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第百十五章:姫華の温もり

 冬は寒いので、屋上が空いている。

 頑丈な金網に辺りを囲まれているため、年中開放はしているものの、十一月を半分程度過ぎたところで、ここを使用する人はほとんどいなくなる。


 日当たりが良いので、凍え死にそう、なんてことにはならないが。

 やはり時折吹く横殴りの北風は、異常な程冷たく、体温が奪われていく。

 だが景色は良いし、絶好の校内デートスポットであることに違いは無い。

 とくに、あまり他人には知られたくないことをするときなど、まるでプライベートルームのようだ。


「裕海ぃ……。やっぱり寒いよ」


 帰り支度を済ませた梨花に無理を言って、屋上まで呼び出したのだが。

 マフラーに手袋、そしてカーディガンという完全防寒装備な梨花は、先程から金網に寄りかかって総身を震わせている。

 本当は昼休みに呼ぼうとしたのだけど、『こんな寒い日に外でお昼ご飯食べよう、とかやめて!』と、半ば泣き声で懇願されてしまい、渋々放課後にしたのだが。


「ねぇ? 私今日暇だからさ、碧町の喫茶店とかで話さない? それか、いつもの空き教室でまったりと」

「うぅん。……それは良いけど、でも」


 私はマフラーをなびかせ、縮こまる梨花の傍まで歩み寄る。

 身体同士をくっつけ合うと、多少温かくて心地良い。

 暫しの沈黙と、恋人同士屋上で二人きり、という雰囲気を味わおうと思ったのだが。

 そんな余韻も与えずに。


「裕海、何か人に聞かれたくない用件があるなら言って、お願い、早く」

「……えっと。そこまで寒いかな?」

「寒いよ! 裕海、寒くないの?」


 確かに、脚が少し寒いけど。

 そんな震えを起こすほど寒くは無い。


「梨花って、何か苦手な果物ってある?」

「果物? ……突然どうしたの、やっぱり熱とかあるんじゃ、」


 失礼な。と思いながらも、私は質問の答えを促す。


「……うぅん。基本果物の好き嫌いは無いよ。ドリアンとかイチジクとか、そういう平凡な食卓にはあまり並ばない果物は知らないけど」

「イチゴとかパイナップルとかは?」


 梨花は『大丈夫』と簡潔に答えると。刹那、横殴りの突風が屋上を襲った。

 その瞬間、梨花は一瞬身震いし、逃げるように屋上から飛び出していった。



 ---



 屋上と三階を繋ぐ階段にて、梨花は寒そうに身体を摩っていた。

 梨花は特別寒がり、というわけでは無かったはずだけど。


「……梨花?」

「裕海は、寒いところにいても身体が冷えたりとかしないの?」


 私はとくにそういうことは無い。

 逆に夏とか凄く苦手。頭がボーっとするくらい身体が熱くなる。

 ……別に太ってるわけでは無いけど。


「裕海って結構細っそりしてるから、絶対寒いの苦手だと思ってたのに」


 梨花は階段で体育座りをして、寂しそうに唇を尖らせる。

 その様子を暫しの間眺めた後。

 私はカバンから長い桃色のマフラーを取り出すと、寒さのために総身を戦慄させる梨花の首にかけ、一緒に自分の首にもかけた。


「裕海?」

「ん、梨花」


 マフラーによって、必然的にお互いの顔が接近する。

 吐息が混ざり合い、顔が紅潮する。

 私は梨花の背中に手をまわし、精一杯の愛念を込めて抱きしめた。


「……今日は、ここでしよう?」


 言葉による返事は無かったが、梨花の背中が若干丸まり、頷いたことを認識する。

 丁度死角になる箇所を探し、私と梨花はマフラーを巻いたままゆっくりと顔を近づけ合った。



 ---



「それで、梨花はとくに苦手な果物は無いってさ」

「そっか、それなら大丈夫だね」


 今月の大切なイベント一つ目より前の、最後の休日。

 今日を逃せば、手作りなんて高度なプレゼントを贈ることができなくなってしまう。

 友達とかにあげるやつは、駅前のスーパーかどこかでまとめ買いしよう。

 この時期になると大抵、二十個買えば一個プレゼントとかのキャンペーンやってるし。

 チョコの賞味期限は結構あるから、余ったら今度食べれば良いし。


 そんなことより。


「姫華はもう羽谷さんの分、作ったの?」

「作ったよ。もうラッピングも終わった。見たい?」


 そう言って姫華は冷蔵庫から緑色のリボンによる装飾を施された、深紅の包装紙に包まれた小さめの箱を取り出した。

 想像以上の完成度に驚愕し、私は身を乗り出す。

 これが手作りか。

 デパートとかで包装したら結構なお値段がするはずだ。

 姫華はそれを自分の手で行ってしまうのか。

 色合いがクリスマスっぽいところは置いておいて。


「凄いなぁ……」

「教えてあげるから、氷室さんにあげるのチョコは、ちゃんと自分で包むんだよ?」


 もちろん。梨花にあげるチョコの包装まで他人任せとか、面倒臭がりやな私でも流石にそこまで手抜きはしない。

 梨花に心からの想いを伝えようって言うのに、変なところで手を抜いたりいい加減にしたら、伝わるものも伝わらないし。



 ---



 姫華監修のもと、何とか第一作目を作ることができた。

 味は大丈夫、堅さも丁度良い。

 溶かして固めるだけでも、私にしてはかなり難しい部類の作成手順となるのだが。

 今回はさらに頑張って、半分にはイチゴを入れた。

 入れてから残ったのを少し食してみたのだけど――少し酸っぱいな。

 そういえばドライフルーツとか、私初めて食べたかもしれない。

 ――と、色々と考えながら無心に食べていると、ドライフルーツ詰め合わせの内、イチゴだけが空っぽになってしまった。


「あ、どうしよう」

「大丈夫よ、私の分はもう無いし、愛理は多分イチゴ使わないと思うから」


 なるほど。やけにイチゴの減りが速いと思ったら、姫華も羽谷さん用のに使ってたのか。

 もしかして、私と同じで半分イチゴで半分チョコのみとかかな。


「イチゴとパインと、あとバナナを実験的に入れてみたんだぁ。裕海ちゃんはイチゴと何にしたの?」


 あ、やっぱり姫華とはレベルが違ったみたい。

 姫華の辞書には、何も入っていない、という言葉は無いんですね。


 私は包装紙とリボンを取り出し、またしても姫華に教わりながら、丁寧に包んでいく。

 先ほど冷蔵庫で固めている間に、家から持ってきたのだ。

 梨花のイメージに沿って、黒い包装紙に真っ白なリボンにしてみた。

 綺麗な黒髪と、冬生まれだから雪。何となく、そんな感じかな。

 大人っぽくて、落ち着いたような雰囲気だし。

 時折普段では考えられないくらい慌てたり焦ったりするのが、また可愛いんだけど。



「んー。材料がちょっと余ったな。愛理はもう全部作って冷蔵庫の中で固めてるし、どうしようかな」


 姫華は溶かし済みの板チョコに視線を送り、難しい表情で佇んでいる。

 このまま二人で食べちゃって良いんじゃ無いか、などと思ったが。

 多分これから友人から貰うであろうチョコ尽くしになるから、今は味見以外で食べたくない。


「どうしよう。裕海ちゃん、他にあげる人いない?」


 倉橋君――とか何故か頭に浮かんだが、そんな煩悩は一切消し去る。

 今はあの人遠川さんの彼氏だし、しかも『梨花は特別』ってことで苦手な手作りにチャレンジしたのに、その想いが水の泡になってしまう。


 逆に姫華はいないのかな。交友関係広そうだけど。


「姫華は他にいないの?」

「私はなぁ……。元々の理由が、裕海ちゃんに誘われて、だから作る予定無かったんだよね。特別扱いするような娘は、新と裕海ちゃんくらいしかいないし」


 言われてみれば……。学校では姫華、あまり話しかけてくれないけど、こういう休日とか放課後は、私のためだけに時間を割いてくれてるんだよね。

 羽谷さんと遊ぶ時間まで使って、私のために……。


「姫華、」

「わわっ……どうしたの、裕海ちゃん」


 姫華の背中に頭を密着させ、グリグリと押し付ける。

 照れ隠しっていうか、そういったやつ。

 顔が上気してるのが見なくても分かるし、今こんな沸騰しそうな顔を姫華に見せるのは凄く照れくさい。


 背後から背中をまわし、姫華の背中に向けて吐息のように小さく呟いた。


「姫華、ありがとう」

「どうしたの、そんな改まって。裕海ちゃんは大切な幼馴染で親友なんだから、それくらい当然、」


 背中に顔を埋める。

 安心感があって、温かい。――ちょっぴり洗剤の香りがするけど。


「受け取ってもらえると、嬉しいな」

「……う、受け取ってはもらえるんじゃない? 一応恋人だし、イベントとか分かってくれてるだろうし」


 ――そう言われれば、そうか。

 背中の温もりと照れたことによる熱のせいで、何か変なことを言ったような気がしてきた。


 暫しの間、私は姫華の背中に顔を埋めて温もりを堪能することにした。

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