第三章:委員長
「あっ……蒔菜先輩……!」
さっきの女の子が夕日を背に立っていた。
髪を横にちょっと束ねた可愛らしい子だ。
「お話って、何かな?」
そう言って近づくと――突然抱きしめられた。
「ええぇぇぇ!?」
「わたし、蒔菜先輩の事大好きです。憧れとかじゃなく……本気で好きなんです!」
えっと……ええ? 駄目、私混乱してる……。
「ずっと――先輩の事好きでした。ええ、先輩には倉橋先輩と言う愛しいお方がいるから、わたしを選んでもらえるとはこれっぽっちも思ってません……」
ちょっと、何でこんな名前も知らない子まで、倉橋君のこと知ってんのよ!
「でも――諦める前に、一度で良いのでキスしてください! 先輩のファーストキス――わたしにください!」
だからファーストキスじゃないってば……!
「お願い……します」
可愛らしく俯いて顔を赤らめている、なるほど――こう言う子が将来、純粋な男性を騙す小悪魔になるんだわ……。
「分かったわ……一回だけよ」
「ハイ! 蒔菜先輩大好き!」
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確かに一回だった。一回って言ったし――でもあれは反則だよ!
帰り道、私は口の中に違和感を感じ溜息ばっかり出た。
「ふへぇ……確かにあれに関してはファーストだわ……」
彼女のキスは凄かった。顔を近づけた瞬間腕を回され、凄く愛の込もったキスをされた。しかも口の中に舌を突っ込まれ、口の中をこれでもかというくらい舐め回され――ほんの数秒のつもりでOKしたのに数十秒――いや、二分近くは入ってたかも……。
確かに気持ちよかった。終わったあとトロ~んとしたもん! でも後であれは女の子だったって考えると……もう思い出すのよそう。
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「え!? 何? どう言う状況!?」
天涯のついたお姫様用のベッドのようなところに私は寝ていた。手首には――手錠!? 足にも手錠がかかっており、身動きがとれなかった。
「やっ……誰か外してっ!」
「うふふ……お目覚めですか?」
昨日口の中を掻き回された後輩が、嗜虐的な双眸を向け、私を見下ろした。
「あっ――名前分かんないけど……後輩ちゃん! これ……外してくれないかな?」
私は手と足をガチャガチャしたが、後輩ちゃんはゆっくりと顔を近づけて来た。
「先輩……大好きですよ」
「きゃぁっ……こらっ――離しなさい! 上に乗るなー!」
「…………」
朝から過激な夢を見た。もうヤダこんなの……。
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「蒔菜さん、ちょっとよろしくて?」
登校して早々委員長さんに呼ばれた。数学のノート出してない事かな……。それとも英語のプリント出してない事かなぁ……。
委員長さんは私を音楽室まで連れて行った。うへぇ……ここトラウマなんだけどなぁ。
「入って」
委員長さんに促され、私は音楽室へ入った。
「ガチャリ」
「えっ!?」
委員長さんは教室の鍵をかけた。今この教室の中には私と委員長さんしかいない。
誰か来て鍵を開けないと――駄目だ、委員長さんが鍵持ってる……。
「あの……さ、蒔菜さん……」
普段の冷徹な声では無く、精一杯女の子っぽい声を出すような喋り方で話しかけてきた。
「き……昨日見ちゃったんだ。音楽室で……あなたと一年生の女の子が――きっ……キスしてるとこ」
見られた!? しかもお堅い委員長さんに? これは委員長さん直々のお説教かぁ……!?
「そっ……そんなこの世の終わりみたいな表情しないでよ」
委員長さんはキツいメガネを外して、ゆっくりと近づいてきた。
「蒔菜さんは――その、女の子が好きだったりするの?」
まさか……! 私が大好きなのは倉橋君です。正真正銘男の子ですよ!
とは言える空気でも無く……。
「私ね……中学時代のトラウマで、男の子が怖くて――」
「そうなんですか?」
意外……委員長さんってもっと堂々としてて、インテリ系で近寄り難い人だと思ってた。
「あとさ……その委員長さんって呼び方と――敬語止めてくれないかな……? 距離置かれてるみたいでちょっと寂しい……」
何か委員長さん普段の印象と別人みたい――何か守ってあげたくなる可愛さって言うか……。
「えっと……じゃあ、あー……」
ヤバい! いつもみんな委員長、委員長呼んでるから本名忘れた! えっと――何だっけ……。
「氷室梨花よ――もしかして覚えてくれて無かった?」
「あぇっ……別にそんなことは、ところでいいんちょ――じゃなくて、氷室さん……私に話って何?」
突然敬語止めんのキツイなぁ。
「あ、そうそう――私男の子苦手で、男の子を恋愛対象として見れないの」
「ありゃ……そうなんだ」
何でそんな話、突然私にするんだろ
「蒔菜さん……私と付き合ってくれませんか?」
「…………ぇ?」
ええええぇぇ!? 何? あっ……これは単に本屋さんに行くから付き合って~的な言葉のトラップだよね! いや~日本語って難しい、難しい――。
「私の恋人になってください」
がへぇ……! これはマジの告白かー!
「えっと――何で私なのかと……」
「そっ……そうだよね! 突然同性の人から告白されてもびっくりだよね? えーと、私はずっと遠川さんとお付き合いさせてもらってたんだけど――」
「遠川さんと!?」
「う……うん、それで――もうキスしたりお泊りしたり色々しちゃったんだけど――」
遠川さんのキスした相手ってこいつかー!
「この間……好きな男子が出来たって……」
それはまたお気の毒に……。
「それで私――遠川さんと大喧嘩しちゃって」
「あらら……」
「それで一昨日、遠川さんが泣きながら教室から出てくるのを見て……嫌われるの覚悟で電話して――そしたら、蒔菜さんとキスしちゃったって……」
それであんな怖い顔で尋問して来たんですか……。
「でね、もしかして蒔菜さんと私って――同じ趣向の持ち主かなって」
「へ?」
「蒔菜さんも女の子好きなんでしょ? 倉橋君のこと好きとか言っちゃってコノコノ~! 昨日もあんなに熱烈なキスなんてしちゃって――言い逃れ出来ないぞ」
睨みつけているような目つきも、恋する乙女のような純粋なパッチリお目目になってるし、もう声が――好きな男の子と話してる時みたいに高くなってる!
「お願い……蒔菜さん……」
「うぅ……」
確かに氷室さん可愛いけど……。でも私は、倉橋君をまだ諦めたく無いよ――まてよ? でも氷室さんと付き合っちゃえば、毎日キスする相手を探さなくて済むんだ。
どうせ女の子とすることには変わり無いんだし――何か利用してるみたいで悪いけど……需要と供給に適ってるよね?
「――分かったわ、とりあえず付き合ってみようと思う」
「本当!? うわ~嬉しい! 同性への告白って凄く勇気いるんだよ~! 下手に告ると、一瞬で全員に回るから……怖くて……」
氷室さんは涙を流しながら喜んでいる、ああ――心が痛い……。