第三十四章:宮咲姫華
夜になるまで、私は本棚に並んだ少年漫画の単行本を少し読んでいたが、階下から母にご飯だと呼ばれ、私は無駄に凝ってしまった肩を回しながら下へ降りて行った。
「晩ご飯何ー?」
「カキよ」
カキ!?
私はびっくりして食卓の上を見ると――楕円形のフライが何個かお皿の上に乗っていた。……ああ、そっちね。解ってた。――うん。
「明日、私出かけるから」
母はカキフライを食べながら、脇に置いてあった手帳に何か書き込んでいた。
「社長さん、何かあったの?」
「なんか会食に行くから、その間留守番だって」
どうでもいい事だから別に触れて無かったけど、私の母は二流企業の社長秘書をしている。――え? どうでもよくは無い?
「普段はいてもいなくても何も言われないのに……困った人だわ」
愚痴をこぼしながらカキフライを口に入れるもんだから。……ああ、もう! フライのころもが食卓にこぼれてる!
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さっきの漫画の続きを読みながら、私は再来週のテストの事を考えていた。最近、ちゃんと授業聞いて無いから、どこが出るかさえあやふやなんだけど――。まあ、なんとかなるよね?
私はベッドに転がりながらも、単行本のページをめくり――主人公が中ボスっぽいやつを倒している辺りで、私は眠気に負けた。
「んぁー……」
私が目を覚ましたのは昼過ぎだった。もうすっかり明るくなり、日光が部屋中を照らしていた。
「ああ、今日梨花来るんだっけ……」
枕元に置いてある携帯が光った。――メールかな……?
メールに受信時間は朝の九時頃で、返信が遅れた言い訳を考えながら受信画面を開くと、
『ごめんなさい、急用ができたので今日は行けません 梨花』
「キスどうすんのよ!」
思わず叫んだが、叫んだからと言ってどうこうなるものでも無く、外に聞こえると面倒な事になりそうだったので、私は深呼吸し――とりあえず朝――ブランチを食べることにした。
バターだけを塗った食パンを黙々と食べながら、私は今日のキス相手の事を考えていた。……一番手っ取り早いのは姫華なんだけど、何されちゃうか分からないし。――たとえキスだけだったとしても、多分一回じゃ済まないだろう、へたすると一晩中くっつきっぱなしかも。
明日持久走大会だから、あまり体力を使わないでおきたいし――霊能者さんとこが今日開いてるかどうかも知らない。
「どうしよっかな~……」
玄関の呼び鈴が鳴った。誰だろう?
「は~い」
「裕海ちゃ~ん」
姫華だった。とりあえず私は洗濯物などを別の部屋にしまいこみ、玄関のドアを開けた。
「氷室さんから頼まれたの」
やけに嬉しそうな顔をした姫華が、そっと首筋にキスをした。
「今日は裕海の唇に一回だけキスをして良い……って」
首から離れた姫華の表情はさっきの笑顔とは違い、獲物を見つけた獣のような表情をしていた。
「……ってことは、唇以外のところなら何回でもして良いって事だよね…
…?」
「え? ちょっと、きゃっ……」
姫華は優しく丁寧に、私の首筋や耳、ほっぺたなどにゆっくりとキスを重ねていく。身体を這う姫華の手は、なんだか心が少しリラックスする感じがする。――力が抜け、大人しく姫華にされるがままになっていく。
「可愛いよ、裕海ちゃん……。凄く可愛い」
姫華の舌が、首から耳にかけてを優しくなぞった。ゾクゾクする感覚が全身を襲い、正常な判断ができなくなってきた。
「っ……! 姫華?」
目をツリ眼気味にし、姫華は私の耳に甘い吐息を吹きかけた。
「大人しく……して?」
姫華のキスする場所が首筋へと下りていき――服をめくり、肩の辺りまで進出してきた。――そのまま少しずつ……二の腕、肘――手首へと……どんどん姫華の領域ができていった。
「次は……」
姫華は私を廊下に押し倒すと、洋服を胸のあたりまでペロンとめくった。
普段なら抵抗するのに――。駄目、今日は力が入んない……。
「ここは初めてかな?」
姫華は嬉しそうに私のお腹の上に顔を乗せた。そして……脇腹、腹筋を経て――おへそにキスをしたあたりで、姫華は小悪魔のような笑顔で私を見た。
「さて、問題――次にキスをする場所はどこでしょう……?」
このまま下がっていったら。――駄目だよ、流石にそんなところ。
姫華はまくっていた私の服を戻すと、スカートを少しめくった。舵手止めなさい、姫華ぁ……!
「この辺だったら見えないよね?」
姫華は太ももの物凄く際どい部分にキスをした。
それ以上下にすると、制服のスカート履いてる時キス跡が見えちゃうもんね……。
「裕海ちゃんがニーソックスとか履く子なら。もっと下の方にもできるのに……」
「姫華はそうなの……?」
「うん! 私ニーソっ娘好き!」
新しい言葉を聞いた。なんだそのニーソっ娘って!
「裕海ちゃんがニーソ履いてスカートの端っこ口にくわえて……。ベッドで甘~いポーズしてくれたら、私凄く嬉しい」
あまりに突拍子もない言葉に、私はその情景を想像するより前に、
「お断りします」
「冷たいなぁ」
姫華は私の身体に覆いかぶさった。変な間があるし――最後のキスかな。
「ちょっと寂しいけど、今日はもう最後にしようかな……」
姫華は残念そうに私の唇にキスをした。――意外なくらい軽いキス、てっきり私は口中を舐め回されるかと思ったけど。
「裕海ちゃんは――」
姫華はコクンと飲み込み、言葉を続けた。
「私とキスしたい?」
これはどう言う意味でだろう。
私が本当にキスしたいのは愛しの梨花ただ一人だけど、姫華とキスするのは今日体験して分かったけど――ちょっと嬉しいかも、まあ……感覚がマヒしてんじゃないかって言われればそうなんだろうけど……。
「私は裕海ちゃんの事が欲しい、身体的とかそう言う意味じゃ無くて、心から私の物になってほしい」
遠まわしだけど、もしかしてこれって……。
「この言葉をどうとるかは、裕海ちゃん次第だから、返事はいつでもいい――ずっと後でもいい、でも……」
姫華は玄関のドアに手をかけた。
「私が欲しい答えは、裕海ちゃんも分かってるよね?」
それだけ言うと、姫華はつむじ風のように玄関から出て行った。
私はスカートを半分めくられるという情けない格好で、しばらく廊下に一人で転がっていた。




