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第百十二章:燦然と輝く夕日

 三つ編みにメガネ。

 ちょっぴり伏し目がちで、オドオドした話し方や行動が特徴。

 趣味は読書で、見た目から想像できるように、完璧な文学少女。

 梨花の元カノで、現在は超絶格好いい倉橋君の彼女さん。

 何だかんだ言って、私より先に全員自分のものにしてるという、見た目に似合わず意外と行動力のある娘。

 でも、現在の彼氏さんである(非常に羨ましい)倉橋君曰く、病弱で大人しかったが、突如豹変したとのことだった。


 確かに今現在目の前にいる娘は、何となくあの頃の面影を感じるようにも思える。

 そう……。うん、輪郭とか肩幅とか。

 顔つきとか髪色とかはもう全くと言っていいほど、かの遠川さんの面影は感じられない。

 思わずジロジロと見つめてしまう。

 遠川と名乗る女の子は、その視線に戸惑いも困惑も見せず、実に堂々とした面持ちで灯と私を交互に見据える。


「本当に、あの遠川さんなの?」


 灯は胸の前で腕を組みながら、若干疑うような目つきで眼前の女性を見やる。

 遠川さん(?)は繊細な指先で頬をかくと、私の顔を見て、多少言いにくそうに俯くと、申し訳なさそうな声音で囁くように呟く。


「えっと。……蒔菜さんには、言いにくいことなんだけど」

「へ、私?」


 遠川さんの豹変と私に何か関係があるのか、と困惑していると。不意に灯が何かに気がついたような表情を浮かべ、ソっと遠川さんの耳元に口を近づけ、小さな声で問いかけた。


「……したの?」


 よく聞き取れなかったが、遠川さんはその発言を聞くと、頬を淡い桜色に染めて小さく頷く。

 どうやら灯の考えは当たっているらしいけど、一体何なのだろう。

 私と関係があって、それで灯が大きな声で言えない理由……。

 ――ううん。今はそれどころじゃ無い。梨花を追わないと、もう……あれ。


 現在進行形で起こっていた遠川さん騒動のために、私はちょっとばかし時間を疎かにしてしまったらしい。

 前方に見えるのは膨大な人数の人、人、人であり、梨花はおろか、高垣君の姿さえ確認することができなかった。


「しまったーっ!」


 慌てて人の波に飛び込んでみるものの、押し戻されたり堅い腕に挟まれたりされ、結んでいた髪も解け、帽子も取って、元の自分の姿を取り戻して、私は灯たちの元へと戻ってきた。

 手早く手ぐしで髪を直そうかと指を絡めると。それを察した灯がヘアブラシを貸してくれたので、私は若干ボサボサになった髪を梳かしながら、深く長い溜息を着く。

 灯には、「それくらい持ち歩いてなさい!」と言われたけど。




 ---




 結局私はその後、灯たちとは別れることにした。

 文田君もそろそろ女の子だらけで飽きてきたらしく、遠川さんも用事があったらしいので、瞬く間に一人だ。

 別に一人で外出することに抵抗がある人間では無いけど、さっきまでいた人たちが一斉にいなくなるのは、やっぱりちょっと寂しくも感じる。


 チェックのマフラーを巻き直し、ショコラブラウンの帽子を被ると、私は人の波に溶け込んだ。

 冬だからか、着膨れした人たちのコートやら何やらに引っ張られてちょっぴり痛い。

 また髪がボサついちゃうな。などと思いながら、駅に向かって歩いていると、突如背後から両目に手を当てられた。


「――え、は」

「だーれだ」


 一瞬心臓が跳ね飛びそうなほど驚愕したが、後方からかけられた聞き覚えのある声音に、思わず頬が緩む。

 背中に優しい温もりによる心地よさを感じ、先程まで私を襲っていた寂寥感が消失する。

 と、同時に、最近ずっと感じていた焦燥感などもスーっと消え去り、私は次に発す言葉が楽しみで、高鳴る胸を抑えながら拗ねたようにいたずらっぽく応える。


「――ん、私のすっごく大切な女の子、かな?」

「名前で呼んでくれないの?」


 両目を覆っていた手が離され、背後から優しく抱きしめられる。

 耳元に吐息を被せられ、私は思わず振り返った。


「くすぐったいなぁ、もう、梨花ったら」

「だってぇ……。裕海ったら、振り向いてくれないんだもん」


 唇を尖らせて拗ねた表情。

 久しぶりに見た梨花の穏やかな表情に見とれ、照れくさくて思わずはにかんでしまう。

 梨花は天使のように愛らしい笑顔を見せると、私の手を引いて若干速い早歩きで駆け出して振り返る。


「来て! さっき良いところ見つけたんだ」


 外ではあまり感情を出さないはずだけど、珍しく梨花は嬉しそうに笑いながら積極的に私を連れて走る。

 幸い歩きやすい運動靴を履いていたので、梨花のペースに合わせて走るのは苦にならない。

 ――っていうか、久しぶりな梨花との時間なんだから、もし今履いてる靴が歩きにくい靴だったら、脱いででも走ってると思うけど。


「――裕海、見て」


 梨花に連れられた場所。

 それは、小さめな建物の屋上だった。

 雑居ビルの中でポツンと建てられた、三階建ての廃墟のような箇所。

 人気(ひとけ)は無く、冬らしい冷たい風が通り抜け、人の多い地上よりかは若干寒い。

 手袋越しに吐息をかけ、寒さを紛らわしていると、嬉しそうに梨花が私に近寄り、キュッと手を握り締める。


「裕海、ここ最近あまり一緒にいられなくてごめんね? ……それと、この景色を、裕海と一緒に見たかったんだ」


 えへへ。とはにかみながら、梨花は沈みかけの太陽を指差す。

 眩い夕日に若干眩しさを感じながらも、私は梨花が指差す方向へと顔を向けると。


「――わぁ」

「綺麗でしょ?」


 夕日の輝きが外界に広がる摩天楼の窓に映り、まるで宝石箱のように燦然と煌く。

 沈み掛けた太陽と、徐々に明るさを失う紫紺の空。

 幻想的なその光景に、私は思わず見惚れてしまう。


「この景色、裕海と一緒に見たかったんだ」


 言った途端。背後から梨花の温かな腕に抱きしめられ、思わずトクンと胸が跳ねる。

 密着した背中に、梨花の穏やかな鼓動が触れ、何とも言えない心地よさに思わず頬を緩める。


「梨花、」

「裕海、今日はごめん。手繋いだり、肩が触れ合ってるとこ見せちゃって」

「……うん?」


 あれ。私って、梨花にバレないように尾行してたはずだよね? などと思いながら、きょとんとした表情で言葉の続きを待つ。


「まさか裕海が、あんなに心配性で嫉妬深くて、普段とちょっぴり違う格好して看板を陰にして追いかけてくるとは、思わなかったんだよぅ」

「ちょっと待てぇぇぇ!」


 叫んだ。

 恥も外聞も無く外出先で叫んでしまい、私は頬が熱くなり、両手で包み込む。

 待って。――って言うことは、梨花にまでバレてたってこと?

 私は完璧な尾行をしていたと思ったのに。――なるつもり無いけど、私絶対探偵とか警察官になれない。


 もうこのまま茹で上がってしまうのではないか、と思ってしまうほどに顔が熱くなり、私は柵に顔を埋めて「うんうん」と唸る。

 黒歴史を思い出したような感覚に苛まれ、蒸気する顔をどうにかこうにか沈めようと葛藤していると、不意に後頭部に優しく温かい手を乗せられた。


「ごめん、でも可愛かった」

「梨花ったらぁ……!」


 梨花に愛らしく微笑まれ、私の胸がトクンと跳ねる。

 久しぶりに感じるこの感覚。目の前にいる愛しの恋人さんと、もっともっと近づきたい。


「りん――」


 顔だけ振り返ると、ちょっぴり驚いた表情の梨花と鼻先がくっついた。

 くすぐったいような感覚とともに、突如目の前に現れた可愛らしい顔。

 溢れる高揚感を堪えることもできず、私と梨花は堪らず顔を傾け合う。


「……ん、」


 甘い唇が触れ合い、吐息が漏れる。

 口腔内に梨花の舌が闖入し、優しく、それでいて激しく暴れまわる。

 最近してなかったし、少し欲求とか溜まってるのかな。なんて考えている内に、梨花の舌使いによって、私の気分も高揚していく。

 多少困ったことと言えば、ここ数日間キスとかそういう劣情的な感情を忘却の彼方へと仕舞いこんでいたので、咄嗟にやり方を思い出せない、といったところか。

 幸い梨花がリードしてくれるので、初めてのときみたいに、わーわーなったりはしないで済む。


 お互いに背中に腕をまわし合い、天にも昇りそうな心地よさに思わず喉を鳴らす。

 玲瓏な夕日に照らされ、私と梨花は指を絡め合いながら、ゆっくりとこの時間にとろけていった。




 ---




「え、ええ! ……あの場所、高垣君が教えてくれた場所だったの?」


 甘く温かい余韻が一瞬に冷めるような真実に、思わず聞き返してしまう。

 梨花は多少申し訳無さそうに頷くと、長く綺麗な髪を払い、怜悧な視線を空に向けて言葉を紡ぐ。


「さっきのデートでね、夜になったら見せたい場所があるって言われて、『そんなに遅くまでは嫌だ』って、断ったの。そしたら、最後に見せたかった場所だから、ってまだ夕日も沈んで無い時間帯に、連れてってもらったんだ」


 若干頬を染めて、天使のように微笑む。

 梨花は口元を緩めたまま、軽くウィンクをして私を見やり。


「そしたら、ここでキスする予定でした。って言われて、私どうしようって思っちゃって」

「で?」


 思わず身を乗り出す。

 まさか、梨花はその言葉に応じて、高垣君と唇を重ね合わせてしまった、なんてことに――。


「ん、裕海」


 梨花の真剣な眼差し。

 そして、ネコのように愛くるしい笑みを見せ、口元を優しく結ぶ。


「私が、裕海を裏切ると思う?」

「……梨花ったら」


 少し身体を寄せ、梨花の腕に腕を絡める。

 肩の上に顔を乗せて、どこからどう見ても恋人同士。

 安心感溢れる温もりを感じながら、私の元へと帰ってきた梨花に精一杯の愛念を捧げたのだった。

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