第三十八章:三人
私は家に帰るとドッと疲れが出た。持久走の後に、こんな嘘修羅場が待ってるなんて……。背後霊復活してんじゃないかしら。
「~♪」
携帯の着信音が鳴り、相手の名前も見ずに電話に出た。
「ハロ~……」
『どしたの裕海』
「なんだ、灯かぁ……」
『なんだとは何よ、失礼ね!』
心のどっかでは梨花を期待したんだけどなぁ……。
『裕海? 私の声聞いてもそんなこと言う?』
「梨花!?」
電話口の声は間違い無く梨花だった。――でも何で……?
『さっき駅前で会ってさ~……ごめんね? 今日の日課こなせなくて……』
嫌な事思い出した。
「あ~……、大丈夫……だった」
『まさか宮咲さんとして無いでしょうね?』
梨花の声が少し怖くなった。
「して無い! 姫華とは、してないよ!」
愛理ちゃんも宮咲だけど。……話がややこしくなるから黙っておこう。
『じゃあ、どうするの? 背後霊に身体乗っ取られちゃうんでしょ?』
「いや別に乗っ取られは……えー……」
『やっぱり……宮咲さんとキスしたのね?』
してない! って心から言えないのが凄く辛い。
梨花が言ってるのは、自分以外の女の子とキスしたかどうかであって、この際相手が姫華かどうかは関係ないだろうし。
「えーとだ……。梨花は私が遠川さんとキスしちゃった時の事を覚えているかい?」
『覚えてるけど……。まさか、裕海……晴香とキスしたの?』
「ちーがーうー! 事故で愛理ちゃんとしちゃったの!」
『男の人ってすぐ、事故だとか不可抗力だとか……』
あのー……私、女ですわよ?
『解りました。今日は私は必要無いんですのね?』
「いや! そんな……」
『せっかく、お寿司とお持ち帰り用のケーキ持ってきたのに……。それじゃ双海さん、これ食べちゃいましょうか?』
「ケーキ!? ちょっと待って! お寿司もって……。梨花、今どこにいるの?」
『碧町駅よ、裕海の家から歩いて十分程度の』
「今行くから待っててください!」
私は電話を切ると、持久走の足の疲れも忘れ、家を飛び出していった。
「ゆ~みぃ~!」
碧町駅に着くと、灯と梨花が出迎えてくれた。
「会いたかったよ~……!」
突然駅内で抱きしめられる。……別に変な事じゃ無いよね?
「裕海! ちゃんと氷室さんの事待ってあげなきゃ駄目じゃない」
灯は腰に手を当て、小さい子をお姉さんが叱るような格好をした。
「だってぇ……帰れって言われたし」
「私、裕海は絶対待ってると思って、氷室さん出てくるまで待ってたのよ! そしたら氷室さんが一人で出てくるから……。本当びっくりしたわ」
「双海さん。もう大丈夫だから……」
梨花がオロオロと灯を止めた。……こんな梨花、見るの初めてかも。
「でも裕海、食べ物の話するまで、どこにいるのか聞きもしなかったよね~……」
「ああ、それは私も傷ついた」
私は盛大に二人に謝った。――言い訳するわけじゃ無いけど、大変だったんだよ――私も。
「だからケーキ選ぶの、裕海が最後ね」
そんな~……。
「大丈夫よ! 全部裕海が好きなチョコレートのやつだから……」
ああ……本当、梨花って優しい……。
「氷室さん、恋人さんが優しすぎると、お相手さんはダメ人間になっちゃうんだよ?」
「大丈夫、将来裕海がダメ人間になっても――私が一生面倒見てあげる!」
あの、私ダメ人間になるの確定っすか。
なんだかんだ喋りながら歩いていると、もう家のすぐそばだった……が、
「!」
三人同時に足が止まった。――さっきも見た、メイド服とか言う洋服を着た人が、姫華の家の前でせっせと掃き掃除をしていたのだ。
「あ、お帰り~」
振り返り、声を発したメイドさんは、さっきの可愛らしい愛理ちゃんでは無く――、
「ちょっと! 何で素通りするのよ!」
メイド服を着込んだ姫華の横を、三人で無言で通り過ぎた。
「……誰?」
「大丈夫、気にしないで」
玄関での灯の問いに、梨花は表情一つ変えず答えていた。
「さて、ケーキケーキ!」
「その前に巻き寿司食べよう、賞味期限とかヤバくない?」
「大丈夫よ、今日中なら多分平気」
部屋の真ん中に即席のテーブルを出し、三人でおやつの時間にした。
「ところで文田君は?」
穴子とキュウリとカンピョウの巻かれたお寿司をかじりながら、私はさ
っきから気になっていた疑問を聞いた。
「銀士とはさっき別れたわ」
危うく穴子を口から吹き出すところだった。
「双海さん、その言い方だと誤解されるわ」
梨花は紅茶を啜りながら、巻き寿司を次々と口に放り込む灯の肩を叩いた。
「んむぅ?」
灯は首を傾げ、納得したように手のひらの上でグーの手を叩いた。
「んんむむむ、むぐっんんむ」
「双海さん……それじゃあ聞き取れないわ」
灯は詰め込んだ酢飯を飲み込み、紅茶を一気に飲み干した。
「駅前で別れたの、今日は疲れちゃったみたい」
ああ、そっちの『別れた』ね。
「肩とか揉んであげればいいのに」
「あの子すぐ変な声出すんだもん。……まあ、可愛いからいいけどさ」
揉んだことあるのか。
「……裕海ぃ、肩揉んであげようか?」
遠慮しとく、声聞きたいだけなのバレバレだし。
お寿司が終わり、次にケーキに手を伸ばしたところで灯に叩かれた。
「裕海は最後」
「え~……」
「じゃあ、裕海の欲しいやつ言って? とっといてあげるから……」
「わーい! 梨花大好き」
「また甘やかすんだから……」
灯の前でこんなイチャラブトークをかますのは初めてかもなぁ……なんて事を思いながら――ゆっくりと時は過ぎていった。




