第三十六章:メイドさん?
私たちがゴール地点に着いた頃には、もうだいぶゴールしている人がいた。
あれー? こう言うの得意そうな灯とか倉橋君が見当たらない……。
「はぁ……はぁっ! 裕海っ!」
息を荒げた灯が私の肩を後ろから叩いた。ええ……大丈夫ですか?
「どうしたの?」
灯はスポーツドリンクをがぶ飲みし、
「銀士が……もう、すっごく運動神経鈍くって……途中から手ぇ引いて引っ張って来ちゃった」
途切れ途切れにまくしたて、手をついて座り込んだ。
「銀士……大丈夫?」
「もう駄目です……僕」
灯の脚の間に座り、後ろから灯が頭を撫でている。――後ろからチクチクと視線を感じるけど……気のせいだよね?
「この子も人気あんのね」
梨花がボソッと囁き、私に後ろを見るようにサインした。――なるほど、一年生女子の集団が灯を睨みつけている。さっきの視線の正体の半分はこれか。
……残りの半分? 一年生男子が数人、文田君をチラチラ見ては何か言っている。
――まあ、少なくともいい話では無いだろう。
「はぁっ……! はぁっ……!」
「お疲れ~」
灯がタオルで扇いでいる先には、たった今ゴールした倉橋君が息を切らせて倒れ込んだ。
「晴香が……途中で倒れちって――背負って戻って、大変だったぜ」
だから遠川さんがいないのか。途中で倒れちゃうなんて……。
「晴香は貧血気味なのよ」
遠川晴香の元恋人であり私の愛しい現恋人がボソりと言った。――うん、なんかそんなイメージ……。
昼過ぎ、やっと全員集まり、持久走大会は終了した。私は梨花とキスの日課を済ませようとしたが、クラス委員長である梨花がイベントの終わりの時間、暇なはずが無く――黙々と片付けの手伝いをしていた。
終わるの待ってようかな……とも思ったが、片付けをしている教師の一人に関係無い生徒は帰れと言われたので、私は渋々承諾し帰途につくしか無かった。
---
「はぁ~……」
「おかえりなさいませ~」
道端を箒で掃除している女の子の姿を、私は思わず二度見した。……何なのその格好。
「これ、メイドさん? とか言う職業の方が着るお洋服らしいんですけど……お姉ちゃんが似合うから着なさいって」
姫華が……? あの子の事だから、どうせ変なサイトか何かで仕入れたんでしょうけど……。
「愛理ちゃん? 恥ずかしく無いの?」
「ハイ! この服可愛いと思います! 裕海お姉さんもいかかですか?」
私はやんわりと、そして丁重にお断りした。
「だが断る。……ってやつですか?」
私は愛理ちゃんの清らかな笑顔を見て、心から思った。――この子が姫華の妹を続けていたら、いつか絶対ダメな子になる。
後もう一つ、愛理ちゃんのその発言を聞いて……私は自分の家の本棚にズラリと並んだ漫画を読ませたくなった。……どうせ何の事か知らないで言ってるんでしょ。
「じゃあね、愛理ちゃん」
私は鞄を背負い直し、姫華の家の前を通り過ぎようとしたが――
「あ! 肩にゴミが……」
「え?」
私は思わず振り返ってしまった。
――ここで、あと一瞬でも遅れていれば、こんな事にはならなかったのに。




