第十六章:お泊り
金曜日の朝。
私は梨花が家に泊まりに来る――という、それだけしか頭に無かった。
普通に友達が泊まりに来るんじゃなく、特別な関係――恋人さんが私の部屋で――。
「あ、部屋片付けんの忘れた」
---
「やぁ……裕海」
灯が微妙な表情で私の席に来た。何となくウロウロして……しばらくして戻って行った。
――何なんだろう。こっちはドキドキして、胸が張り裂けそうだって言うのに。
「蒔菜さん……」
珍しい人に呼ばれた。
「遠川さん」
「ちょっと良いですか?」
遠川さんはこの階の階段まで私を連れて行った。
「梨花ちゃん――大丈夫でしたか?」
そっか、一昨日倒れたときこの子もいたんだっけ。
「大丈夫だったみたい」
遠川さんはホッとした表情で、
「昨日は私、貧血で休んでいたので――梨花ちゃんに会えなかったんです」
衝撃の事実を本人の口から伝えられ、思わず心の中で愕然とする。
昨日遠川さんいなかったっけ!? 私がボーッとしてたのか……。単にこの子の存在感が無いのか……。
「でも、良かった……」
遠川さんは安心した様子で、頭を下げ教室へ戻って行った。礼儀正しくていい子なんだけど……。
---
昼休み、いつも通り空き教室で梨花とお昼ご飯を食べた。今日の後の事を考えると――ヤバい、緊張して何も喋れない!
「裕海……ゆーみ!」
我に帰ると目の前に、準備万端の梨花の顔があった。
「りっ……りんっ! むぐぅ……」
「ちゅぅ……ちゅぅ……」
愛らしい音をたてながら、私の唇に吸い付いてきた。――未知の感覚。たまらないわ、これ。
「ぷはっ……私もする」
「どうぞ?」
手を握り、指を絡め合い梨花を押し倒した。梨花の誘うような表情に、私のヤル気はぐんぐんと高まった。
「――――!」
梨花の唇に思いっきり吸い付いた。やってみて解ったけど、するよりもされる方が格段に気持ち良い。
「ぷはっ……。次は――本番行こ?」
梨花は制服をペロンとめくり、唇を舐めた。――もう、限界!
「梨花ぁっ!」
高まった気持ち――。その全てを注ぎ込む気持ちで、梨花に、とろけるような甘く熱いキスをした。
「んっ……。んんっ……」
口中が梨花に包み込まれる、もうどっちが自分の舌だか分からない。――甘いのが梨花かな?
鼓動も体温も――全ての五感を共有し、どこまでが自分でどこからが梨花か……もうどっちでも良い――今は私と梨花……二人で一つなんだ――。
…………。
……。
「ハッ……!」
気がつくと放課後だった。午後の授業は何だったかそれすら思い出せない――昼休みのアレで脳内麻薬出まくったみたい。
「ヤバっ……、よだれ垂れてる――」
口を拭い、鞄を覗くと携帯が光っていた。メールかな?
「一旦家、帰ったら行きます。梨花より」
あれ? 家知ってたかな……。駅で待ってようかな。
---
「次はー、碧町~碧町~」
私はいつもの駅で降り、改札の側の売店で時間を潰していた。
「~♪」
携帯の着信音が鳴り、私は電話に出た。
「あ、梨花? うん、駅にいるよ?」
そんな会話をしてる間に改札から私服姿の梨花が現れた。黒を基調とした大人っぽいデザインでメガネもかけ、冷たい目つきをしていた。
「ごめん、待たせて」
「良いよ、それより梨花どうしたの?」
梨花は顔を赤らめ、下を向いた。
「この表情してないと――さっきの事思い出してニヤけちゃうから……。変な人だと思われちゃうでしょ?」
耳元でコソコソと甘いボイスを出されると、身体がゾクゾクしてくる――!
「それじゃ、行こっか――歩いて十分もかからないから」
---
「ここが裕海の家?」
平凡だが一応一戸建て住宅だ。駐車場に屋根も無いし、庭に物置も無いけど――私はこの家を結構気に入っている。
「あら、いらっしゃい」
「これ――皆さんでどうぞ」
「まあ……! 立派なカキ……」
この間お隣にカキをおすそ分けしたのを思い出した。大丈夫、梨花のカキは全部私が食べるわ!
「礼儀正しくていい子ね~、家の裕海なんか――」
「ほら! 梨花、行こ」
母にあること無いこと吹き込まれる前に、私は梨花を連れて自分の部屋へ向かった。
「あ、そうそう――私今日夜、出かけるから――」
母の言葉が聞こえた直後、二人同時に同じことを思ったに違いない――何故なら同時に、寸分違わぬ、全く同じ音がしたから。
「ゴクリ……」




