第二十三章:体育倉庫
「裕海ぃ……大丈夫?」
梨花の膝の上で私は目を覚ました。詳しくは言えないけど、梨花に物凄い事をされる夢を見ていたせいか、梨花を見た瞬間――鼓動が自分でもびっくりするくらい速くなった。
「あれ? 私……」
「ゴメン。ここが学校だって事、頭から消し飛んじゃってて……」
梨花は顔を赤らめ、手をグーにして口元に当てた。
「裕海の事……脱がしちゃって」
思い出したー! 上半身下着姿にされたんだった! 梨花とのキスで頭がボーッとしてたから軽く流してたけど――大問題じゃん!
「あぇ……そのっ――」
言葉が出ない、家ならともかく学校でなんて――この流されやすい性格どうにかしなくちゃなぁ。
私と梨花は身体と高揚した心を冷まし、冷静に物事の判断が出来るようになったのを確認し、下校することにした。
十一月もそろそろ終わりが近づき、赤や黄色に衣替えした綺麗な葉っぱたちも、もうほとんど枝には残っていなかった。
「速いね、もう少しで年末かぁ……」
「冬になったら、マフラー一緒に巻こう?」
梨花の提案を想像した。――やっと冷めた感情が湧き上がり、またドキドキしてきた。
「せっかくだし編もうかな~、長~いの」
梨花の手編みマフラー! しかも二人で一つ! 想像しただけで感情が沸騰しそうだ。
「裕海は、編み物とか得意?」
「私はてんで駄目。……家庭科とか居残りしまくったし」
「じゃあ私が心を込めて編んであげよう」
ついでに愛情もお願いします! なんて野暮な事を言うのは止めた。
梨花の心には私への愛情もたっぷり詰まってるよね? ……って私何恥ずかしい事妄想してんだ。
秋風を身体に感じ、私は梨花とのこの時間が永遠に続くことを心から祈った。
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「水曜日か……」
灯が少し暗い表情で言った。水曜日……何かあったっけ?
「忘れたの? 今度の持久走大会のクラス練習日でしょ」
完全に忘れていた。――仕方無いよね? 私の頭の中は梨花の事でいっぱいだし!
「しかも今月唯一の祝日は土曜日だし……もう最悪」
私はカレンダーを見た。……なるほど、普段は黒い土曜日が赤くなっている。
――そうだ。この間の振替休日は何故か登校日で、休みじゃ無かったんだっけ。
「勤労感謝を土曜日にしたって意味ないじゃん!」
平日にその祝日が来ても感謝しないでしょ。
「双海さん、蒔菜さん」
梨花が普段の感情を込めない表情で、私たちの所へ来た。
「今日の持久走練習来れる? 参加人数を提出しなくちゃいけないの」
「委員長さんがまとめるの?」
梨花は無言で頷いた。……まぁ委員長だもんね。
「私は行くよ、運動部そのために今日休みだし」
「灯と梨花が行くなら私も行こうかな」
梨花はプリントに何か書くと、「どうも」とだけ呟いて背を向けた。
――どうして普段の笑顔を出さないんだろう
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放課後、指定されたトラックに集まった生徒は数人だった。三十人以上もいるクラスなのに!
「やる気ね~な……」
「来てんの全員、運動得意なやつかクソ真面目なやつだけじゃん」
運動部の男子がスタート地点でぶつくさ文句を言っている。――まあこの人数なら文句が出る気持ちも分からないでも無いけど。
「あら、双海さんに蒔菜さん」
スラリと背が高く、それでいてスタイルも中々、サラサラの黒髪をポニーテールにしている女子が声をかけてきた。
「雨宮さん、来たんですね」
「あたりまえでしょ! 私が来なくて誰が来るのよ」
見た目からして運動系の子なのに、部活をやって無いってのが少し意外だ。陸上部とか入ってそうなのに。
「雨宮さん、ちょっと」
梨花が声をかけていた。珍しいな、梨花が自分から声をかけるなんて。
しばらく二人は話し合っていたが、雨宮さんが元気に指を鳴らし、手を振った。
「蒔菜さ~ん! 委員長さんがお呼びよ」
梨花は無言で中庭の方へ向かったので、私は梨花を追いかけるように走って行った。
「梨花!」
梨花は早足で歩いていたが、人気の無い体育館倉庫の前まで来ると、ピタリと足を止め、回れ右をした。
「裕海、こんな時だけど……我慢出来ないわ、私」
梨花の息は荒く、何かを期待するような表情で私を見つめた。
――何かって? 聞かなくても分かる。
「でも流石にここは……」
「ここよ」
梨花は体育倉庫の扉を開けた。……えっと、もしかしてこの中?
「女の子を落とすゲームとかではこう言う所でやるって――」
梨花! まさかあなた、そう言うオタクのやるようなゲームに手を……!?
「遠川さんが前に言ってたわ、中学時代の類友がよくやってたって」
安心感とちょっとした嫉妬心が芽生えた。元カノの話なんて、あまり聞きたくない。
何となく男子が、彼女さんが過去の恋愛話すると嫌がるってのが少し分かる気がした。
「裕海ぃ……、いいから早くしようよ~」
梨花の甘いボイス、この声が出始めたらもう断れない。
「裕海ぃ~!」
梨花は私の腕を掴み体育倉庫の中へ放り込んだ。後ろ手に扉を閉め――何か少し怖いんですけど……。
「裕海? どうしたの」
表情に出てたのだろうか、私は笑顔を作ってごまかした。
「もしかして……暗いのが怖いの?」
へ? あれ……?
「閉所恐怖症じゃ無いって言ってたもんね。うん、大丈夫。すぐに怖く無くしてあげる」
梨花はそう言うと、手をついて座っている私にかぶさるように近づいて来た。
「お目目つぶって――ほら、これで怖くないよ?」
温かい手でまぶたを閉じられ……瞬間、ねっとりとした物が口の中に入って来た。
「んっ……はふ……ちゅぷ」
壺の中の蜜を舐めるように、私の口の中をじっくりと舐めている。
体育倉庫独特の臭いが鼻につき、あまり集中して感覚を楽しめなかった。
「はふっ……ぷはぁっ……どうしたの? 裕海、元気無いよ」
何か……何だろう、梨花が普段と違う――体育倉庫の臭いのせいじゃ無く、何かキスに気持ちよさが足りないって言うか……。
「梨花……どこか調子悪いの?」
「別に大丈夫よ? ごめん、何か変だった?」
何だろう、梨花じゃ無い?
私は考えながら立ち上がろうとしたが――。
「痛っ!」
足がふらつき床に尻餅をついた。何か視界がグルグル回ってるような――。
「裕海! 大丈夫!?」
梨花のその声を最後に、私は……私は……。




