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第百十四章:チョコレート

 とりあえず、初めてチョコ作りというものを経験してみたが。

 出来上がった甘いチョコとは裏腹に、私の心の中は色々な感情でいっぱいだった。


 小学生――中学でもいるけど。

 このイベントと関係無くてつまらないのか知らないけど、男女問わず妙なバカ話とか、雰囲気をぶち壊すようなエピソードを大声で話したり。

 確かに私もそういうのを、今まではちょっぴりブラックなユーモアだな、とか思って軽く流してたけど。

 はっきり言う。これだけは言いたい。


「チョコ作り舐めんな」

「……裕海ちゃん。いつにも増して突然だね、どうしたの?」


 ボウルの中身をかき混ぜながら、姫華が心配そうに問いかけた。

 どうせ溶かして固め直すだけの簡単なお仕事かと思ってたのに、思ったより面倒で大変な工程だった。

 意外と姫華はこういうのを結構頑張るタイプだったらしく、固める際に色々と混ぜてみると言っていたが。

 鼻歌とか歌ってるし、何か楽しそう。

 隣でこうやって嬉しそうに作ってる人がいると、何となくこっちまで楽しくなってくる気がする。

 姫華を誘って良かった。


「いや……。何でも、さ。作るのって、大変だし心を込めるじゃない? なのに、このイベントを今までバカにしてきた精神に苛立ちを覚えただけ」

「そっかぁ……。裕海ちゃんも、やっとこのイベントの大切さを理解できたのか」


 姫華はうんうんと頷きながらも、しきりに右手をグルグルと動かしていた。

 ちょっとでも気を抜いたら飛び散りそうなほど忙しない動きをしているのに、飛び散るどころかボウルの中身は滑らかに混ざっている。

 勉強もコミュニケーションも何もかも上手なうえ、ここまでか。

 ――倉科君よ。もし君が姫華をオトす未来が来たとすれば、きっと素晴らしい毎日を過ごすことができると思うよ。


「どうしたの? 凄く頬が緩んでるよ」


 他愛も無い空想話を妄想していると、姫華に心配そうな視線を向けられた。

 慌てて食器棚のガラスに映った自分の顔を見てみると、情けないほどにニヤついている。

 ふむ。他人の恋路が気になって仕方が無いこの性格、どうにかならないものかな。



 ---



 そうこうしている内に、姫華の第一作目が完成した。

 実験作ということもあって、シンプルなチョコ以外に何も混ざっていないものなのだが。

 手先が器用かつ頑張り屋さんな姫華の手によって象られた、お星様の形をしている。

 型抜きとかを使って無い、という事実を知っている分、この綺麗な形状を目の当たりにして思わず息を呑む。

 粘土とかでも、大抵型抜きを使わずに押さえると、指の形とか指紋みたいな模様が浮き出るものなのに、姫華が今回作ったチョコにはそのような模様や凹みは全く無い。

 これで実験作などと言うのだから、かき混ぜる時点から羨望の眼差しを送っていた私の立つ瀬がない。

 梨花の分も、形だけは姫華に頼んでしまおうか……。


「裕海ちゃん、そんなに真剣に見つめちゃって。食べたいの?」


 姫華はそう言ってチョコを一つ手に乗せると、天使のように愛らしい微笑みを見せ、私の眼前に差し出した。


「はい、あ~ん」


 照れくささからちょっぴり躊躇った後、お言葉に甘えて最初の一口を頂いてみる。


「……どう、かな?」


 もちろん味だけを言えば市販のと変わりなく美味しい。甘い。

 まあまあ。とかそんなもんじゃ無い、噛めば噛むほど美味しさが滲み出る――そんな気がする。


「うん。凄く美味しいよ」

「良かったぁ……」


 顔を赤らめ、指先で照れ照れと頬をかく。

 ちょっぴりはにかんだ微笑みが非常に愛らしい。ちょっと前の私だったら、思わず抱きしめて唇を奪っていたかもしれない。

 口腔内に充満する幸せな甘美に頬を緩め、私は思わず頬を包み込む。

 こんなに甘くて幸せなものを梨花にあげたら――どんな顔をしてくれるんだろう。

 幸福感溢れる表情で微笑む梨花を想像し、私はやっとやる気が出てきた。

 大丈夫。お菓子なんて作ったこと無いけど、姫華に教われば同じものが作れるに違い無い。

 分量とか材料だって一緒なんだし!


「姫華、じゃあ私にも教えてくれる?」

「良いよ。そのためにここまでやったんだもんね」


 花が咲くような可愛らしい微笑みを見せ、私は少々姫華に近寄り、作業工程を教えてもらうことにした。



 ---



「どう……かな?」


 姫華に教わった通り、全く同じ分量で寸分たがわぬ材料を使用したし。

 吐息が触れ合うような距離で個別指導を行った。

 なのに何故か、姫華はその黒い塊を口に入れた後。とくに頬を緩めることも無く、無心にコロコロと口腔内で遊ばせていた。


 甘いのか。苦いのか。はたまたしょっぱいのか。とりあえず、美味しい不味いはともかく(正直な意見を聞くのは怖い)ちゃんとできてるかどうかだけは知りたい。

 そんな、罰ゲームで放り込まれた飴玉を味わうような、訝しげな顔はやめて。ね?


 私の思いが届いたか否か。

 姫華は可愛らしく「コクン」と喉を鳴らし、私が作成した黒い塊を飲み込んだ。

 コテコテの少女漫画とかジャイ○ンシチューみたいに、食べた瞬間『お腹がー!』なんてことにはならなかったみたい。

 実際ちょっぴり心配だった。

 本当、ちょっぴりだけど。


「うん。市販チョコの味だよ。でも、ちょっと堅くて食べにくいかな? しばらく舐めてないと、喉怪我しちゃうよ」

「ふはぁ……」


 猛烈な安堵感が押し寄せ、脱力した私はその場にペタリと座り込む。

 良かった。これで優しさ全開な表情で『こ、個性的な味だね』とか、『裕海ちゃん。何事も経験だよ!』なんて言われたら、立ち直れなかったかもしれない。

 ……堅いだけか。少し念入りに冷やしすぎたかな。


「うん……。多分、型を付ける時に力を込めすぎたのかな。裕海ちゃん、ちょっと」


 そう言うと姫華は私の背後に周り、柔らかくて温かい手で私の手を優しく包み込む。

 抱きしめられているような抱擁感に、思わず鼓動が速まる。

 チョコとは違う甘い香りが背後から漂い、若干クラっときた。


「それで、こうやって、裕海ちゃんは力抜いてて良いよ。……そうそう、押しつぶさないように、温かいうちに形を作って――」


 フニフニと手を揉まれ、温かい吐息を耳元にかけられる。

 姫華には決して他意は無いのだろうが、後ろから抱きとめられているような錯覚を味わい、止める術も無く顔が真っ赤になっていく。

 身体も密着し合い、トクトクと大人しく跳ねる姫華の鼓動を背中に感じる。

 私はもう姫華の言葉を半分以上聞いていなかった。

 ――っていうか、聞こえない。

 うるさいくらいに激しく鼓動する心臓の音と、耳たぶを舐める温かくて甘い吐息。

 集中することはおろか、落ち着くことさえ出来ない。


「――っと、ほら裕海ちゃん、柔らかくて綺麗な形のができた――って! どうしたの? 顔真っ赤だよ、熱?」

「……ん、ううん。大丈夫、ちょっとドキドキしただけだから」

「そ、そう? だったらいいんだけど、体調とか悪そうだったら、また今度でも大丈夫だからね? 簡単なのだったら、いつでも作れるし。放課後とかでも、言ってくれれば時間空けとくから」


 心配そうな視線を送られ、私はちょっとだけ罪悪感を覚えた。

 姫華は真剣に教えてくれてるのに、体温とか吐息とか接触ばかりに気を取られて、全然聞いてなかった。

 せっかく姫華が自分の時間を割いてまで、私に作成手順を教えてくれてたのに。


「……ごめんね。何かボーっとしちゃってて。でも大丈夫、今度は何か中に入れるのやってみようかな」

「そう? 裕海ちゃんが大丈夫なら、私はいつでも平気よ」


 姫華はそう言ってカラフルな飾り付け用チョコや、ドライフルーツなどを冷蔵庫から取り出してきた。

 ――品揃えが良いって言うか、何でそんな気の利いた物がポンポン出てくるんだろう。


「愛理がこの前練習で作ってた余りなんだけど、いいかな? もし嫌だったら、すぐに新しいのを買ってくるけど、」

「いえ、これ以上姫華に何かをしてもらうと、私の気が収まりません」


 なるほど。愛理ちゃんが買ってきたのか。

 あの娘なら義理チョコをハート型にして、またしても誤解を受けそうだ。

 ――中学の時か。そんなのはまだ早い、とか言って、全然気にしてなかったな。


「一応個別パックになってるし、この袋は未開封みたいだから、練習用に使ってみようか?」


 姫華はさらに試作品を作る気分のようだが、私としては早く作ってしまおう、という思いでいっぱいだった。

 確かにまだ数日後だし、早く作りすぎてもよく無いんだろうけど。

 今月はもう一つ特別なイベントがあるし、その準備もしなくちゃだしなぁ……。

 私が色々と思考を巡らせていると、姫華はドライフルーツのパックを開け、中身をより分け始める。


「氷室さんって、何か苦手な果物とかある? 私も新用に作る予定ができたし、色々と試してみたいんだけど。裕海ちゃんがあげる相手のことも考えてあげないと――」


 ――梨花が嫌いな食べ物。

 そういえば、聞いたこと無かったかも。

 デザートにリンゴとか桃を食べているところは見たことあるから、果物全般が嫌いってことは無さそうだけど。


 次会ったときにでも、訊いてみようかな。


 姫華はまた新しい実験作を作り出したので、私はまた、完成品をいくつか試食させてもらった。

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