第二十九章:梨花の趣味
梨花と永遠の愛を誓いあった次の日、お隣に引越しのトラックが停まっていた。
母が言うには、荷物が多いから今日の内に運び込んで、明日の夕方頃に宮咲さん家族が来るらしい。
私はトラックに阻まれ、狭い通りにくい道を横向きになって歩いた。
ギリギリ制服が擦れなくてホッとしたが、これは少し悩むべきなのだろうか?
「もう少し、成長してくれないかな……?」
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「あ、裕海!」
教室に入った途端、灯が私を教室から連れ出した。
「どうだった?」
私は笑顔でブイサインをした。灯も嬉しそうに飛び上がり、
「良かった! やった! 裕海、流石!」
と、抱きついてきた。――梨花が見たら何か言いそうだなぁ……。
「あら……蒔菜さん、双海さん――おはよう」
梨花が珍しく笑顔で声をかけてきた。普段は絶対こんな所でこんな顔しな
いのに。
「裕海っ!」
梨花が私の手を引いた。ちょっと? どこ行くの!?
私は灯に手を振りながら、梨花に半分引きずられるような格好で行き先不明な場所へと連れられて行った。
「梨花、どこ行くの?」
梨花は振り返らず、
「私もう我慢できないわ、朝から妙にテンション高くって――もう限界
よ」
返事になって無いな……なんて考えながら歩いていくと、いつもとは別の空き教室に入った。
「何ここ……? 歴史準備室……?」
無駄に広い学校だなぁ……なんて事を考えていると、手際よく梨花は私を部屋の一番奥へ押し込み――出られなくなった。
「え? ちょっと梨花?」
「ごめん、もう無理っ!」
梨花は全身を密着させ、私を抱きしめた。てっきりキスするのかと思ったので、なんか肩透かしをくらったような気分。
だけどまあ、朝から全身で梨花を感じるのも悪く無い、かも。
「ああ……裕海ぃ、裕海ぃ!」
何だろう、妙に息は荒いし、しきりに身体をすり寄せて来る。
何か、背中に固い壁が当たってるし……。
「梨花? ちょっと離し――」
「裕海! 裕海、裕海、裕海、裕海ぃ!」
聞こえちゃいない。――てか、どうしよう。後五分もしない内にホームルーム始まっちゃうよ。
「裕海ぃ!」
「梨花!」
私は梨花の肩を掴み、身体から引き剥がした。
「裕海ぃ……?」
寂しそうに見つめるその顔が小動物っぽさを醸し出し、私に迷いの感情を生じさせる。
だけど――、
私は無言で時計を指差した。
「……!」
梨花は私から離れると、急いで教室から出て行った。
――お~い、鞄忘れ……仕方無い、持ってってあげるか……。
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「さっきはごめんなさいね……」
梨花はサクランボを口に入れながら、私を見た。――昼休みは普段の空き教室で食べよう――って言うのは前日から決めていた事だったので、お弁当を食べる間無言だった私たちの、これが昼休み最初の会話だった。
「朝から一人で舞い上がっちゃって……」
「別に良いけど、何かあったの?」
「レロレロレロ……」
梨花は舌の上でサクランボを転がして遊んでいた。
「梨花!」
「レラ?」
レラ? じゃ無くて……。
「ああ、ごめん……ゴクん――えっとね、昨日凄く嬉しくって、夜になっても興奮して眠れなくなっちゃって。それで、ちょっと漫画でも読もうって本棚の漫画を一冊取ったら……」
「最終巻まで読破したと?」
私もやったことあるから分かる、全百巻以上の大作だったから途中で朝になったけど。
「ううん? 一冊一冊は数巻で終わってるの、でも、本棚中の漫画を全部読んだって言うか……」
徹夜明けでテンションがヤバかったと?
「読んだのが全部、百合系だったのがまずかったかなぁ……」
危うく飲んでいた緑茶を吹き出すところだった。夜中になんて物読んでるのよ!
「結構ハードなやつでさ。……私もしてみたいなぁ、なんて思っちゃったりして……」
どんなやつですか! とは聞かないようにしておこう。
「別に……梨花にだったらされても……?」
「駄目! 不健全!」
何て物読んでんの!
「裕海には、そこまで望んでないよ? そっ……それはお話の中だからであって……」
「落ち着いて! 私、内容知らないし!」
梨花は呼吸を整え、真っ直ぐ私に向き直った。
「……よし! 今日もしよっか?」
「うん」
梨花との甘い時間を過ごし、今日は午後の授業も頑張れそうな気がしてきた。




