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第百十八章:下見

 とりあえず下見のため、碧町付近の駅ビルへと私たちは向かった。

 姫華はうちに来たときと全く変わらぬ格好でいるけど、まさかいつでも外出できるような格好で過ごしているのか。

 と、半ば冗談で問いたところ、茶目っ気たっぷりな笑みを見せ『偶然』と言っていたけど。


 さて、

 私と姫華は、駅と隣接したとあるビルへと足を伸ばした。

 誕生日プレゼントを選んでいるところを、当の本人である梨花に見つけられては気まずいので、私はまた変装を――と、髪留めと帽子を取り出したところで姫華に手で制された。

 『裕海はそのままで十分可愛いよ』とのことだったけど、あれ? 私、姫華に変装した姿見せたことあったっけ?


 ともかく変装を止められてしまい、私は普段通りに、肩につくかつかないか程度の髪を流し、姫華の隣にくっついて歩を進める。

 一人でも平気だけど、やっぱり誰かと来た方が安心する。

 今度は梨花を連れて行こうかな。

 ――あ、でも梨花は冷やかしウィンドウショッピングとか、あまり好きじゃ無いかな。

 お店に来る前に、買うものは決めておくんだよ。とか言いそうだし。


「ねえ姫華、何にすればいいと思う?」


 適当にマフラー売り場をまわり、色とりどりなマフラーを並べてみたものの、やっぱり梨花がくれたものと比べると、見劣りしてしまう。

 姫華はプレゼントを探しながらも、自分用のセーターやら何やらを漁っていた。

 でももう春になるから、きっと今日買うわけでは無いんだろうな。


 姫華は暫く春色のセーターを熱心に凝視していたが、丁寧にたたんで元の位置に戻すと、


「私が決めても良いけど、それじゃ氷室さんが可哀想だと思う。だって、裕海ちゃんの誕生日プレゼントは、ちゃんと氷室さん本人が考えてくれたんでしょ? 一応相談にはのるけど、決めるのは裕海ちゃんだよ」


 諭すような言葉だったが、普段通り冗談を言うような口調で淡々と告げられた。

 確かに、それは、まあそうだ。

 梨花は手編みのマフラーをくれたけど、誕生日付近の放課後数日間は毎日急いで帰って、頑張って用意してくれていた。

 私だって、姫華の喜ぶ顔を自力で見てみたい。


 よし、頑張って探そう。

 高価すぎず、邪魔にならないもの――マフラー貰ったし、ネックウォーマーなんてどうかなあ。

 でもこれだけってのも……。

 あ、手袋も売ってるんだ。


 ネックウォーマーを抱えたまま手袋の山を漁っていると、姫華がセーターを売り場に戻して、私が持っているネックウォーマーの値札を眺めた。


「ネックウォーマーと手袋……高くない?」

「……う、確かに」


 一つなら丁度良い値段かもしれないけど、これ二つは少し高いか。

 いくら大切な恋人にあげるとは言え、高校生が贈るプレゼントにしては高いな。

 私は仕方なく、マフラーの山を元に戻す。


「裕海ちゃんだったらさ、『一日好きなだけ甘えて良いよ』ってのはどう?」

「それがプレゼントってのはなぁ……」


 確かに喜びそうだけど、それが誕生日プレゼントだったら流石にへこむと思う。

 灯とかならやりかねないけど。


 それに、冬物って言うのもあれだな。

 時期的に春物は少ないけど、梨花の誕生日は二月の末だから、それから使う機会が無いというのも少し寂しい。

 室内着のパーカーとか……は趣味が出ちゃうし。

 やっぱりマフラーとか手袋くらいが無難なんだよなぁ。


「――って言うかさ」


 姫華はマフラーの山を調えると、色々と思考している私の前に顔を出した。


「裕海ちゃんったら、洋服売り場ばっかり!」


 言われてみればそうだ。

 実を言うと、さっきから駅ビル内の洋服屋を四件くらい、はしごしている。

 だって他に思いつかないし、私の誕生日に手編みマフラーを貰ったからか、誕生日プレゼントって言うと、被服っていうイメージが強いんだよね。

 それに、いつでも身に着けてもらえるし、邪魔にならないし、実用性あるし。

 ――あ、でも。

 梨花がくれたマフラーは、長いから用途は限られちゃうけど……。

 あれは、そのための物だし。


 さてと、確かに姫華の言う通りかもしれない。

 最終的にたどり着く場所が洋服屋であろうとも、とりあえず視野を広く持たないとな。

 よし、何かやる気出てきた。では、次はどこに行く――。


「ここ暖房強くて暑いよぉ……。裕海ちゃん、ちょっとそこの喫茶店入らない?」


 せっかく出たやる気と頑張りだったが、喉も渇いていたため、私はその誘惑に完敗した。



 ---



 アイスティーを口に含みながら、私は目の前でサンドイッチを食す姫華に視線を送る。

 どうやら姫華はお腹が空いていたらしい。

 私は出かけ前にチョコレート地獄をさまよっていたので、今現在空腹を感じることは無かったけど、姫華は違った。

 悪いことしちゃったかな。

 どうも自分本位に考えることが多い気もするし、これから少し考えて行動しよう。


 などと、どうせ忘れるような反省をしながら甘く冷たい飲み物を味わっていると、軽食を全部食べ終わり、手持ち無沙汰になったらしい姫華が、何か言いたそうな表情で、私のことをじっと見つめていた。


「どうしたの、もっと食べたい?」

「ん、いいや。……何ていうか、そういえばもう裕海ちゃんは毎日キスしなくても平気なんだっけ、って」


 酷く真剣な顔で言うものだから、思わず私は紅茶を吹き出すところだった。

 そんなことを、そんな真剣な表情で考えていたのか、この娘は。


「新が休日は大丈夫って言うから、少しだけ寂しいんだよね」


 姫華はアイスコーヒーが注がれたグラスを空にすると、感慨深い表情を見せながら半笑いを見せる。

 あれかな、あまり上手くいってないのかな。


「羽谷さんと……」

「ううん、平日は毎日キスしてるし、お昼とか下校も一緒。気持ちが離れている風にも感じないし、それは大丈夫なんだけど」


 私が発そうとした言葉を先に理解したか、姫華は私が聞きたかった返答をちゃんと返してくれた。

 姫華は一瞬ほんわかとした表情を浮かべ、また何かしらを考えているような面持ちに戻る。

 何だろう、何かを言おうとして、躊躇っているみたいだけど。


 姫華は真剣な面持ちで小さく息を吸うと、真摯な双眸を私に向けて、選ぶように言葉を紡いだ。


「最近――二月だから仕方が無いのかもしれないけど、最近氷室さんにちゃんとかまってあげてる? 背後霊のせいでキスしてた、とかでも、大好きな人と一緒にいるのは、とても嬉しいの。……最近、週末は私といることが多いから、ちょっと心配になっちゃって」


 ……うぅ。

 何も言えなくなってしまった。

 確かに昨年と比べれば、かなり梨花と触れ合って一緒にいる時間は減ったと思う。

 でもそれは、背後霊のことだけで無くて、色々と――。


「値段とかじゃなくてさ、裕海ちゃんが、これがいいと思うものをあげれば良いんじゃないかな」


 姫華はテーブルに置かれたメモ用紙を一枚手にとって、器用にペンギンを折っている。

 何それ、どうやって折るの? 私欲しいんだけど。

 ――じゃなくて。


「氷室さんにマフラー貰って、嬉しかったでしょ? 自分が貰って嬉しいもの――って言うと、多少語弊があるけど。値段とか種類を合わせるより、不意に貰って嬉しいものって言うか」


 姫華は言葉を選びながら、何とか思いを伝えようとしているみたい。

 ううん、大体分かる。

 でも、だとしたら何だろう。

 私の場合、ずっと身に着けていて欲しいもの、では無く、梨花とずっと一緒にいたい……だけど。


「梨花は、最近私に甘えてこない気がする」


 元々、凛とした雰囲気を振りまいて、あまり他人と関わらない人だったけど。

 私と付き合ってからは、結構甘えてきてくれたはずだ。

 意外な一面……とか思いながらも、少しずつ私は梨花のことが好きになっていったし。

 梨花に甘えたりするのも好きだけど、梨花に甘えてもらうのも好き。

 梨花を甘えさせるためのプレゼント――。


 一つだけ、思いついた。

 でもあれは、良くないのでは無いかとも思う。

 だけど、梨花に甘えてもらうためのプレゼント――今の私には、他に思いつかない。


 私はグラスを空にすると、フゥと吐息を漏らしてソファ状の席から立ち上がった。

 姫華も分かってくれたのか、口元を拭うと、伝票を手にとってニコリと微笑む。


「今日は私が出すわ。裕海ちゃん、プレゼント決まったんでしょ?」

「うん、決めた。これで喜んでもらえるか、少しだけ心配だけど」


 姫華は伝票を持った手とは反対の手を差し伸べ、コテンと首を傾ける。


「じゃあ、一緒に選ぼうか」


 姫華の愛らしい笑顔に引き寄せられるかのように、私たちは、先程までいた駅ビルまで足を伸ばした。

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