第十二章:激甘な時間
「り……氷室さん、ちょっと」
教室に着いてすぐ梨花に声をかけた。
梨花はビクッとしたが、感情を込めない表情で振り返った。
「何かしら?」
「ちょっと来て?」
私は梨花を連れ、いつもの空き教室に向かった。
「珍しいね、裕海から呼んでくれるなんて……」
「そうかな?」
言ってから思ったけど、そういえば私から梨花に声をかけた事なんて無かったかもしれない。
……冷たい人だと思われてたかな。
そうこうしてる内に教室に着き、鍵をかけドアからの死角に入った。
「キスしたくなっちゃった?」
梨花は嬉しそうに顔を赤らめたが、私が携帯を出すと少し不機嫌そうな表情をした。
「せっかく二人きりなのにメール?」
「番号とアドレス交換しよ? 持ってなかったでしょ?」
梨花の表情が少し嬉しそうになった。
「良いよ、じゃあはい!」
私たちは携帯同士を近づけ、アドレスを発信した。
「何か……携帯同士でキスしてるみたい」
「私たちと同じだね」
どちらともなく目が合い、身体を近づけた。
「時間無いからちょっとだよ?」
「そんなこと言ってぇ……息荒いよ?」
ちょっとと言われて、言葉通りすぐ止められるわけが無い。
一度私たちがキスするともう――時間の経つのも忘れて腰が砕けるまで続けちゃう――。
「ぷはっ……続きはまた後で」
「え~……もっとしようよ~」
梨花は自身の腰をさすりながら、
「もう無理……。朝から腰砕きに会ったらヤバイし……」
「じゃ、昼休みか放課後にまた――ちゅっ……」
最後に優しく唇同士を触れ合わせ、私たちは教室に戻った。
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「裕海、今日は行くねっ」
「うん、行ってらっしゃい」
灯はお弁当を二つ下げ、教室を出て行った。文田君とはうまくいってるみたいだ。
「蒔菜さん!」
「梨花……?」
お互いに、しまった! と言う表情をして辺りを見渡したが、誰も今の会話の不自然さに気づいた人はいないようだった。
「裕海ぃ……名前でなんて……」
「だって梨花の喋り方が……」
コソコソ喋りながら、私たちは教室を出た。
「屋上か、空き教室か――どっちにする?」
「屋上寒いし、誰か来るかもしれないよ――二人っきりが良いから空き教室にしよ」
「そうだね、裕海――」
「何?」
「ごめん、何でも無いや……あ、着いたよ」
中に入り鍵を閉め――死角でお弁当を食べようと広げたが、梨花が照れくさそうに制服の裾を引っ張った。
「今日はさ……お互いのお弁当を食べさせ合わない?」
「んぇぇ!?」
つまり私が梨花のお弁当を梨花に食べさせて、梨花が私に私のお弁当を食べさせるってことだよね……。
「駄目?」
鼻血でもでそうなくらいの甘~いボイスが耳の奥をくすぐった。
駄目なわけ無いでしょう! ただ、心の準備が欲しかっただけ!
「じゃ……あ~ん――」
「あ~……はむっ」
もろに梨花の顔が近づいてくる……キスの時と違って無防備な可愛らしい顔が私に向かって……!
「ん? 裕海ぃ――鼻血でてるぞ」
ティッシュで鼻の下を拭かれ……もう限界。
「ごめっ……これ破壊力ありすぎて無理っ!」
「え~……。じゃあ私が食べさせてあげる、はい――あ~ん」
「はむぅ……」
「えへへ……お利口お利口」
何だか異常な程恥ずかしい、梨花に頭を撫でられながら私はずっと梨花の唇を見ていた。はぁ……早くキスしたいな~。
「でもこれじゃ時間無くなちゃうね」
梨花は時計を見た。確かに――これ続けてたら食べ終わるかなぁ?
「急いで食べちゃおっか」
「あっ――それ私の箸――」
「んぅ?」
梨花はしばらく箸を口に突っ込んだまま硬直し、顔を真っ赤にして身体をバタバタした。
「違っ……。ヤバい、そうだと思ったら――突然激甘に感じてっ……!」
熱でもあるんじゃ無いかと思える程の紅潮状態。
梨花の息も荒くなり、弾んだ息遣いがここまで聞こえてくる。
「んはぁっ……甘い――裕海も、それ使って?」
梨花の箸……さっき食べさせた梨花がさっき咥えた――。
「ふぁ……」
クラクラして視界が霞んで来た。梨花の……梨花ぁっ!
「はむっ……ちゅっ――ん~……」
甘い……。ううん、味じゃなくて――こうしていられるって言う今が凄く甘い。
梨花――好き、大好き……愛してる……!
「ちゅっ……んん~……ちゅぅぅぅ……」
「裕海ぃ……箸をそんなに舐めるの、お行儀悪いよぉ……」
梨花は私の舐めていた箸を掴んだ。
「お箸味わうのは後にして……! 今は私としようよ!」
梨花が顔を近づけてきた。唇もプルッとしてて、凄く色っぽい――。
「裕海……」
「梨花……」
梨花の柔らかい唇が触れ、さっきより甘~い感覚に包み込まれた。
「梨花……凄く甘い」
「バカ……」
梨花は照れくさそうに私の目を塞いだ。そのまま私の口の中を絶妙な舌使いで舐め回した。
「ぺろ……ちゅっ……はふ……」
梨花の表情が全く見えない状況でのこれは――。
「んっ! んん~……!」
梨花の口で私の口も塞がれた。梨花がどこにいるのかも分からない。
ただ、口の中を梨花の舌が駆け回っている感覚だけが、私の五感を刺激する。
「ぷはぁっ! ……はぁ……はぁ……」
「ごめん、大丈夫?」
梨花の姿が見えた。梨花の鼻から赤い物が垂れていた。
「鼻血出ちゃって……恥ずかしくて目隠ししたんだけど――」
梨花は顔を背けた。
「また――放課後っ!」
梨花は鼻の辺りを押さえて走って行った。普段は凛とした委員長が鼻血出てるのは恥ずかしいのかな。
――灯の言葉を思い出した。違う……梨花が恐れているのは、私とこう言う事してることが広まって――私が離れて行くかもしれないってことだ……。
『この間……好きな男子が出来たって……』
遠川さんに本当にそんな相手がいるのかなんて、誰も解らない。
自分を振るための口実かもしれない――そう思ったかも。
私は誰に言うでも無く、自分自身に言い聞かせた。
「私は……絶対に梨花を裏切らない……」




