第三十一章:三角関係
「あら~! 姫華ちゃん、すっかり大人っぽくなって!」
何事も無かったかのように母と世間話をしている彼女は、さっき私にキスをした。勢い余ってとかじゃ無く、完璧に私の唇を狙って来た。
「すみません、お土産とかは両親が持ってるのもので……」
あのデカイ旅行かばんの中身は何なんだ……?
「私だけ先に帰って来たんです。ちょっと東京の方に寄るところがあって……」
「三人家族さんだったけねぇ」
「妹ができました。愛理って言うんですよ――数日前にも先に家を見に来たみたいですけど」
「あら、気付かなかったわ」
母との会話に花が咲いてるけど。私はさっきから気になっている事を聞いた。
「その旅行かばん、中身何入ってんの? 着替えにしちゃ大きいけど」
姫華ちゃんの表情が一瞬、しまった! と言うような表情になったが、にっこりと笑い、
「引越し屋さんに頼みたく無い、大切な物よ」
とだけ言い、旅行かばんを取りに行った。
「ではまた明日、今度は多分家族全員で参ります」
ペコリと頭を下げ、帰って行った。――何だろう。何か胸騒ぎがする。
---
次の日、宮咲一家が家にお土産を持って来た。日本各地の置物や、中には海外の物もある。転勤に転勤を繰り返して、やっと戻って来たって言うから――よく知らないけど、大きい会社なのは確かだな。
「これ、お土産ですぅ……あっ! お姉さん」
宮咲姫華の妹、愛理は、この間道を聞かれた女の子その人だった。
「この間はどうも、ありがとうございました!」
丁重に頭を下げられ、何か逆に申し訳無い感覚に襲われた。後で何したのか聞かれたら、十中八九笑われるに違いない。
「愛理、裕海ちゃんと知り合いなの?」
「うん! 前に駅前で……ね!」
理由を言われる前に、私は話を終わらせた。
「ところで姫華ちゃん――」
「姫華で良いよ」
「じゃあ、私も裕海で――」
「そうだ、裕海ちゃん! 後で家来ない?」
聞いてくれなかった。まあ、良いか……。
「行って良いの?」
「あ……じゃあ裕海、私たちはこっちで話してるから、姫華ちゃん家に行って来たら?」
母にも勧められ、私は姫華の家に、実に十数年ぶりに行くこととなった。
「あがって……」
姫華は誰もいない家のドアを開け、階段を登りながら二階へ来るようにと促した。
姫華についていくと、ちゃんと家具が揃った彼女の部屋に案内された。ベッドや机、絨毯までちゃんと敷いてある。
――昨日の引越し屋さんは一日かけて、こんなことをしてたのか。
「昨日、裕海ちゃんが知りたがってた――この鞄の中身を見せてあげるわ」
部屋の真ん中に、まだ開けていない昨日の旅行かばんが置いてある。
若干の逡巡の後。姫華はその大きなかばんのジッパーに手をかけ、中身を開けた。
「え……?」
目の前には信じられない光景が広がった。――嘘、でしょ? あの姫華が……? 昔一緒に遊んだ、あの姫華が!?
「裕海は、これ見ても私を軽蔑したりしないよね……?」
目の前に広がった光景――と言うか旅行かばんの中身は、いわゆるアキバ系なる人々が好むようなグッズが大量に詰め込まれていた。――ええ、フィギュアだの妙に薄い漫画だの、ぬいぐるみ、ポスター、ゲーム。他多数、だ。姫華が言うには、抱き枕なる物や声優さんのボイスアクセサリー? なる物もあるらしいけど。それらが綺麗に、傷つかないよう仕切りつきで入っていた。
「えっと……これは……?」
「私ね――」
姫華はすぅ……と息を吸い込み、
「中学時代に付き合った彼が、こう言う趣味だったんだけど、彼の趣味をもっと知りたい! って調べてたら、どんどんハマっちゃって。結局卒業前にその彼とは別れちゃったんだけど、もう私はこの世界から抜け出せ無くって。高校入ってもずっと集めまくってて――、知り合い……ってか趣味仲間のお姉さんに同人誌即売会とか行ってもらって、ネットとかでも結構買って――気付いたら完璧に――」
「オタクになってたわけね」
「オタク言うな! ただの――そうね、アニメとか萌えキャラとかが好きな、至って普通の女子高生よ!」
普通、なのかなぁ……。
足元に落ちているポスターの端が少し見えたけど、男の子のキャラ同士が抱きしめ合っているような絵だったので、私はさりげなく足で、視界から出るように蹴った。
「BLはちょっと苦手なんだけどね、前の高校の先輩が勧めてきてさ……」
ああ、それは私でも聞いた事がある。私とは絶対に合わないな――とだけは思った。
「今はもう、男の子は二次元しか愛せないわ!」
二次元? もしかして姫華は、普通の人を三次元――とか呼ぶわけ!?
「これ、今の嫁!」
嫁!? 姫華がそう言って見せてくれたのは、明らかに小さい水着を着たカラフルな髪をした、女の子の絵だった。
妙に幼く見えるのは、イラストであるためか。もしくは姫華の趣味が若干アブノーマルな方向に変化しているのか。
「でもね……。流石に二次元のキャラばっかりじゃ、いけないと思うんだ」
姫華はさっきの絵をだきしめながら、
「でも、三次元の男の子は絶対嫌だし」
彼氏さんいたんだよね……?
「決めたの、私は裕海ちゃんを口説き落とすって」
……!? 今、何て言った!?
「え? 姫華……?」
「中学までの男の子は、格好良いとも思ったし、可愛いとも思えた――でも、高校入ってから、汚いとか下品って感情しか抱かなくなった」
姫華は私のすぐ側に寄った。――危ない目つきで、チラチラとこっちを見ている。鳶色の瞳が爛々と輝いていた。
「裕海ちゃぁん……!」
「裕海ぃ~、いる~?」
若干身の危険を感じ始めた刹那。
聞きなれた、愛しい声が階段の下から聞こえた。
――え? でも何で?
「裕海ちゃん!」
姫華に半ば押し倒されるような格好になり、私は両手首を押さえつけら
れた。
さっきから、姫華の目がヤバい。
「裕海ちゃん……!」
「裕海!」
部屋のドアが開き、私服姿の梨花が部屋に足を踏み入れた…。――が、一歩目で金縛りにでも遭ったように、ピクリとも動かなくなった。
「誰よ! あなた!」
「あんたこそ誰よ! 勝手に人の家あがってきて!」
ごもっともな意見だ。
「裕海の家行ったら、隣の家に行ってるって言われたのよ! それに勝手じゃ無いわ、ちゃんと親御さんに了解済みよ!」
梨花らしい反論だ。でも良かった。梨花が来てくれて。
「私の王子様……!」
「一応私、女の子よ?」
お姫様……! 何か変だな。
「裕海ちゃん! この子誰!?」
姫華が私を押し倒したままの体勢で、私の身体を揺さぶった。
とりあえず、離してよ……。
「誰だか知らないけど、裕海を離しなさい!」
「何その命令口調……!」
「姫華、お願い。ちょっと……」
私が頼むと、しぶしぶ手首に込めた力を抜いてくれた。
――ふはぁ。やっと動ける。
「私は宮咲姫華……表札にも書いてあるでしょ」
姫華は不機嫌そうに口を尖らせ、そっぽを向いた。
「私は氷室梨花――蒔菜裕海の恋人よ!」
正しいんだけど、改めて言われると、ちょっと恥ずかしいな。
「は? 恋人……? 嘘つくならもっとマシな――」
梨花は真剣な眼差しで携帯の画面を見せ、姫華の言葉を遮った。泣く子も黙る――とまで言うと言い過ぎだけど、結構強い視線である。
もっとも梨花が突き出した携帯画面に何が写ってるのか、私からは見えないんだけど。
「裕海……?」
姫華は間違い探しの最後の一個を探すように、携帯の画面を食い入るように凝視している。……時折、顔を赤らめながらチラチラこっちを見てくるのは、何故だろう。
「何が写ってるの……?」
私は画面を見て驚愕した。例えるなら、そうね。お部屋で大きなハンバーガーか何かを頬張っている瞬間を激写された事に気付いた――みたいな?
「いつ撮ったのよぉ……!」
そこには、私が凄く幸せそうな表情で一心不乱に、梨花とキスをしている瞬間が写っていた。――何かもう、こんな幸せそうに私はキスをしてたのか――と改めて認識させられた。
客観的に見ると、すごく恥ずかしい。
「裕海ちゃん……。これ、本当なの?」
姫華が心配そうな表情で私に視線を移した。――唇の端から舌が少し出
てるけど、この子本当に心配してるのかしら。
「この氷室梨花とか言う人に脅されてるんじゃ無くて!?」
凄く心配してるようにも見えるのに――相変わらず、変に息が荒い。
「なんなら、今ここでしてみましょうか?」
梨花が挑発するように言った。お願いだからこれ以上、この状況をややこしくしないで!
「じゃあ良いわ! こうしましょう! 今から二人で目をつぶるの、それで裕海ちゃんが本当に好きな方にだけキスをする――これではっきりするでしょ!」
そんな無茶な……。
「良いわ、受けて立ちましょう!」
梨花ぁ……!
私の意見など、一切無視し――私を挟んでお互いに向き合い、目をつぶって唇を向けてきた。
何この修羅場。
「あぅ……」
じりじりと二人の顔が迫ってくる。――普通なら梨花にして、終わり! でいいんだけど、姫華だって大切な幼馴染だ。こんな変な喧嘩のせいで――せっかく会えたのに、心が遠くに行っちゃうのは嫌だし。
なんて、余計な事を考えていたのが悪かったのか、
「んっ……」
「んんっ……!」
あれー……?
私の目の前で予期せぬ出来事が起こった。お互いに私に近づいて来た顔――主に唇が、軌道をミスったのか。
「んん~……、ペロ」
「くちゅん……、んはぁ」
ええ、今。現在進行形で、私の目の前で梨花と姫華が幸せそうに深く、なめらかな。まあはっきり言って、気持ちよさそうなキスをしていた。
お互いに私としてるんだと思ってか、凄くヤバいキスをしている。
「んん、はぁ……」
「ちゅぅぅ……ペロ」
わわわ……、わぁ……! 凄く気持ちよさそう――こんなことになったのは私の責任だけど、見てたら私もしたくて堪らなくなってきた。
こんなに夢中になってキスしてるとこ、普通じゃ見れないけど、梨花も姫華も凄く幸せそう。
「んっ……。裕海ぃっ!」
「んんぅ……。裕海ちゃんっ!」
あ、ヤバい。
二人のキスがピタリと止まった。唇を重ねたまま、お互いにゆっくりと目を開ける。
これは、逃げた方が良いかな。
「きゃぁぁぁぁ!」
「やぁぁぁぁん!」
二人は唇を手で拭い、静電気でも発生したかのように部屋の反対側の壁
まで飛び退いた。
「ええ!? 何でこんな子と!」
「嘘、裕海じゃ無い……」
私は半分、部屋から出かかっていたが――。あと少しというところで、ガシリと腕を掴まれた。
二種類の右手に。
「ゆぅみぃ~……」
「裕海ちゃぁん……」
目に映った炎で家が火事になるんじゃないかと思える程の、迫力。透き通るような瞳が赤々と焦がされ、怖い。
「今だけは味方だから」
「呉越同舟ってやつですね」
梨花と姫華はお互いの顔を見合わせ、にっと笑った。
「待って……誤解だよ? 別に私何もしてなっ……きゃぁぁぁん!」
お部屋に引きずり込まれ、ドアを閉められた。私は床に転がされ、二人の女の子に腕と足を掴まれた。
「ごめんなさい! 許して、黙っててごめんってば!」
梨花と姫華は同時にニッコリと笑った。
これ程までに、女性の笑顔が怖いなんて思った事は無い。
「大丈夫、痛くしないから」
「いっぱい……するだけだよ?」
二人に全身で挟まれ、抵抗するどころか動く事もままならない。
「裕海……大好き」
「裕海ちゃん……可愛いよ?」
嫌ぁぁぁぁ……!
私はその後、二人にさっき以上に深く、愛の込もったキスを数え切れないくらいされ――トロ~んとした私は、体の感覚が無くなるまで、二人の女の子に全身でもみくちゃにされた。




