第四十一章:寒空の下
「梨花!」
「こら! 遅いっ」
入った途端デコピンをされた。梨花の表情は――別に怒っているようでは無かった。
「良かった。裕海、来てくれて……」
梨花の目が潤んだ。
この前、私は絶対裏切らないって誓ったのに。
「裕海? どうしたの……、痛かった?」
私はいつの間にか、自分でも気付かないうちに涙を流していたらしい。
「大丈夫?」
梨花が私の涙を拭った。梨花の心配そうな表情を見ていると、私の溜め込んでいたと思われる感情が爆発した。
「う、うわぁぁぁぁん……」
梨花の胸の中で盛大に泣いた。別に悲しいからでは無い、梨花がこんなに遅くまで私を待っててくれた事、それでも嫌な顔一つしないで私を迎えてくれた――そんな梨花を私は……、私は忘れて寝てしまっていた。その事実が自分でも耐えられないくらい辛かった。――申し訳無かった。
「大丈夫、大丈夫よ……裕海」
「梨花……」
私は泣きながら梨花の唇を奪った。はむはむと音をたてながら、梨花の唇を味わう――梨花はそんな私の頭を撫でながら、
「大丈夫よ、私は何があっても裕海の味方だから……」
またドッと感情が渦巻いた。涙があふれるのを感じながら、私は梨花の唇を感じ――流れ出る感情を全身に染み渡した。
「梨花……」
「裕海……?」
「大好き」
梨花は笑顔で、
「私もよ、裕海」
梨花の胸に抱きかかえられ、私は――心からの至福の時を過ごした。
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「あ、お帰りなさい」
平然とした表情で私をお出迎えしたくれたのは、昨日私とキスをして、気を失うくらいショックを受けられたお方――宮咲愛理ちゃんだった。
「昨日は本当ごめんね?」
「いえ、私こそびっくりしちゃって……姉がまた余計な事を言ったらしく、申し訳ありませんでした」
深々と頭を下げられ、私は余計に気まずくなる。
どうにも居心地が悪いので、私は話を変えた。
「ところで昨日のお洋服は――」
「ああ、あれですか? 着たまま寝ている姉を見つけた両親が泣きながら怒って……」
愛理ちゃんが指差した先にはゴミ箱があった。
「捨てられたの!?」
「拾ってクリーニング出しに行きましたよ、まったくもう……恥ずかしく無いんですかね?」
愛理ちゃんは「やれやれ」とでも言うように、情けない顔をした。
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私は今日こそテスト勉強を! と机に向かったが、数時間やったところで頭に入って来る感じも無く、何をしても集中出来ないので私はなんとなく外を走る事にした。
外は寒く、吐く息が白くなりかけていた。そうか……、なんだかんだ言ってもう十二月か……。
「はぁっ……、はぁっ……」
身体が温まっては冷え、温まっては冷えの繰り返しで、汗をかけばかくほど身体の冷えがひどくなるので、私はしばらく公園のベンチで休んでから帰ることにした。
「ふぅ……」
寒空の下飲む温かいココアは格別だ。冬の夜ってなんだか好き、寒いけど――空気が綺麗に感じる。
「にゃっほ、にゃっほ」
口腔に広がるココアの香りに頬を緩めていると、妙な掛け声と共に足音が近づいてきた。
……何? 変質者?
声のする方を見た瞬間、私はここから立ち去ろうと考えたが――声の主に私を発見され、その作戦は行動に移すより先に壊滅した。
「やっ! 裕海ちゃん」
女の子走りで走ってきたその影は、奇抜な色彩をした制服のような物を着ていた。
「姫華の前の学校ってそんな制服なんですか?」
「そんなわけ無いでしょ! ただのコスプレ衣装よ」
ただの――なんて言われても……ってかそんな格好で何で走ってんのよ。
「この格好で外走ると、色んな人にジロジロ見られるんだよね」
じゃあ見てやろうじゃないの――ジロジロ……。
「きゃぁ、裕海ちゃんったらそんなにじっくり見ちゃって。なんなら中身も見してあげようか?」
スカートの裾をつまみ上げかけた所で私はその手を押さえつけた。女子高生が街頭でスカートなんかめくるな。
「ところで裕海ちゃん、こんなところで何してるの?」
「試験勉強の気晴らし……」
私は伸びをしながら答えた。
「姫華は何でよ?」
「私はアニメの真似を……」
このアキバ脳が……。
「空気が綺麗だよね……」
姫華が前髪を手で押さえ、少し身震いした。
……そんなフリフリの衣装なんか着てるからだよ。
「寒い……」
確かに私も身体が冷えてきた。早く帰って温まろう――と思ったところで姫華に腕を掴まれた。
「温めて……?」
「姫――」
言いかけ、振り返ったところで私は驚きに瞳を瞬かせた。
姫華はベンチにうずくまり、身体をカクカクと小刻みに震わせていた。顔も白く、唇は真っ青だ。
「ちょっと! どしたの、大丈夫!?」
私は姫華を抱きしめた。凄く冷たい、それに――、
「なんて薄い布地……」
姫華の着ていた服は見た目は温かそうだが、触ってみると物凄く薄い素材だった。とてもじゃないけど、冬に着て外に出られるような物じゃ無い。
「えへへ……バカだね、私――」
「冗談言ってる場合じゃ無いよ!」
私は姫華を抱え込み、一緒に走った。と言っても姫華はもう体温が下がりすぎて、とても走れる状態では無く、ほぼ歩く速度で公園から出た。
「大丈夫? 姫華、大丈夫!?」
姫華は声も出さずにコクコクと静かに頷いた。目は半開きで、吐息は真っ白だった。
「頑張って! 姫華ぁ!」
「裕海お姉さん……。それに、お姉ちゃん!?」
丁度公園を出てすぐのところで、厚手のコートに身を包んだ愛理ちゃんが、驚いた様子で駆け寄ってきた。
良かった。探しに来てくれてたんだ……。
「裕海お姉さんは先に戻って大丈夫だと思います。お姉ちゃんの分のコートとカーディガン持ってきたんで、裕海お姉さんは早く帰って身体を温めてください!」
的確な指示に私は関心しながら、愛理ちゃんに姫華を預け、私は急いで家に戻った。