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第百十七章:色合い

 カレンダーを見つめ、私は板チョコを齧りながら溜息をつく。

 今月一つ目のイベントは、素晴らしく最高な結末で幕を閉じることができた。

 梨花は喜んでくれたし、最後には甘い贈り物をしてもらったから、私としても嬉しかったんだけど。

 今はどうしても、気が晴れない。

 別に梨花と喧嘩したとか、姫華との仲が悪くなったとか。

 また背後霊に取り憑かれたとかでは無く。

 全て自分が招いた結果であり、どうしようも無いことなのだ。

 これからまた、毎朝走ろうと意気込んでは、三日も続かず断念して。

 また三日も経たぬうちに『これではまずい』とか言って走りだして――を繰り返すことになるんだろう。

 嫌な現実や避けることのできない事象から現実逃避して、頭の中からすっぽり忘れてしまうこの性格。

 どうにかしなくてはならないかも知れない。


「あぅ……。流石に飽きてきた」


 私は銀紙に包まれた板チョコを机に置いて、ふかふかなベッドへと盛大にダイブする。

 埃とか塵とかが若干舞うけど、今はそれどころじゃない。

 来週には梨花の誕生日もあるって言うのに、私は今貰ったチョコを消費することで手一杯なのだ。


 私と同様、皆さん意中の男の子には割と高価なチョコ(女子高生が買える範囲内で)や、手作りのものを差し上げていたようだなのだけど。

 逆に友チョコにかける関心が手薄になり、揃いも揃ってほとんどの方から板チョコを戴いたのである。

 私はもちろん板チョコは好きだし、毎年数人はそれだったから、数枚重なる程度のことは予想していたのだが――。


「まさか、九割が同じものだとは思わなかった……」


 メーカーは違くとも、全てミルクチョコレートだったことに変わりは無い。

 これで一つや二つ、ビターでもホワイトでも混じっていれば、ここまで気が滅入ることも無かったのだろうけど。

 流石の私でももう飽きてきた。


 姫華はそのことを悟っていたのか、『ごめんね、裕海ちゃんの分は無いの』と、実に申し訳無さそうな姿勢で謝罪の言葉を投げかけられた。

 ついでに、私にもいらないから、と言ったのはそれが理由だったのか。

 とくに姫華は顔も広いから、私よりもらう数は多いだろうし。


 それよりも。

 私はベッド上をゴロゴロと転がりながら、梨花の誕生日のことを考えていた。

 さて、どうしよう。

 あと一週間くらいでその日が来るけど、それまでに何を用意しようかな。

 私の誕生日には、二人で巻けるだけの手編みマフラーを梨花に貰った。

 私も何か編んだりできれば良かったんだろうけど、あいにく私は何に関しても“作ること”が苦手なのだ。

 チョコレートを溶かして固めるだけでも、かなり時間かかったし。


「買ってきても良いんだけど……」


 やはり買うべきか。

 でも私の誕生日には、手編みのマフラーをくれたし。

 その辺でパパッと買って済ませました。――ってなるべくならないような物が良い。

 だからと言って、時間にも限りがあるし、誕生日とかに恋人から高価な物を貰うと実は困る。って、さっき読んでた雑誌に書いてあったしなぁ。


 私は天井のシミを数えながら、財布の中身を思い出してみる。

 一応この日のために貯めていたので、普段以上には懐が温かいはずだ。

 チョコレート買ったぶん、他のお菓子とか寄り道をかなり減らしたし。

 姫華でも連れて、街に出てみようかな……。


「裕海ちゃーん、いるー?」


 姫華を誘いに行こう、とベッドから身体を起こした刹那、慎ましげに扉をノックされ、今まさに用がある相手による、私を呼ぶ声が部屋へと響いた。


「いるけど、どうぞ」

「裕海ちゃん」


 扉が開いた先に佇む姫華は、その透き通るような鳶色の瞳を涙にて濡らしていた。

 ただ、泣いた。と言うよりかは、寝不足とか足の小指をぶつけた時みたいな感じに、若干湿っている、というような感じだけど。


「どうしたの? 何かあった?」

「……飽きたの」


 言い終わるか否か。

 姫華は手に持ったビニール袋を床に落とし、ベッド上にて女の子座りをする私に向かって両手を広げて飛びついてきた。

 突然の行動に戸惑った私は体勢を崩し、姫華に半ばのしかかられるような格好で押し倒され、姫華は私の胸に顔をうずめたまま静かに転がっていたのだが。

 不意に顔を上げると、机の上に積まれた板チョコを暫しの間見つめ、諦めたような表情で小さく溜息をついた。


「何だ……どこも一緒かぁ」

「飽きたって……。ああ、あれね」


 私と同じだったらしい。

 とくに姫華が前にいた学校はバリバリの進学校であり、二月は来年度に向けての学問に多忙だったらしく。

 去年の姫華は、このようなイベントを楽しんでいる余裕は無かったらしい。


「んぅ……。あ、裕海ちゃん、これ見てくれない?」


 ベッドから身体を下ろして廊下に出ると、緑色のリボンを誂えた黒い箱を大事そうに持って、私の眼前にそっと置いたのだけど――。


「何この高価そうなチョコ。……もしかして、羽谷さんから?」


 見ただけで分かる。このチョコは本命だ。

 よく見ると金箔のようなデザインが施されているし、デパートの包装サービスで行ったかのように立派な装飾がされている。

 姫華のことを想いすぎて、きっと変な方向に空回りしたのだろう。

 まぁ、単純に言って絶対、確実に友チョコとか義理チョコでは無い。

 誰に貰ったかは知らないけど、これは来月面倒なことになるのではないかな。


「んんー……。裕海ちゃん、倉科君? って人、知ってる?」


 危うく小箱を持ったまま、物理運動に逆らわずひっくり返るところだった。


 倉科君? もちろん知ってますよ。姫華はまだ転入してきて一ヶ月ちょっとだから、男子生徒の名前を全て把握していることは無いだろうけど、一応私は席が隣で、ちょっとばかし会話をしたこともある関係だ。

 簡潔に言えば、単なるクラスメート以外の何者でも無いけど。

 このタイミングでその名前がその名前が出るってことは――なるほど、察しの悪い私でも大体予想できたぞ。


「私に渡してくれって、雨宮さんに預けて行ったんだって」


 直接渡しなよ! 何でせっかく、向き合ってお話する機会を棒に振るかなぁ!

 がらにもなく、思わず心の中で思いをぶちまけた。

 倉科君を見ていると、梨花と出会う前の自分を思い出して何かこう、身体中にムズ痒い衝動を覚えるのだ。

 別に親近感とかは湧かないけど。


「裕海ちゃん、これ食べる? 私ももう、チョコレート飽きちゃって」


 姫華は困ったように溜息を漏らし、高価そうな小箱を遠慮がちに差し出した。

 姫華はそう言っているけど、想像するに、きっと誰かもよく知らない人から貰ったチョコを食べるのが嫌なのだろう。


 私は一応、倉科君がどうして姫華にあげようとしたのか、理由を知っているから若干微笑ましい感情で眺めることができたけど。

 その事実を私も知らなかったら、失礼だけど少し気味悪く思っただろうな。

 板チョコとかならまだしも、高いやつだし。


 だが逆に、知っているがために、これは姫華本人に一口でも良いから食べてもらいたい。

 男の子の気持ちは分からないけど、せっかくあげたものを別の人が食べたなんて知ったら、かなり落ち込むだろう。

 倉科君、あまりメンタル強そうに見えないし。


「ん……。私もチョコレート飽きちゃったし、せっかくだから、ちゃんと味わって食べてあげよう? せっかく姫華に淡い恋心を抱いているかもしれない男の子が、勇気を出して渡してくれたんだから」


 実際は、“かもしれない”では無く、完璧に恋心を抱いているのだが、せめてもの反抗としてさりげなくぼかしておいた。

 それと、勇気が足りなかったため“間接的に”という言葉が入るが、それも無視して伝える。

 私は恋する少年少女には優しいのだ。

 数ヶ月前から一年前の自分を見ているようで、モヤモヤするというのもあるんだけど。


 姫華は暫しの間逡巡の表情を見せていたが、包を解くと、その中のひと欠片をじっと見つめて瞳に映す。

 少し考えるような面持ちで見据えた後、手にとってはみたものの、結局小箱の中へとチョコを仕舞いこむ。

 姫華は不意に難しい表情を見せると、俯き、目だけを私に向けて小さく呟いた。


「逆チョコくれる人って……もしかして、少し太ってる娘が好きなのかな?」


 私は姫華を上から下まで眺め、そのスレンダーな体型に暫し見惚れてから、


 ……姫華、早まらないで!


 と、心の中で盛大に叫んだ。



 ---



 姫華の用件はそれだけだったらしく、本棚から異能バトル漫画を手に取り、ベッドの上で転がっていた。

 私は暫しの間、寝転がった姫華に視線を送っていたが。

 不意に自身の用件を思い出し、ベッドの端に腰を下ろす。


「姫華、今時間ある?」

「あるよー。何、どっか行くの?」

「梨花の誕生日プレゼントを選ぶ――下見に行く」


 姫華はコミック本を置くと、一回転寝返りを打ち、私の傍まで寄った。

 ネコのように目を細め、細くて綺麗な脚でゆったりとバタ足をして、私に視線を送る。


「良いよ、でも珍しいね。裕海ちゃんが私を誘ってどこか行くなんて」

「んん、こういうのは一人で選ぶより、二人で選んだほうが良いかなって」


 立ち上がりながら、私はマフラーとコートを取り出す。

 私が選ばなくちゃだけど、趣味が悪いとか色が変とかは、第三者から見てもらわないと分からないものだからなぁ。

 何て思いつつコートの上からマフラーを巻いていると、不意に姫華が歩み寄り、私の手を握ってマフラーを解いた。


「それは色合いが悪いよ。その色のコートなら、もっと明るい感じのマフラーにしなきゃ」


 姫華は軽やかに薄桃色のマフラーを取り出し、姿見の前で合わせてくれた。

 確かに、これは凄く色合いが良い。

 姫華の手によってコーディネートを施されながら、私はもう一度心の中で呟いた。


 やっぱり第三者から見てもらわなければダメだ。

 私一人じゃ選べないな。

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