第二章:後輩ちゃん
事故なんだ。事故事故――突発的な事故なの! だから泣かないでくれ~!
「ごめんなさい……ぐすっ……」
遠川さんはボロボロと涙を流し泣いていた。何だか私が悪いみたいじゃん!
――結果だけ言うと、下敷きになった反動で遠川さんとキスしてしまったのだ。何その漫画みたいな展開!? ってかんじだけど、これで私の厄介な日課が終わった――と思った瞬間に泣かれた。
辛い。
「……ごめんなさい。蒔菜さんの大事なファーストキスを……」
待ってよ! 何か私男の子とキスもしたこと無い人になってるじゃん!
――まぁそうですけど。
「だっ大丈夫よぉ~……それより遠川さんこそ――」
「わたしはキスしたことあるんで大丈夫ですぅ……。ぐすっ……」
何だこの下から目線のさりげない自慢! じゃあ何で私はファーストキスなのよ!
「ごめんなさい……。倉橋君のためにとっておいたと言われる伝説の唇を奪ってしまって……。ノーカンにしてもらって結構です!」
もう駄目……。ツッコミどころが多すぎて精神的にKOだわ――ってか倉橋君のことそんなおおごとにして広めたの誰よ! あとキスのノーカンって? クーリングオフ出来るんですか? 触れたものを?
心の中での自分ツッコミに疲れてきた頃、遠川さんは教室から走っていなくなった。
「…………」
しかし……キスって何かいいものだな――これで好きな人とだったら……。
倉橋君とキスすることを想像し、私は思わずニヤけてしまった。おおっと危ない、こんなところ誰かに見られたら変な人だと思われちゃう。
「…………」
でも、男の子とのキスもこんなに柔らかくて気持ちの良いものなんだろうか――。
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昨日の妄想がたたったのか。ソーシャルゲームのCMに出てきそうな、絵に描いたような――絵に描いた美男子に囲まれる夢を見た。
あれだけ大量に同じ顔に囲まれるのは、いささか恐怖心を煽られる物であった。
私は大あくびをしながら通学路を歩いていた。ここんとこあんまりぐっすり寝ていない気がする、これも背後霊のせいなのだろうか……。
「蒔菜さん」
後ろから感情を感じさせない、冷たい声がした。
誰? こんな朝から……。
「ああ、委員長さん……」
セミロングの黒髪にキツい感じのメガネをかけた委員長は、私をそのナイフのように鋭い視線で刺した。
「あなた、昨日遠川さんを泣かせたわね?」
情報が早いなぁ……ってか見られてたの!?
「遠川さんに何をしたの?」
「別に何も……」
怖い――これは質問ではなく尋問って言ったほうが近い。冷たい視線で睨みつけられるって、実際体験すると凄く怖い……。
「じっ……」
無言で見つめてくる……ええい! 言うしか無いのか!
「実はっ……ちょっとした事故で――」
「事故?」
怖いよ~……誰か助けて~。
「ええ……その、遠川さんが本を持ったまま転んで――私がそれを支えたら……その、きっ……キスしちゃって――いえ! 全然悪気とかは無いんですよ!」
「蒔菜さん……」
「は……ひゃはいっ!」
さっきの冷たい目線は無くなり、普段のただ目つきが悪いだけの目に戻った。
「良かった……あの子と同じこと言ってる、間違い無いわ」
委員長さんはホッとした表情でこっちを見た。
「あの子……大人しくて心配なのよね、もしかして蒔菜さんに脅されてるんじゃ無いかって心配で心配で……」
ちょっとぉ……私って世間ではどう言う人だと思われてるわけ?
「とにかく何事も無くて良かったわ」
委員長さんは鼻歌を歌いながらさっさと歩いて行った。何なのよ、もう。
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今日はどうしよう……。
昨日と同じく、何も考え無いまま放課後になってしまった。
――このままキスしないで帰るのは困るしなぁ……。
「蒔菜先輩!」
振り返るとちょっと小さめな女の子が手紙を持って立っていた。
「これっ……読んでください!」
手紙を渡し、それだけ言うと女の子は走って逃げていった。
「何かしらこれ……」
『蒔菜先輩へ、今日の放課後音楽室に来てください、大事な話があります。 必ず一人で!』
何だろう、大事な話って……。まあ良いか、どうせ家帰っても暇だし。
私は特に深く考えずに音楽室へ向かうことにした。




