第二十六章:風邪2
「おはよ~……ってあれ?」
麗らかな月曜の朝。私がいつものように教室に入ると、梨花の姿が見えなかった。
いつもは必ずいるのに。
「裕海~! 大丈夫だった?」
灯の心配そうな声が聞こえたが、私はそれには答えずに、
「梨花は?」
「知らないけど……そのうち来るんじゃない?」
灯はしばらく、私がいなかった時の事をベラベラと話し、始業のチャイムが鳴り担任教師が入って来た所で、灯の話は幕を閉じた。――梨花は来なかった。遅刻さえ絶対しないような人なのに……。
昼休み、灯と二人でお弁当を食べていたが、なんとなく箸が進まなかった。何を口に入れても梨花の事ばかりが頭に浮かび、弁当の中身を味わう事に専念できない。
「裕海~!」
気がつくと灯が私の目の前で手を振っていた。――ヤバい、放心状態だったかな……。
「どうしたの? ボーッとして……。危ないよ、そんなんで外歩いてたら変な男に連れ込まれちゃうよ!」
「うん、大丈夫……」
灯は少し顔を赤らめた。
「もし……さ、毎日キスするって相手がいなくて困ってんなら……少しくらいなら私がしてあげても大丈夫だからね?」
「えっ……でも灯……」
灯は目をそらした。
「銀士とキスしたから、別に大丈夫って言うか……」
銀士って……。いつの間にもう、そんな関係に。
「とにかく、裕海は心配しすぎ!」
灯は真っ赤な顔のまま、自分の弁当箱の中身を口に詰め込んだ。――もう少し落ち着いて食べないと喉につまるよ……。
結局放課後になっても梨花は来なかった。私は担任教師を見つけ、梨花の事を聞いてみた。
「大宮先生!」
「あら、蒔菜さん。……どうしたの?」
「り、委員長さんは今日……」
「風邪らしいわよ、熱高いみたい」
百パーセント私のせいだ。私の風邪が伝染ったんだ……。
先生の後ろ姿を眺めながら、胸の奥がきゅぅぅ……と痛くなるのを感じた。
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「あれ? 裕海、待っててくれたの?」
教室でぼんやりしてたら、もうそんな時間だったらしい。
「銀士と帰る約束してるんだけど……」
「灯」
私は灯の肩に手を置いた。
「一回で良いから……お願い」
一瞬だが、唇が触れた。灯は少し顔を赤らめ、無言で手を振って教室を出て行った。胸の奥の重みが一つ消えた気がしたが、まだ何かモヤモヤとした物が残っている。
――違う……私は梨花としたいんだ。
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次の日も、梨花は来なかった。普段とは別の意味で、授業に集中出来い。頭の中は梨花でいっぱいだし、気づくとノート中に梨花って書いてある、かなり重症らしい、主に私が。
「あら、氷室さん」
授業担当の教師が黒板を書く手を止め、一言二言話していた。マスクをしてはいるが、学校には来れたんだ……良かった。
梨花はさりげなく私に手を振り、姿勢良く自身の席に座った。
「委員長さん!」
私は一応、親しみを込めず声をかけた。梨花がそうしなさいって言ってたから、教室などではそうしている。
「蒔菜さん、ごめんなさい、今日は無理そうだわ……」
ひどいガサガサ声、完璧私の風邪が伝染ったんだわ……。
「蒔菜さんはもう平気なの?」
「私は大丈夫よ」
「良かった……」
梨花は嬉しそうにこっちを眺め、ハッとした表情をして、元の無表情に戻った。
そこまで気にする事かなぁ……。
放課後、梨花は誰よりも早く教室を出て行った。――かなり辛そうだったし、今日はよく来れたなぁ……と思う。
「裕海、今日は大丈夫?」
灯は心配そうに、声をかけた。キスの事かな? 今日は如月先生(保健室の先生)に頼もうかな。
「今日私、部活無いけど……銀士の補修終わるの待ってから帰るから、しばらくは教室にいると思うよ?」
私はありがとう、と手を振り、保健室へと向かった。
「失礼しま~す……あれ?」
保健室に如月先生はおらず、代わりに別の先生がいた。
「あの、如月先生は……?」
「如月先生はご用で帰ったわ、何か調子悪ければ私が担当しますよ」
私は大丈夫だと伝え、頭を下げ保健室を出た。――仕方無い、灯には悪いけど、今日も頼もう……。




