第二十四章:風邪
目が覚めると私は、見慣れない天井を眺めていた。
――いや、見たことはある、ここ最近……確か――。
「お目覚めかしら?」
声のする方へと顔を向けると、保健室の先生が腕組をして立っていた。
ああ、ここは保健室のベッドか……。
「大丈夫? 氷室さんが言うには、突然倒れたらしいけど」
思い出した。うう、頭の奥がガンガンする。
「さっき熱計ってみたら、ちょっと高かったわ。――軽い風邪だったんでしょうけど、寒い中そんな薄着で外に出たから」
そういえば私は体育着を着ていた。長袖は洗濯してたから、上は半袖で。
「氷室さん、凄くショックだったみたいよ」
先生は書類を書きながら、片手間に、
「今にも泣き出しそうな。この間来た時よりも凄く悲しそうな――この世の終わりみたいな顔で、蒔菜さんを抱えて来たわ」
梨花……。
「風邪伝染すと悪いから、キスはほどほどにしときなさい」
「はーい……」
私は少しフラつきながらも、なんとか起き上がり保健室を出た。
(キスはほどほどにしときなさい)
私が先生の言葉の真意に気付いたのは、もう学校を出て十数分経ってからのことだった。
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「うあー……」
次の朝、熱を計ると38.7という数字が体温計に表示された。
「こりゃ無理だなぁ……」
実際、もし熱が無くても起き上がれる状態では無く、私をこんな目にしやがった持久走大会の練習とやらを意味もなく恨み、私はダルい身体をいたわりながら、ゆっくりと眠る事にした。
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『あら、わざわざどうも』
『いえいえ、ついでですから』
頭の中に、聞きなれた声が響いてきた。
多少熱は下がったのか、頭がガンガンする痛みは消え、前頭部のズキズキとした痛みのみになっていた。
それでも身体が怠いことに違いは無いが。
「んぇ~……ダルい~」
『あらあら、大丈夫?』
梨花の声だ。――私ったら、こんな時でも頭の中は梨花の事ばっかりなんだなぁ。
「裕海、大丈夫?」
「え? 梨花!?」
寝返りをうち、身体をドアの方へ向けると正真正銘、私の愛しい愛しい氷室梨花が姿勢良く立っていた。
「ごめんね? 昨日は調子悪いのに、変な事して……」
その言い方は誤解を招くよ――誤解では無いか、うん。
「ケホ……」
喉が物凄く痛い、梨花に熱いラブコールを贈りたいけど、声はかすれる一方で、言葉にならなかった。
「裕海ぃ……何か言ってよ……」
凄く言いたい『梨花、来てくれてありがとう』とか『梨花の事だ~い好き。治ったらまたいっぱいしよ?』とか、言いたいことは大量にあるのに。
「ケホッ……ゴホン!」
ズキズキと痛む私の喉は、空咳を出すだけであった。
「裕海……」
梨花は私の顔を覗き込み、軽くキスをした。
「裕海の風邪が早く良くなりますように……って」
梨花ぁ……。伝染っちゃうよ、駄目だよぉ。
「ん? もっとして欲しい?」
梨花ぁ……!
「んむぐっ!」
梨花の舌がゆっくりと侵入してきた。おかゆさえ食べる気がしなかったのに、梨花のとろけるように甘~い舌は、私のキス欲を刺激した。
熱のせいもあるだろうけど、顔が物凄く熱くなり――梨花が物凄く魅力的に見えた。
「ぷはっ……! ……満足?」
私は無言で頷いた。流石にこれ以上はちょっと――ね。
「また元気になったら、いっぱいしようね?」
梨花はプリントやら、ノートのコピーなどを机に置き、静かに帰って行った。
「ペロ……」
梨花の味……。
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流石に今日こそは行かなくては! と、意気込んだ物の――熱は昨日から全く下がっておらず、今日も休む事になってしまった。
「はぁ……梨花に会いたいなぁ……」
昼過ぎに熱を計ると37.7度まで下がっていたので、私は軽く身体を動かしてから、大人しく寝る事にした。
「裕海?」
目を覚ますと梨花がいた。――もう! 何でこの子は私が喜ぶ事をさりげなくしてくれるの?
「梨花……」
休日に会わないのと違って、学校を休んで会えないって言うのは何故か凄く寂しい。
「裕海? 何かして欲しい事は?」
「キス」
決まってんじゃん。梨花とキスがしたい、もう日課みたいになってるし――って、私が日課にしたのか。
「――――――――」
深く――長いキス。舌は入れなかったけど、梨花が側にいると言う安心感と、心地よさに包み込まれ――私は凄く幸せな気分になった。
「じゃね、月曜日はちゃんと来るんだよ?」
梨花の笑顔を見て、私は最上級の幸せを感じながらゆっくりと眠った。




