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第百十一章:不評な変装

 ショコラブラウンの帽子。

 桃色縁な伊達メガネ。

 タータンチェックのマフラーをふわりと首に巻いて、私は二人の後を追い直す。

 大人しめな高垣君と、静かで格好いい梨花。

 この二人がデートで向かうとすれば、きっと本屋に行くと思うのだ。


 エスカレーターを降りてデパート内の本屋に向かうと。


 ――いた。


 丁度ギリギリだったのか。高垣君はコミック本を片手にレジに並んでいた。

 梨花は手ぶらだが一緒に並び、会話に花が咲いているのか時折顔を見合わせてクスッと微笑む。

 その状況を物陰から見守り、とりあえず私はホッと胸をなで下ろす。

 表情を見れば分かるけど、今梨花は高垣君とのデートをストレスに感じていないようだ。

 まぁ。確かに多少嫉妬するところもあるけど、もしこの状況で梨花が嫌な顔をしていたら、きっと私は平常心を保てず飛び出していたかもしれない。


 ――そんな大それたことができるとは、自分でも思わないんだけど。


 梨花と高垣君は手を繋ぐでも無く。はたまた肩に手をまわすことも無く。

 実にプラトニックな関係を見せながら、初々しいデートを心から楽しんでいるようだった。


 二人がデパートから退出したので、私も“さりげなく”を装い、少し遅れて二人の後を追う。

 通常なら気づかれてもおかしくないような、酷く低クオリティーな尾行なのだが。

 お互いに意識し合ってドキドキしている男女なら(カップルと言う言葉を使うのは、何となく癪に触った)、背後の気配なんか気がつかないだろう。


 しかも。私は今、変装をしている。

 普段は無地のマフラーなのに、今はチェック模様だし。

 帽子も普段とは違う色。

 メガネ……。うん。自分で言うのも何だけど、ちょっぴり頭良さそうに見えて気に入った。

 実は髪型もちょぴっとだけ変えている。

 これなら万が一尾行(ストーキング)に気がつかれても、私だとは分かるまい。


 二人が仲良く歩く数十メートル距離後方を保ち、いかにも素知らぬ一般人といった演技をして進む。

 普通に通行人は何百人といるし、とくに目立った行動もしていない。

 私の尾行が感づかれることは無いだろう。


 ――と、たかをくくり。心の中で小さくガッツポーズをとっていたのだが。



「あれ、裕海?」


 背後から突然聞きなれた声をかけられ、私は飛び上がるほどに驚愕した。


「何……その格好。裕海って、もっとこう、さ。可愛い系を目指して頑張ったのにコケたって感じのイメージじゃない?」

「待って、何か最後の失礼だよ」


 私に声をかけたのは、梨花と出会うまで一番長く行動を共にしていたであろう同級生。――双海灯だった。

 ――っと、それと。


「灯先輩、どうしたんですか?」

「おぉぅ……」


 前に見たよりもずっと男らしくなった文田君が、グレーのマフラーを首に巻きかけて歩み寄る。

 艶のある黒髪を弾かせながら不意に前方を見ると、若干首を傾げて目を凝らす。


「あれ、蒔菜先輩とよく一緒にいる――えーと」

「氷室さん? それと……え? あれ、誰?」


 灯は細めた双眸の上に手のひらを宛てがい、梨花と並んで歩く男の子が誰なのかを必死に解析しようとしているらしい。

 文田君は特に気にする様子は見せなかったが、ほね骨しく逞しい手で灯を抱き寄せると。灯は何の躊躇いも無く、文田君の肩に顔を乗せて頬を緩める。

 あまり関わっていない間に、かなり進んだらしい。


 ずっと目を凝らしていて疲れたのか。灯は目をグシグシと擦り、私に向き直ると若干冷徹な視線を向け。


「ちょっと。氷室さん、男と歩いてんじゃん。良いの? そんな妙な格好でこんなところ一人で歩いてて」

「妙って! これでも私、結構頑張って変装したんだよ」


 その言葉を聞いて、灯と文田君はまるで練習でもしてたかのように全く同じ反応をして若干後ずさりする。


 ――えっと。表情を見る限りだと、かなり不評そうなのですけど……。


「……ちょっと待って。裕海が今言った事によると、裕海は“変装”をしているつもりなの?」


 つもりも何も、私は変装以外の事をした覚えは無いんですが。

 私はその場でクルリとターンして見せ、反動でズレた帽子を直してから二人の顔を見てみたが、反応を変える様子は全く見られない。


「うん、変装。梨花にバレないように、二人をその、尾行してたって言うか」


 私の告白に、灯は頭痛でも覚えたかのように、額に手を当てて下を向く。

 文田君も笑うべきか笑わざるべきかを悩んでいるように、口の端をちょっぴり歪めている。

 灯はしばしの間俯いていたが。さりげなく髪を整えながら顔を上げると、私に向かってビシッと人差し指を突きたてた。


「それじゃただのイメチェンだー! しかも女子高生がツインテールとか……。しかも、裕海の髪の長さじゃ圧倒的に足りないでしょ」


 結んだ。というよりは、束ねた。という言葉が適切であろう短いツインテールを手のひらでポンと叩き、私はマフラーを指差してみる。

 普段は無地のマフラーを巻いているので、これは変装評価高いのでは無いか。


「……はぁ」


 私の期待とは裏腹に、灯はもう一度小さく溜息を吐く。

 見失わないよう、視界の端に梨花を入れながら、辛口評価を出す灯にちょっぴり文句を言う。


「なによ。そんなに変装になってない?」

「……そんな風に口を尖らせてみたって、ダメなものはダメよ。だって、後ろ姿だけでも、私はあなたが裕海だって分かったわよ」


 的確なところを突く。

 確かに、声も発していない。その上振り返ってもいないのに、灯は私だということに気がついた。

 しかも後ろ姿。

 全然変装になってない……。


「私が未熟でございました」

「いや、別にいいんだけどさ」


 灯は流し目のように色っぽく目線を逸らすと、片目をつむって前方を指差して、私に疑問を投げかける。


「氷室さん、行っちゃうけどいいの?」


 灯が指をさした方向をチラリと見やると、梨花と高垣君が手を握り合いながら歩いている情景が――。


「ちょっと!」


 第三者からの不評を買った変装だけど、ここで尾行をやめるわけにはいかない。

 私は次の物陰を探し、足早にその場を立ち去ることにしたのだが。


「私も付いてく。銀士と行く先が決まらなくて、ちょっぴり困ってたんだよね」


 灯は悪巧みでもするように嬉しそうな笑顔ではしゃぎ、私の肩に手を置いた。

 私は別に良いけど、全然関係無い彼氏さんは良いのか。

 多少心配になって後方へと振り返ると、携帯をいじっていた文田君が仄かに微笑み、灯と腕を絡め合う。

 文田君も、そういうのは好きなようだ。




 ---




 人混みに紛れながら進む。

 物陰に隠れながら進もうかと考えたのだけど、その案は灯に強く否定された。

 下手げに危なっかしい行動や、無駄に目立つことをすると、大抵小さな騒ぎが起きてバレてしまうらしい。

 何でも、灯は中学時代に似たようなことをしたらしく、こういうのは得意なのだと言っていた。

 尾行するのが得意とか、何の足しにもならないような気がするけど、今はそれが何よりも頼もしい。

 下手げにあの変装もどきで梨花に近寄って、もし気づかれでもしたら、私は梨花と高垣君の中で“嫉妬深い女”だと思われてしまう。

 事実それに近いことをしているのだから、否定のしようが無いけど。

 私が行っているのは別に、梨花の見張りなどでは無く。

 単に男の子が苦手な梨花が、頑張りすぎて無理をしないかどうかを陰ながら見守っているだけでして。

 別に、良い雰囲気になったら飛び込んで邪魔しよう、とか冷徹人間みたいなことなんて全然考えてな――。


「裕海、顔恐い恐い」


 灯が見せてくれた手鏡には、眉間にシワが寄った酷い顔の私が映っている。

 いけない。

 落ち着かないと。……別に、私は梨花の恋路を邪魔しようとしているわけでは無いのだから。

 と、思いつつも思わず手に力が入ってしまう。


 精神を落ち着かせようと深呼吸をしてから、私はマフラーを巻きなおす。

 梨花が編んでくれた桜色をした手編みのマフラーは、今も私のバッグの中に入っている。

 一人では長すぎるけど、グルグル巻にすれば顔を隠せるかもしれない。

 もし本当にそれを実行したら、包帯男――包帯女が街に出現してしまうだろうからやらないけど。


 前方確認はひと時も怠らず、無心に前を見たまま梨花と高垣君を追う。

 ……何だか、小中学生の男女が一緒に帰ってるのを後から尾けてるようだなぁ。などと考え、何となく罪悪感というか、モヤモヤした感情に襲われ始めた刹那。


「あれ。……蒔菜さん、双海さん」


 突如背後から肩をトンと叩かれ、私は言葉通り飛び上がりそうなほど驚き、全身に鳥肌がたつ。

 思わず変な声を上げながら数歩よろめき、地面を踏み損なって看板に側頭部をぶつけかけた。危ない。

 色々な恐怖のために跳ね飛びそうな心臓を手で押さえながら、私は叩いた張本人へと向き直り、


「ちょっと! 誰よ、びっくりするじゃない」

「あ、すみません。……そこまで驚くとは、えっと」


 私の眼前で申し訳無さそうに佇む方は、割と派手な感じの女の子であり、化粧とかもちょっと濃かった。

 街で出逢えば絶対男の子と腕を組んでいそうな見た目なのに、辺りにこの方のお連れさんらしき人は見当たらない。

 しかも、私はこんな娘に心当たりが無いのだ。

 中学時代の知り合いだろうか。

 いや、待って。今私を蒔菜さんって呼んで、しかも灯のことも知っている人だ。

 ――ってことは、確実に高校以降に出会った人のはずだから。


「えーと、あの、分からないかな? 私のこと」


 頼みの綱だ! と、灯と文田君を見てみたものの、灯はしきりに何かを思考しているような顔をしているし、文田君に至ってはきょとんとした表情をしてニコリと微笑んでいる。

 文田君の知り合いでも無いとしたら、いったい誰――。


「私よ、遠川晴香。……そんなに変わったかなぁ?」

「「遠川さん!?」」


 灯と私は顔を見合わせ、大袈裟ともとれるほどに驚愕の表情を見せ合った。

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