」
「いいけど、どうかしたの?」
梨花は溜息をつき、
「お父さんが会社の人連れて来るから、今日勉強にならないのよ……」
「別にいいよ? じゃあ一緒に帰ろうか」
梨花は嬉しそうに頷き、私たちは碧町駅行きの電車に乗った。
「この格好で行くの、初めてかなぁ……?」
梨花は制服姿を少し気にして、キョロキョロ辺りを見た。
「近所に同じ高校の子はいないから、そんな心配しないで大丈夫よ」
「あ、裕海お姉さん!」
メイド服姿の愛理ちゃんがぺこりと頭を下げた。
「お帰りなさいませ」
まさかそのお洋服……。
「お姉ちゃん、同じの何着も持ってるんです。姉本人が言うにはどれもこれも、全部違うらしいんですけど……」
私はよ~く見たが、これと言った違いは解らなかった。
ただ、少しスカートが短いかな?
「お友達とかに見られても恥ずかしく無いの?」
梨花が私の陰から顔を出して問いかけた。
「えっと……少しだけ。――でもこの前、別のクラスの男の子とここで会ったんですけど……」
愛理ちゃんは嬉しそうに顔を赤らめ、
「可愛いって言ってくれました」
凄く勇気のある子だわ。もし私が男子中学生で、同学年の女の子がこんな格好してても――絶対「可愛いよ」なんて言えるわけが無い。
「良かったわね」
梨花は小さなメイドさんの頭を撫でた。
「あ、妹尾君……」
振り返ると、いかにも中学生なりたて! と言う風貌の男の子が道路の脇の方をウロウロとしていた。
「どうしたの? そんなところで」
愛理ちゃんがその男の子に駆け寄ると、彼は顔を真っ赤にして後ずさりした。 このくらいの子って、分りやすいなぁ。
「宮咲……その、今日のその格好も……かっ、」
まるでタイミングを計ったかのように、突風がふいた。
「きゃぁぁぁ!」
愛理ちゃんの膝上なスカートが少々めくれ上がり……、
「あぅ……」
今の声は妹尾とか言う男の子の声。必死に両手で目隠しをして、首を横に振っている。
「裕海、早く行きましょう……」
梨花がボソッと耳元で囁いた。
言われなくても分かってるよ。あの子、さっきからこっちをチラチラ見てるし、多分前にあの姿の愛理ちゃんを見て可愛いって言ったのは、あの子なんだろうから。
「性に目覚めて無い男の子って、純粋で可愛いわよね……」
梨花の口から聞こえた気がしたが、さっきの突風の追い風か何かでその言葉は消え去ってしまっていた。