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第百二十八章:映画

 病気の主人公が余命宣告されて、最愛の恋人と色々な場所に赴く――ってシチュの映画とか、よくあるよね。


 スクリーンに映し出されるのは、国民的人気アイドルグループの子が扮する、余命二か月を宣告された、とある病気の女の子。

 雪山のように真っ白なシーツに包まれた彼女を見つめ、演技とは思えないほどに現実的リアルな悲壮感を演出する、ナチュラルイケメンな大学生。


 そよ風の舞い込む病室の一角で、ベッドに転がる恋人さんの手を、しっかりと握りしめる。

 絡められた指がアップになり、彼氏さんの拳に一滴の雫が垂れた。

 二滴、三滴、と。

 頬を伝った涙が絡められた指先に吸い込まれ、じわりと爪先を湿らせる。


 悲しみを堪えるような表情で見つめる男性の頬に、そっと伸ばされる細い腕。

 伸ばされたその指は、彼氏さんの頬に触れること無く。伸びきったところでストンと力が抜け、ベッドの端に引っかかる。

 感動を誘う音楽とともに、彼氏さんの嗚咽がスクリーンを彩り、青空に桜が舞い散る映像へ――。


 最高のクライマックスシーンだというのに、私にはこの感動を分かち合う相手がいなかった。

 何故なら――、


「ひっく、うぇっく。……優しい、優しいよこの彼氏さん。先月見たドラマだとめっちゃ悪役してたのに、今回は、ふえぇぇぇぇん!」


 桜色のハンカチを目鼻に宛がい、心から映画を楽しんでいる良いお客。

 こういうのって、一緒に見に来た同士で感動し合うってのがセオリーだと思うのに。


「――ヤバい、マジで凄く感動する。裕海、絶対パンフ買って帰ろうね」


 一緒に来た友人に一人で号泣され、何故か私は感動が薄れてしまった。

 涙を流しに来たはずなのに、眼の端から滲むはずだった感情の雫は、眼球奥に引きこもってしまって出て来ない。


 一度泣き所を逃せば、もうそのチャンスは二度と巡ってこない。

 気が付けば映画館中からすすり泣く声が奏でられ、感動という興奮に熱されていた私の心は、真冬のように無機質に冷やされた。

 そうなってしまえば、もう泣く泣かないの騒ぎでは無く。


 仕方ない、スタッフロールでも見てるかな。



 春休みも半分以上過ぎた、とある休日。

 私は灯に誘われて、今話題の泣ける映画なるものを見に来ていた。



 ---



「はぁーっ! ああ、久しぶりにちょお泣いた!」


 蒼天の下、灯は満足しきった様子で天空へと両腕を伸ばす。

 三月ももう終わろうとし始めているその気候は、包み込まれるように暖かく、穏やかだ。

 日を跳ね返すコンクリートを一瞥し、想像以上の眩しさに思わず目を背ける。

 視界に赤や青をした光が蠢く感覚を味わいながら、私は先ほど買ったパンフレットをパラパラと捲り、


「ああ、こんなに感動を誘う映画だったのに」

「裕海ったら、まだ気にしてたの?」


 映画館を出て三度目になるその言葉に、もううんざりといった様子で灯が応える。

 だってさ、愛し合う二人が出会うところから始まって、同じ目線で同じ世界を見て、さあクライマックス――というところで、あの仕打ちだ。

 私の二時間を返せ。


「もぉ! ゴメンってば。来月も同じような映画やるみたいだし、今度は氷室さん連れて二人で行ってきなよ。あの人なら、私みたいに号泣して空気壊しちゃうようなことは、なさそうだし」

「高校三年始まって、あの真面目さんが遊んでくれるなら、ね」


 嫌味などでは無く、実際それは危惧している。

 梨花は見た通り、真面目で頑張り屋さんなのだ。どうやら目指す大学も決まっているらしく、来年は主に受験を考えたカリキュラムで勉強計画を立てるのだとか。

 凡人かつ勉強嫌いな私からすると頭が痛くなるお話だったのだが、それは、私と全く関係ないというわけではない。

 梨花と同じ大学に行きたい。それだけは、飽きっぽい私にしては珍しく、ずっと変わらない目標の一つだ。


 だからこそ、来年は私も忙しくなる。

 勉強したくないという逃避が現在進行形で続いており、今もこうして灯と映画などを見に来ているのだが。


「ああー、銀士とも会える日が少なくなっちゃうなー」


 まあ、それは灯も一緒だ。

 進学希望であることに違いは無いようだが、灯は実際私以上に勉強が嫌いである。

 だから、


「文田君とは別に、会えなくなるってことは無いんじゃない?」

「あー、まあ私はいつでも会いに行きたいんだけど。銀士は結構真面目な子だから……さ。前もテスト勉強抜け出してこっそり銀士の家に行ったら、『双海先輩も、ちゃんと勉強しないとダメですよ』って言って、カーテン閉めちゃったんだ」


 玄関から入ろうよ……。というツッコミをグッと堪え、私はふとその光景を想像してみる。

 こっそり抜け出して、梨花の家に。

 そして――窓をコンコンってして、ベタにハチマキなんかを巻いた梨花がカーテンを開けてくれて――あ、無理だ。梨花の部屋は二階だから、同じシチュエーションを楽しむためには屋根によじ登らないと。


 ……まあ、冗談はここまでにして。


「だからって、他の人に心変わりしたりしちゃ、ダメだよ?」

「分かってるってー、あ、あの人格好いい」


 言った傍からこれだ。

 雑踏の中からピンポイントで一人の男性を捉え、灯は興奮したようにはしゃいでみせる。

 まあ灯は普段からこうだし、別に特別驚くようなことでは無いんだけど――、


「――え?」


 灯が指さす先を見据え、私は思わず驚愕の声音を口端から漏らした。

 これといって特徴は無いけど、割と格好いい男の子。

 高校生――にしては少し幼そうだけど、中学生としては少し大人っぽい、そんな感じの印象を受ける。

 日を受けて茶色に煌めく髪に、相手を思いやるような優しい目。

 ちょっとばかし笑顔が無機質で、作られたような感覚を覚えるけど。

 私が驚いたのは、その隣で馴れ馴れしく腕を組む相手だった。


「――あ、愛理ちゃん?」


 小動物的な可愛らしさとともに、男の子を惑わす小悪魔的な言動を併せ持つ万能女子。

 前に会った時より服装が派手なものになっており、薄くコスメも使っているように見える。

 多分、この前会った時はもう少し子供っぽさがあった。


 愛理ちゃんは私に気が付いたのか、ニコッと微笑み、顔の横で手を振ってみせる。

 私もそれに返し、出来る限りの愛想笑いでちょぴっと手を振る。

 無視はいけないけど、あまり目立ちたくないなというささやかな行動だ。


 だがちょうどその瞬間、愛理ちゃんが連れていた彼氏さん(多分この人が荒川くんとかいう人だろう)が振り返り、ニコリと微笑み軽く会釈。

 それを見て灯が、さらにはしゃぐ。


「あの子だよあの子! 中学生っぽいけど、なんか可愛い」


 言われてみれば、確かに文田くんと似ていないこともない。

 文田くんの方が大人っぽくて、もう少し格好いいと思うけど。


 普段なら「裕海お姉さーん」とか言って駆け寄ってきそうなものだが、愛理ちゃんは手を振り終えると、そのまま荒川くん(?)を腕で引き寄せ、雑踏の中へと消えていった。

 別に話題も無いしちょうど良かったけど、珍しい、急いでたのかな。


「んんー、銀士にはグレーが似合うと思ってたけど、ああいった色もアリか……」


 灯、そういうのも良いけど、ちゃんと文田くんだけを見てあげた方が良いと思うよ。

 とは思ってみたけど、口には出さない。

 最近二人がどうなのかとか、私全然知らないし。


 春休みに入ってからは知らないけど。入る前、灯は私とか梨花と一緒にお昼を食べることも多かった気がする。

 やっぱり、顔を合わせる頻度が減ると、疎遠になっちゃうのかな。

 部活にもあまり、行ってないみたいだし。


 少し心配だ。

 灯と文田くんがどうこうなろうと私には関係ないけど。そっちでは無く、梨花のこと。

 もし――考えたくないことだけど、梨花とクラスが違ってしまったら。

 疎遠になる、ということにはならないと思うけど、話したり一緒にいたりと、接する機会は確実に減るだろう。


 最後の一年――楽しく過ごせると良いな。


「――裕海、危な」

「へ?」


 顔を上げれば、目の前に美容院の看板が。

 目と鼻の先――鼻の頭と確実に接触し、この場に書き記したくない妙な声が漏れた。


「――――んぅ」

「裕海、大丈夫? 心ここにあらずって感じで、なんかふわふわしてたけど」


 まだ変な感覚の残る鼻を撫でながら、私は大丈夫だと首を横に振る。

 ああ、考え事しながら歩くとダメだ。


 幸い知った顔は見えないから、これ以上恥を重ねることにはならなそうだけど。


 ――考えたからって、物事が良い方向に倒れるわけじゃ無いんだよね。


 言い聞かせるように頭の中でそう言って、私は後ろ向きな考えを取り除く。

 梨花と違うクラスなら、毎日梨花のもとへ行けばいい。

 忙しくなっても、そんな暇が無いとか言って甘えたりしないで、何よりも梨花を優先的に考えればいい。


 なんとなく、で疎遠になって会わなくなるってのだけは、絶対、嫌だから。


 決意を抱いた瞳を蒼穹へ放ち、満面の笑み。

 重く気怠かった私の心身は、物理的に肩の荷がおりたかのように軽快だ。


 さて、辛気臭い話はやめにして、高二の春休み、楽しまなくちゃ!


 心情に正直な動作をもって示そうと両腕を振り上げかけたところで、私が起こそうとした次なる行動を察知した灯に、問答無用で止められた。


「人いっぱいいる街中で変なことしないの」


 気が付けば、こちらを捉える視線の数が先ほどより増えている。

 私が看板にぶつかったからか、一部の人たちからの注目を浴びてしまったらしい。


「ほら、行くよ」


 灯に手を取られ、足早にその場を離れる。

 背中に向けられた数多の視線を感じながら、私と灯は近場の喫茶店へと赴いた。

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