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第二十七章:決心

「灯……!」


 灯は英語の教科書を、勉強用のノートに写していた。普段『勉強嫌いー、やりたくないー』とか言ってるわりには、意外と勉強熱心なんだよね。


「あれ、裕海?」

「ごめん、やっぱお願いします」


 私は手を合わせ、灯を拝んだ。灯は嫌な顔一つせず、私の肩に手をまわし――軽く唇を重ねてくれた。


 そう、この一瞬だった。あと少し――早いか遅いかしてたら、こんな悲劇は起きなかったのに。



「ドサッ!」


 何かが落ちる音がした。私はキスの体勢のまま振り返る。その瞬間、私の視界には――『絶望』と言う言葉が最適な表情をした――氷室梨花その人が、鞄を手から滑り落とし、教室のドアの側に立ちつくすという光景が広がっていた。


「ゆ……ゆ、裕海……?」


 口が小刻みに震え、顔面は蒼白、目は虚ろで涙があふれている。全身が震え始め、『裏切られた』とでも言うような表情で、梨花は鞄も持たずに走り去って行った。


「梨花!」

「追いかけなきゃ!」


 灯はすぐさま手を離し、梨花の鞄を持ってくれた。――私は全速力で梨花を追いかけたが、どこに行ったかの見当もつかず。――結局見失ってしまった。


「梨花……」


 私のせいだ――私が、


「裕海、私屋上見てくる!」


 灯はそう言うと、廊下に座り込んだ私の肩をポンと叩き、一段飛ばしで階段を駆け上がっていった。



 ---



「委員長さん……?」


 双海灯が屋上に行くと、端の方のベンチに氷室梨花らしき女子が座っていた。

 セミロングの綺麗な髪が風になびき、後ろから見ただけではどう言う表情をしているかは解らない。


「教室に鞄が落ちてたわ、何かあったんですか?」


 双海灯は無関係を装い、鞄を氷室梨花の隣に置いた。


「双海さん……。私、この世で一番大切な人に、裏切られたわ」


 氷室梨花は振り返らず、感情を感じさせない声で、


「大好きだった。……でも、その人は私じゃ無い人とキスしてた。私じゃ無くてもいいんだわ」

「それって裕海の事ですか?」


 双海灯は強い口調で、突き刺すような声で言った。


「あなたには関係無い……」


 双海灯は右手を振り上げたが――そのまま静かに降ろした。こう言う時、第三者が余計な事をすると余計に話がこじれる事は彼女自身分かっている。

 同じような状況を、何度経験したことか。


「これだけ言わせて。裕海はそんな子じゃ無い、何か理由があったんだと思う。……ちゃんと裕海と仲直りしてくださいね」


 氷室梨花は答えなかったが、双海灯はそのまま静かに屋上から出た。

 彼女に出来る事はこれだけ、それ以上は余計な事だと理解していたからだ。


「過ぎたるは及ばざるがごとし……だよね?」



 ---



「裕海!」


 灯が階段を降りて戻ってきた。鞄を持っていなかったから、梨花に会えたのかな……?


「裕海、ちゃんと委員長さんと仲直りするんだよ」

「出来るかな……?」


 灯は頭に手を当て、


「できるかな? じゃ無くて、やるんだよ」


 灯が何の真似をしたのかは、解らなかったけど。灯は少し恥ずかしそうな顔をして、


「一応、委員長さんは私とキスしてたって事は気づいて無いみたいだから、私の話は出しても出さなくても大丈夫だからね」


 それだけ言うと、教室に戻って行った。――灯、ありがとう……。





 その日は結局梨花には会えず、私はいつも通り電車に乗り、碧町の駅に着いた。


「はぁ……、梨花に何て言えばいいのかな……」

「あのっ……!」


 振り返ると帽子をかぶった、少し小さめな子が私に声をかけていた。

 全体的に小柄で、喩えるなら小動物のような子だろうか。


 メモのような物を片手に持っているから……道案内かな?


「大きめの本屋さんに行きたいんですけどっ、ありますか?」


 この辺の子じゃ無いのかな?

 私は碧本町(みどりほんちょう)の駅ビルの本屋を教えてあげた。女の子はコクコクと頷き、丁寧に頭を下げて去っていった。


「礼儀正しい子だな。可愛かったし――」

 梨花みたい……と言う感想が出そうになったところで、私は悩みの種を思い出した。

 ――さて、どうしようかな……。



 ---



 次の日学校に行くと、梨花はいなかった。

 私は少しキョロキョロして、自分の席に着いた。


「裕海ぃ……どうだっ――っと、その顔じゃあまだみたいだね」


 灯が普段通り声をかけてきた。――あれ? 見たこと無いぬいぐるみが付いてる。


「ああ、これ? うん――聞いて聞いて聞いて!」


 灯の顔が緩みまくった。大体想像がつく。

銀士(ぎんじ)が~……UFOキャッチャーで取ってくれたんだよっ! 練習したんだって! もう、愛を感じるよね~!」


 灯はキャアキャア叫びながら、嬉しそうに頬を包んだ。


「あ、委員長さん」


 クラスの女子の声で私は振り返った。すると感情を込めない冷徹な表情の梨花が、脇目もふらず自身の席に着いた。

 ――少しくらい、気にしてくれても良いのに。




「えっと……委員長さん」


 昼休み、私は梨花に声をかけた。――が、梨花は文庫本を片手に黙々とお弁当を食べている。


「何かしら?」


 冷徹。突き刺すような冷たい声で、返された。


「お昼……一緒に食べない?」

「蒔菜さんは、あなたが好きな子と一緒に食べれば良いと思うわ」


 即答。

 だが、私はめげない。


「だから来たんだけど……」


 梨花の肩がピクっと少し動いたように感じた。


「私は一人で食べるから、問題無いわ。構わないで」


 私は仕方なく自分の席で食べ、空になった弁当箱を鞄にしまうと、私はある人へ会いに保健室へと足を急がせた。




如月(きさらぎ)先生!」


 保健室にはいつもの通り如月先生がいた。たまに思うんだけど、お昼ご飯とかいつ食べてるんだろう。


「あら、今日は一人?」


 先生は向かい合った椅子に座り、私にも座るよう促した。


「どうしたの? 体調が悪……そうには見えないわね」


 私はひと呼吸おき、昨日あった事を話した。灯とのキスの事、梨花に見られた事、梨花には背後霊の話をして無い事――。

 先生はしばらく何も言わず頷いていたが、私の話が終わったのを確認すると、脚を組んだ。


「それで……、私は何をすればいいの?」


 何って……。


「これは蒔菜さんと氷室さんの問題でしょ? 私が口出しする事じゃ無いわ、それと――」


 如月先生は真剣な目で、


「氷室さんとの誤解を解くまで、今後一切キスはしてあげないわ」

「何で……ですか?」

「蒔菜さんなら解るでしょ?」


 聞くまでも無い事だ。私は背後霊のためにキスを続けてたけど、キスをする理由がそれだけなら、一日に一回で良いんだ。でも梨花とのキスは一日に数え切れないくらいした。それは別に背後霊だとかは関係無く、単に私が…

…梨花と……。


「解りました。頑張ってきます」

「頑張りなさい!」


 如月先生に笑顔で送り出され、私は一つ大きな決心を胸に教室へと向かった。

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