第三十五章:持久走
夕方、姫華の言葉が頭から離れず、何も考えられない状態でベッドの上に転がっていると、携帯に梨花から着信があった。
「あ……梨花?」
『今日は本当ごめん! お父さんが回転寿司行くぞって突然言い出して……』
「回転寿司?」
『海の近くの本格的なとこ、凄く美味しかったから――生ものじゃ無い巻物、裕海に買ってきた』
「あ、ありがと~」
『それとさ……』
梨花が言いにくそうに口ごもった。
『明日の持久走大会……その、一緒に走らない?』
「いいよ、私もそうしたかったし」
『足でまといになったらごめんね?』
私はしばらく梨花と他愛も無い話をし、電話を切った。――ああ、さっきより心が軽くなった気がする。
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持久走当日――私は朝から変な夢を見ることも無く、身体が筋肉痛と言う事も無く、非常に健康的な状態で目が覚めた。
「よし! 頑張りますかっ」
大会……とは言うものの、それほど大きな会場は借りれなかったらしく、大きめの運動公園を全面的に貸し切り――でも無く、普通に一般市民のいる中、汗かき走らなくてはならないのだ。
幸いこんな寒い朝に、こんな場所に来ているのは健康に気を使っているお爺さんお婆さんか、出勤前のサラリーマンくらいなので――小、中学の時の知り合いなどに遭遇することはまず無い。
「はーい、じゃあ次は二年生!」
学年ごとにスタート地点に並び、後は自由に走って良い――走る前に一応梨花の大体の場所を探しておいた。
「うわー……、律儀に一番後ろから走るんだ……」
群衆の陰に隠れていたが、集団の一番後ろに一人で立っているのが見えた。
最初はペース落とそう。
係の教師がピストルを鳴らし、一斉に走り出した。
――ピストルって、運動会ですか。
「りーんかっ!」
流石梨花、運動神経はかなり良いらしく――真っ先に私の近くまで走って来た。
「裕海、一緒に行こ?」
梨花は私のペースに合わせてくれて、凄く走りやすかった。ポニーテールの横顔を見ながら走っていると――なんだか今回の持久走は楽しく走れそうだと感じた。
「あら、お二人さんっ!」
雨宮さんが後ろから追いついてきた。
「あれ? まだこんな所ですか?」
「持久走は早さを競うものじゃ無いからね~」
と言いながらも、雨宮さんは私たちに手を振り、余裕の表情でぐんぐんスピードを上げていった。
格好良いな。
「裕海ぃ~」
梨花がジト~っとした目つきで私を見ていた。別にそう言う意味で思ったわけじゃ無いよ!?
「雨宮さんに見とれてたでしょ?」
「違っ……! 運動神経抜群で格好良いな……って思っただけ」
梨花はいたずらっぽく、
「じゃあ私も速く走って、裕海に格好良いとこ見せなくちゃ!」
「梨花ぁ~……」
それじゃあ、一緒に走れないじゃん……。
「ほらほら、まだ半分も走って無いんだよ! 頑張ろ、裕海」
梨花は私に手を差し伸べてくれたけど。――持久走で手を引いてもらうのは反則なんじゃないかなぁ……。とか真面目な事言ってみる。
「裕海ぃ……」
呆れと寂しさが混じったような声、ではお言葉に甘えて……。
「きゅっ……」
「裕海、それはつまむって言うのよ」
梨花に手を握り返され、さっきよりペースを上げて走った。――なんか……良いかも、こう言うの。




