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第百三十二章:生徒会室

「蒔菜ー、ちょっといいかー」


 春らしく穏やかな夕日。橙色の輝きを浴びながら放課後の廊下を歩いていると、間延びした声に後ろから呼び止められた。

 身体ごと振り返ると、トテトテと可愛らしい足音を立てながら――お世辞にも可愛いとは言えぬ担任教師、川村先生がプリントを片手に駆け寄ってきた。


「これを――このプリントを氷室に渡して来てくれないか?」


 目の前に突き出されたためか、思わず手に取ってしまう。

 これでもう断れないな――。もともと梨花関連の話なら、断るつもり無かったけど。


「何ですか、これ」

「生徒会に提出する必要書類なんだけどな、氷室に渡すのを忘れていた」


 うっかり、とでも言うように、後頭部に手を当てて若々しい笑顔。

 まあ、言ってみれば爽やかなお兄さんって感じだ。一部ファンもいるみたいだし。


「氷室は多分生徒会室にいると思う。もしいなかったら――、まああれだ、俺の名前出して良いからちょっと待たせてもらってくれ」


 何だか仕草の一つ一つが忙しない。

 さっきからチラチラと腕時計見てるし。


「悪いな、蒔菜。その、あと五分で会議だから、あとは」


 ああ、それで焦っているのか。

 ――と、言うか。


「あと五分って! 会議室、校舎の反対側ですよ!」


 私が叫んだと同時に、チェック模様のネクタイがはためいた。

 先ほどのトテトテとは似つかないドタドタドタドタという足音を奏でながら、川村先生は廊下を駆け抜けて行った。

 ふと頭の中に『廊下は走るな』というありふれた文句が思い浮かんだけど、黙っておく。

 非常事態だし、確か生徒手帳にも走るなとは書いてなかったと思う。

 さて、

 

 梨花が必要としているプリントとはいったいどのような――と気になって、見てみたものの。


「……クラスイベントの予算計画書」


 思った以上に、大事なものだったらしい。



 ---



 夕日に照らされて細々した埃の舞う廊下。

 そんな輝きの陰になっていて、ヒンヤリとした階段。

 人通りの少ない廊下を歩み進め、ようやく辿り着いたのは魔王城――ではなく、生徒会室だ。よく漫画で見るようにここだけドアが高級だったり、変な仕掛けが施されていたりとか、そういったことはないみたい。

 あ、でも。職員室とか会議室みたいに、ドアに埋め込まれた窓が曇りガラスになってる。


 ここなら梨花と抱きしめ合ってても、外から見えないかも――。


 ふと、百合色の煩悩が脳内を駆け巡る。

 思わずニヤけてしまう。

 おおっと、危ない。


 コホンと一発咳払いをして、気持ちを落ち着かせる。

 誰が来るかも分からない。それどころか今から入るのは、他でもない生徒会室なのだ。

 漫画とかの読み過ぎかもしれないけど、何となく“生徒会役員”とか“風紀委員”という言葉を聞くと、お堅いイメージが頭の中を通り抜ける。

 同じ高校の生徒でも、梨花だってあんな感じだ。もっと堅実で聡明な生徒がいても、何らおかしいことはない。


 プリントを握り締め、深く息を吸ってコンコンと二回ノック。一呼吸置いて中から物音が響き、「どうぞ」という声が耳朶を打った。

 女の子の声だ。

 何となく聞き覚えのある声音に感じるけど――ダメだ、思い出せない。


「失礼します」


 前髪の毛先をちょこっとだけ弄り、なるべく静かに扉を開ける。こういうときの作法とかをこの間習ったような気がするけど、ド忘れしてしまった。

 まあお堅いとは言っても所詮高校の生徒会だし、大丈夫だとは思うんだけど。


「あらいらっしゃい、何のご用かしら」


 鈴を転がしたような声音に思わず聞き惚れる。

 何だか声に全身を包み込まれているような、不思議な感覚が生じた。


 私は姿勢を正して、ペコリと腰から身体を折った。


「えっと、三年三組の蒔菜裕海です。川村先生に頼まれて、これを持って来たのですけど――」


 言いながら顔を上げると、目の前に胸があった。

 比喩とかそういうんじゃなくて、本当に目の前にそれがある。制服越しでも破格の存在感を与える――はっきり言ってしまえば巨乳だ。それが何故か、私の顔の前まで接近していた。


「――ぅふ」


 ボフ、とかいう効果音とともに、私の顔はその中に包まれた。

 名誉のために敢えて言っておくと、自分から飛び込んだわけでも、顔を突っ込んだわけでもない。

 ただあれが! 何かでっかいあれが、あっちからぶつかって来たのだ。

 私は被害者だ! 害は与えられて無いけどさ!


 顔を包み込んだ感触に戸惑っていると、不意に背中へと腕を回された。

 ギュッと身体を押し付けられた。待って、何かこれヤバいんじゃないの。


 相手も女の子だし――とか思って油断してたけど、今私は身動きが取れない。

 意外と包み込む力が強くて、逃れることができないのだ。


「ちょっと、放し、放してください!」

「んー、可愛い娘。それに放して欲しいなら、もっと全力で逃げればいいじゃない」


「春瀬さん。その娘嫌がってるでしょ、放してあげなさい」

「嫌がってるようには見えないけど――、あぁん、分かったってば! そんな怖い顔で睨まなくたっていいじゃない!」


 予想外――とは言えないけど、身近に感じる声が鼓膜を刺激して、思わず目をパチクリとさせた。

 背中を押さえつけていた手が離され、私はようやく解放される。

 ふと顔を上げれば、そこには見慣れた顔が一つ。さっきまで私を抱きしめていた張本人、名前は確か――、


「春瀬……さん?」

「生徒会副会長、春瀬しおんでーす」


 きゃろーんとでも聞こえてきそうなノリで、簡単な自己紹介。黒髪ロングの生徒会副会長春瀬しおんは、そのまま慎ましやかに腰を折る。

 何が何やら、全然分からない。戸惑うばかりだ。頭の上にはクエスチョンマークが幾つも出現してるし、さっきのハグのせいかまだ鼻先にほわーんとした香りが広がってるし。


 現在進行形でペコリとお辞儀をする副会長の肩越しには、見慣れた黒髪ロングの女子生徒が不機嫌そうな顔で立っている。

 銀縁の眼鏡に映る双眸は、感情を灯さずに凛然としている。怒ってはいない。数か月の付き合いから察するに、どうやら“呆れ”の感情を顔に出すか出すまいかと逡巡しているのではないかと思う。

 時々溜息を吐く前なんかに、こんな顔をしているのをよく見る。


「――――はぁ」


 予想通りの反応を見せた女子生徒――氷室梨花は、頭痛でも覚えたかのように、呆れた顔で側頭部に手をやってみせた。

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