第四章:放課後
「裕海……どうしたの? すっごいやつれてるよ」
昼休み、灯が心配そうな表情で私の席まで来た。
授業中ずっと誰かの視線を感じるってのは、結構精神的に来るんだよ、うん。
「うん――大丈夫、元気元気~!」
腕を振って見せたが、灯は表情を変えずお弁当を広げた。
「朝から委員長さんに何か言われた?」
ギクッ 鋭いなこの子は……。
「気にしなくて良いよ~委員長さん、誰にでも厳しいし」
私は氷室さんの席を見た。彼女は黙々と小説を片手に一人で食べている、目立ってたから気にして無かったけど――特別仲が良い友達とかいないんだな……。
「どうしたの、裕海?」
灯がきょとんとした表情で私を見た。
「ううん、何でも無いよ」
何だか今日のお弁当が、普段と違い味気なく感じたのは、気のせいだったのだろうか。
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「んじゃ、私は部活行くから――先に帰ってて良いよ」
放課後、灯はテニスラケットを持って教室を出て行った。練習が厳しいらしく、暗くなるまでやってるらしい。
「さて、私は――」
「蒔菜さん」
普段通りキツい表情をした氷室さんが声をかけてきた。
「ちょっと良いかしら?」
「別に良いよ?」
私は氷室さんに連れられ、普段使われていない空き教室に入った。
「ふぁ……疲れたぁ」
氷室さんは朝と同じ、優しい表情に戻った。メガネを外し、肩を回している。
疲れた、ってことは、優しい表情の方が素なのかな。
「蒔菜さん――その……してくれない――かなぁ?」
「え? 何をですか?」
氷室さんはモジモジしながら、チラチラ視線をそらしたり唇を指で突っついたりしているけど――もしかして……。
「きっ……キスですか?」
氷室さんは恥ずかしそうに頷いた。
「して……いっぱい、私に……」
「分かりました――」
「敬語止めてってばぁ……」
ギュッと目をつぶる氷室さんの首に腕を回した。昨日の後輩ちゃん程はしなくて良いよね……?
「蒔菜さんが……これまでにしたキスで一番激しいのを頂戴……!」
するんですか!? あのねっとりしたヤバいやつを?
思い出しただけでクラクラしてきた。でも今回は私がするんだから、嫌になったら止めれば良いよね!
「じゃあ……するよ?」
「うん……蒔菜さん……」
柔らかい唇が触れ合い、ふわふわした感じになってきた。少し抵抗あるけど――。
「んむぅ……」
氷室さんの口の中に舌を突っ込んだ。流石に口の中舐め回すのは無理だけど、これでも十分満足してくれるよね?
「ちゅるぷ……」
「!?」
氷室さんの舌が口の中に入ってきた。えぇ!? これじゃ私が舌抜いただけじゃ終われないよぉ……!
「んっ……んんっ――んぅ……」
後輩ちゃんとのキスと違って、無我夢中に舐め回すと言うよりは大人しく――丁寧に舐めとるように氷室さんの舌が口の中を踊った。
「ぷはぁっ……!」
唇を離し、私は思わず座り込んでしまった。――ってか……立てない!?
「大丈夫!? 蒔菜さん!」
どうやら私は腰が砕けてしまったらしい、力を込めようにも――力が入らない……。
「ゴクん……」
氷室さんが喉を鳴らした。私の事を危ない目つきで見下ろしている。
「あのっ……氷室さん!?」
「蒔菜さん……」
氷室さんが私に覆いかぶさってきた。両手首を掴まれ、脚と脚が絡みつき、顔を紅潮させ近づけてきた――。
「やっ……ちょっと、氷室さん!」
嫌――それ以上のことは駄目! でも――身体が震えて声が出ない……。
「あ……あ――」
しばらく私の顔を眺めていたが、氷室さんはふぅっと溜息をつき、身体を離した。
「ごめんなさい、急ぎすぎたわ」
氷室さんは普段の感情を込めない表情になった。
「気持ちよかったわ、また明日ここで会ってくださらない?」
「は……はい」
氷室さんは教室から出て行った。私はそれから三十分ほどして、やっと動けるようになり、鉄のように重くなった足を引きずるようにして、やっとこさ教室を出た。