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第三十二章:悲劇

 そんなわけで、私が姫華の部屋から出るときには、全身クタクタで口中がトロトロと言う、自分でもよく解らない状態になっていた。


「大丈夫、裕海ぃ……? 肩貸そうか?」

「私もやる!」


 両肩を支えられると言う、どんな重症人だ――って状態で部屋から運び出された。

 こんなとこ誰かに見られたら、質問攻めに会っちゃうよ。


「あれ! 裕海お姉さん、どうしたんですか!?」


 階段を下りる辺りで愛理ちゃんに見つかった。

 何でいるのよぉ……。

 自分の家だからか。


「ちょっと足、しびれちゃって……」


 私はなんとかごまかしたが、階段の下の方で談笑する声がする――まさか。


「今、裕海お姉さんのお母さんが来て玄関で話してるの」


 タイミング悪っ!


「それにしても、裕海お姉さん。凄く色っぽい匂いがしますね」


 愛理ちゃんは私の服を嗅いでいる。犬なの? 前世犬なんですか!?


「愛理、この家裏口とか無かったっけ?」

「あるよ~、台所の脇に」


 私たちは無言で頷き合い、階段をソ~っと降りると――音を立てないように裏口まで向かった。


「裕海ちゃん……何か、ちょこっとムカつくくらい軽いわね……」


 廊下を歩きながら突然、姫華が変なことを言った。


「そうよ。裕海の身体のライン、凄く魅力的よ」


 梨花、お願いだから今は静かにしよう?


「見たことあるの?」

「触ったこともあるわ。もちろん生で」


 ねえ、そう言う挑発っぽいのやめて? それとも狙ってやってるの……?


「ねぇ、裕海ちゃん? 全然関係無いんだけど、今日お風呂入りに来ない?」


 ちょっと~、下心丸見えですよ――。


「服の上からでも結構、ほら……」

「うわぁ……!」


 何? 自分じゃ気にしなかったけど……えぇ~? そんなに魅力的な身体してます?


「凄ぉい、きゃぁ……。生で抱いてみたいわ」


 姫華がうっとりとした表情でこっちを見ている。うん、なかなか悪い気はしないかも。


「好きな()の身体って、特に興味湧くよね。二次元とはまた違った魅力があるわ……」


 姫華が舌を出して唇を舐めた。――ああ! もう、あなたたち姉妹(きょうだい)は本当、犬なんですか!


「ほら、撫でてみる?」


 梨花が私の腰周りを撫でた。――くっ……抵抗したいけど、肩支えられてるから無理だ。


「じゃあ……」


 ――! 姫華まで!? 駄目! くすぐったい……!


 両側から女の子に肩を支えられ、もう片方の手で腰周りを撫でられる――何この状況。


「止めっ、くすぐったっ……! ――っ! 変なとこ触るなっ……!」


 両側から聞こえる息遣いが荒くなってきた。

 手つきもなんか、さっきと違うし……。


「梨花? ……姫華?」


 二人は顔を紅潮させ、目つきがヤバかった。

 一心不乱に私の腰付近をまさぐり合い……、


「ひゃん!」


 突然足に力が入らなくなり、床に尻餅をついた。


「裕海……」

「裕海ちゃん……?」


 二人の変な意味で熱い視線を感じながら、私は二つの事を考えていた。

 一つは、実に久しぶりに腰が砕けてしまい動けない、と言うこと。もう一つは――今の尻餅で玄関にいた母親たちに気づかれた。


「あら、裕海。……何してんの? そんなところで」


 今日ほど母親の言葉に救われた日は無いだろう。

 姫華と梨花はパッと離れ、目つきも普段のように戻っていた。


「大丈夫ー! ちょっと足しびれちゃって~」


 普段家で話すように、軽くごまかし――私は必死に腰に力を込めていた。


「んー! んーっ!」


 駄目……。力入んないわ……。


「裕海」


 梨花の甘いボイスと共に、私は宙に浮かんだ。――正確に言うとお姫様抱っこなのだが、梨花の鋭い目つきもこの状況だと――。


「王子様……」

「だから、女だって言ってるでしょ」


 梨花は凛々しい表情のまま、玄関の方へとクルリと身をひるがえし、姫華の両親と私の母の前を、まるで王族の結婚式に突如現れ美しいお姫様をさらって行ってしまう、凛々しい騎士(ナイト)のように私を抱えたまま玄関を出た。


「梨花……格好良い!」


 梨花は表情一つ変えず、髪を風になびかせながら、


「言われると思ったけど、可愛いの方が嬉しいわ」


 梨花は殺人的な魅力を持ったウィンクを私に一発見せ、前を向き姿勢良く私の部屋まで歩いて行った。

 今日の梨花、何から何まで凄く格好良い……!




 梨花にベッドに寝かされ、しばらく腰をさすってもらい――ようやく立てるようになった。私はベッドに腰掛け、梨花と向き合った。


「私がして欲しい事……何だか分かる?」


 梨花の無表情な声。

 私、何かしちゃったかなぁ……?


「ごめん……」

「別に謝らなくてもいいわ」


 梨花は身体をカクカクと震わせている。

 どうやら怒っているのは間違い無いらしい。


「梨花……その、すぐに梨花を選ばなくって――ごめん」

「前置きは良いから、早くしてよ!」


 あれ? 梨花の身体、震えてるって言うより、何か妙にソワソワしてモゾモゾしてるみたい。――それに、梨花が主語を言わずに「して!」って言うのは……。多分一つしか無い。


「分かった……。目、つぶって?」

「私にも、腰が砕けちゃうくらいのをお願いね」


 梨花のお願いは無茶に等しい。私のほうが梨花より腰が砕ける確率が高いからだ。

 梨花の腰を砕いちゃうくらいのキスって事は――。


「私も砕けるかも」


 その言葉の後、私と梨花を妨げる物は無くなった。梨花に引き寄せられ、全身を密着させ唇を重ねた。お互いに肩から背中辺りを撫で、身体がゾクゾクッと震えた。ヤバい……早くも腰が……!

「んくぅっ!」


 梨花の可愛らしい声と同時に、私の愛しい恋人さんはペタリと床に座りこんだ。

 これはもしかして。


「はぁ……。んんっ!」


 トロ~んとした目で見つめる梨花、私はこの可愛い生き物を前にこれ以上我慢出来なかった。


「まだまだ、行くよ?」

「裕海? もう私限界――」


 梨花の唇を塞ぎ、私はさっきより丁寧に梨花の口を舐め回した。梨花は時折「あっ」とか「んっ」とかの艶っぽく可愛らしい声を出していたが、そのうち梨花は無抵抗になり部屋に響く音は、私が梨花の口腔内を舐め回す音と、梨花が時折出す――喉を鳴らす音だけだった。


「……コクン。……コクン」

「ぷはぁっ! ……梨花?」


 唇を離した瞬間、梨花の身体が音もなく崩れ落ちた。――目はつぶった

ままで、口も半開きのままだった。


「梨花! 梨花ぁ!」


 まさか――さっきの限界って、呼吸の事だったのかな……? いくら揺さぶっても梨花は返事をしなかった。


「梨花! 梨花ぁぁぁ!」


 意味もなく涙が溢れてきた。嘘でしょ? 嘘だよね!? 人間ってこんな簡単に――それ以上は考えられ無かった。


「嘘……。そんなはず無いよ。私の愛しい愛しいお姫様だよ? 私が、私が梨花を……」


 涙がこぼれ、梨花の顔を濡らした。私は――涙が止まらなかった。

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