第三十章:幼馴染
「裕海、また明日!」
灯が嬉しそうに部活へ向かった。私もそれを快く送り出し――さて、久しぶりに梨花と帰ろうかな。
「りーんかっ!」
誰もいない教室で、後ろから梨花を抱きしめた。梨花はメガネをかけたまま、「もぉ~、ダメでしょ!」と言わんばかりのお姉さんフェイスで振り返り、私の頬を突っついた。
「誰が見てるか解らないんだよ?」
梨花はそう言いながらも、私を抱きしめ返し――鞄を持って席を立った。
「今日はどっか寄る?」
「駅前の喫茶で新作のパフェが出てた」
私の情報に、梨花は眼を輝かせた。普段はお堅い委員長で通しているか
ら、朝は生徒の多い駅前でそんなものじっくり見てられ無いらしい。
私たちは軽い世間話をしながら、駅前まで歩いた。
この時期にバスにも乗らずに歩いている生徒は他におらず、梨花も表情豊かに楽しそうに歩いていた。
「ここよ」
「全然気付かなかった……。いつも通ってるのに……」
二階の見晴らしの良い席に二人で座り、二種類のパフェを二人で選び、それぞれ別のものを注文した。
「はぁ~……私、こんなとこ来るの初めてだわ……」
梨花は外の景色を眺めた。
「もし裕海と出会わなかったら、一生こんな綺麗なお店に来ることも無かったでしょうね」
「一生って……」
大袈裟、と言いかけた私の言葉を遮るように梨花は首を左右に振り、
「もし裕海と出会わなかったら、多分ずっと……冷たくて真面目な女性を目指して成長して行ったと思うわ」
梨花は嬉しそうに笑顔を見せた。
「こんな風に人前で笑えるようになったのも……裕海のおかげ――本当にありがとう、裕海」
「そんな、大袈裟――」
梨花の顔が、心なしか少し近づいたような気がした。――思わず唇を舐めてしまう。
私も少し、梨花に顔を――。
「お待たせしましたー」
注文の品が来た。危ない危ない、ここが外だって忘れていた。
「コホン……」
梨花は顔を赤らめ、咳払いをした。私も顔が熱い……。
バレて無い――よね?
二人で半分ずつパフェを食べ、しばらく景色を眺めた後店を出た。梨花を改札まで見送り、私はいつも通り碧町行きのホームへと向かった。
「くっ……、なんだと」
引越しのトラックと壁の間を通ろうとしたけど――腹がつかえて通れない。
朝は通れたのに――トラックの停め方の問題だよね!
自分に言い聞かせ、私はぐるっと迂回して家に帰った。
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「裕海! 早く起きないと遅刻するわよ!」
母の声で目が覚めた。――久しぶりにぐっすり眠れた気がする。風邪だったり梨花の事だったりで、ここのところあまりちゃんと寝て無かったんだよね。
私は身支度を整え、颯爽と家を出た。今日は金曜日か……。休日はどこ
で梨花と会おうかな――。
引越し屋のトラックも今日は無く、清々しい気持ちで駅まで歩いた。
「裕海っ! 月曜日の行事覚えているかいっ!」
灯は人差し指を立て、机の上に座った。――何かあったっけ?
「忘れてるなぁ……! 持久走大会だよっ!」
忘れてた。頭から完全に抜け落ちてたよ。
そっか、次の月曜……。
「十二月二日かぁ……。嫌だなぁ……」
「何言ってんのよ」
灯が不思議そうな顔で私の顔を覗き込んだ。
「灯は嫌じゃ無いの?」
「大好きな人とずっと一緒に走れるのよ、確かに走るのは大変だけど、銀士とお互いを気遣いながら……きゃぁ~!」
灯の妄想車両が特別快速になったらしい、私は自分の世界に入った灯を気にせず、一時限目の授業の用意を始めた。
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「はい、じゃあ来週の持久走大会――頑張って走ってください」
ホームルームも終わり、私は教室から生徒がはけるのを待った。今日は何かしらあって、梨花とキスして無いから帰りにしようと思っているのだ。
「梨花っ!」
やっと誰もいなくなり、私は梨花に後ろから抱きついた。梨花は優しく、それに応じ――軽くキスを交わし私は家に帰る事にした。
何かあっさりしてるって? 来週の持久走大会の事で委員長さん同士は集まらなきゃならないらしく、梨花は優しいから、遅くなると思うから先に帰っていいよって言ってくれたのだ。
まあ裏を返せば、暗に一緒に帰れないよっていう意味であって、少し寂しいっていうのが本音なんだけど。
私は普段通り駅に向かい、電車に乗り――碧町の駅で降り、家まで休日の事なんかを考えながら歩いていた。
遠い昔の幼馴染が帰って来ているなんて事、すっかり忘れていたのだった。
「裕海ちゃん!?」
玄関の門を開けると同時に、声をかけられた。帽子をかぶり、肩の下辺りまでの長さの茶髪を風になびかせ、薄い茶色のレンズのメガネをかけた女の子が、大きな旅行かばんを引きながら立っていた。
夕日を背中に浴びて、繊細な髪がキラキラと輝いている。
「ただいま! 裕海ちゃん!」
帽子とメガネを外すと――遠い記憶が蘇った。
「姫華ちゃん……」
「裕海ちゃん!」
姫華ちゃんは私に向かって駆け出してきた。
再会を喜び合うため、てっきり抱き合うのかと思って両腕を広げたのだけど――、
「ちゅぅっ……!」
胸に飛び込んできた姫華ちゃんは――私に、キスをしてきた。




