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第百九章:羽谷新

 梨花が男の子からデートに誘われた。

 私の心は全域をその現実に包み込まれ、今現在私は別のことを考える余裕が全く無い。

 私はベッドにうつ伏せになって倒れ、心を落ち着かせるために深く深呼吸をして、


「……姫華の匂いがする」

「そりゃあ……私の布団だもんね」


 梨花から電話があった次の日。私は姫華のベッドでぐったりと身体を伸ばしている。

 今日は姫華の恋人さんである羽谷新ちゃんとご対面させてもらえるとのことで、こうして私は昼前から姫華の部屋へ闖入しているのだ。


 姫華はさっきから妙にそわそわしていたり、五分に一回時計を眺めては、残念そうに俯いて溜息を着く。

 時折ふと思い出したように、嬉しそうに頬を包み込んで「キャー」とか言いながら顔を赤らめる。

 自分が恋をするのはもちろん楽しいことだけど。

 こうして、幸せな恋をしている人を見ているのも意外と楽しいかもしれない。


 私が色々と悟りのようなものを開き始めていると、玄関のチャイムが部屋まで響いた。

 もう来たのか。それとも宅配便屋さんとかかな。などと考えている間に、姫華はご主人様が戻ってきたときの従順な飼い犬のように部屋を飛び出すと。

 待ってた! とでも言うように階段を疾風のように駆け下りていく。


「新ちゃん!」


 姫華が期待に満ちた表情で家のドアを開けると、そこには整った顔立ちの可愛らしい少女が姿勢良く佇んでいる。

 頬をちょっぴり桜色に染め、嬉しそうに上目遣いで姫華を見つめると。


「宮咲せんぱぁい!」


 抱きついた。

 ドアも閉めず。躊躇うことなく羽谷新なる後輩さんは姫華に飛びつくと、仕事帰りの父親がするように、その場でグルグルと回転する。

 流石にこのままではマズイと思い。

 私は、盛大にイチャついている二人の脇を通り、冬の外気をこれでもかと部屋に吸い込む、全開になったドアを閉め。

 玄関から二人の様子を眺め、私の頭にフッと一つの言葉がよぎる。


 ――ああ。まるでドラマに出てくる新婚さんみたい。


 お互いに視線を交わし、じっと見つめ合う。

 羽谷さんは時折期待するような眼差しと、照れたような表情を見せ。姫華の身体に羽谷さんが身体を預けると同時に、何の躊躇いもなく姫華の唇を奪った。

 一連の行動に無駄が無い。

 器械体操でもしているように。向かい合い、顔を見合わせて、羽谷さんが小さく背伸びをして、姫華との甘いキス。

 凄い。割とキス慣れしていると自負していた私でも、梨花とここまで芸術的にキスをしたことは無い。

 もう一種のパフォーマンスなんじゃ無いか。とか思ってしまうほど、二人の愛情表現は素晴らしく煌びやかに輝いていた。


「おおぉ……」


 思わず拍手をしてしまう。

 人のキスを観覧して手を叩くとか、自分でもどうかと思うけど。身体が勝手にそうしてしまうほどに、二人の愛情表現は神がかっていた。


 長い長い温かなキスが終了したのか、トロンとした目つきで見つめ合う二人は、お互いを愛おしそうに眺めている。

 こうして客観的にキスシーンを見てみると、これほどまでに素晴らしい体験を毎日していたのか。と思い、内心ニヤついてしまう。

 羽谷さんの唇を姫華が受け止めるような関係らしい。梨花と私で例えると、ちょうど私が羽谷さんの立場になるのかな。

 どんなところでも受け止めて、認めてくれる私の素敵なお姫様――。ああ……。

 幸せそうな二人を見つめながら、私は床へと盛大に両手を着く。

 梨花が……。私の梨花が。


「あの。この方が、私に会いたいと言った先輩なんですか?」

「うん。そうだよ。蒔菜裕海って言うんだぁ。私の幼馴染で同級生だよ」


 落ち込み。のアクションをとっている私の前で、姫華は平然と紹介を済ませる。


「初めまして。私、一年の羽谷新といいます。み、宮咲先輩とお付き合いをさせていただいております!」

「新ちゃん、別に家族じゃ無いんだから……。そんな焦ったりしなくて大丈夫よ」


 羽谷さんは姫華の胸に抱かれ、ギュ~っと埋められる。

 ネコのように幸せそうな表情をした羽谷さんは、姫華の背中に腕をまわして精一杯の愛念を伝えていた。






 姫華の部屋に三人で向かい合って座ると、羽谷さんは躊躇無く姫華にペッタリとくっついていた。

 幸せそうに密着するその姿は、小動物が懐いているようで可愛い。

 梨花だったら、私が懐く方かな。

 私は思わず、小動物のように甘えた声を出しながら、怜悧な目を向けて正座する梨花に甘える様子を妄想してみたのだが。

 ……ううん。自分がこんなとろけている表情を想像できない。


「ところで蒔菜先輩。先輩に恋人さんはいらっしゃらないのですか?」

「こら、そーいうこと訊かないの」


 まったりとまどろみかける羽谷さんを、姫華は優しくコツンと叩いたが。

 いや。別に訊いて良いことでしょ。何か、このままじゃ私が独り者みたいじゃない。


「うん。いるよ、氷室梨花っていう同級生」

「あ、知ってます。委員長やってた方ですよね!」


 羽谷さんは突然身体を起こし、目をキラキラと輝かせながら私に覆いかぶさってきた。

 体勢だけ見ると非常に危ない状態になってしまったのだが。羽谷さんの背後から姫華が愛しの恋人を引っペがし、彼女自身の膝の上に帰宅させる。

 猫がコタツで丸くなるように、羽谷さんは安心しきった様子で姫華の膝枕を堪能していた。

 姫華は羽谷さんを撫でながら、とろけるような声音で優しく問いかける。


「ところで、今日はもうキス良いの?」

「ん。宮咲先輩はしたいですか?」


 羽谷さんはチラリと私を一瞥すると、姫華の頬まで手を伸ばして優しく触れる。

 そのまま姫華を押し倒すように倒れこむと。愛らしく、そして激しい音が聞こえてくる。

 分かってしまうのもどうかと思うんだけど。

 この音と体勢から察するに、舌を念入りに絡め合いながらゆっくりねっとりと味わって、お互いに幸せそうな表情を浮かべながら、徐々に身体を動かしあって――。

 したい。

 凄くしたい。

 前までは背後霊のせいだって開き直ってたけど、これはもう確実に中毒症状がバリバリ出てる。


 私が物欲しげに熱烈なキスシーンを傍観していると、「ぷはっ……」という色っぽい声が漏れ、顔を紅潮させた羽谷さんが、ボーっとした様子で私を見つめ。


「何だか先輩もキスしたいって顔してますね」


 どう言う顔よ。とか思ったけど、私は思わず自分の顔を覆って目を泳がせる。

 すると、気持ちよさそうに目を細めた羽谷さんが四つん這いになりながら徐々に私に近寄ると。細く繊細な指先で、私の唇を優しく突っつき。


「さっきから先輩、ずっと自分の唇撫でてましたよ。……氷室先輩、あまり構ってくれないんですか?」


 違……。そうじゃ無くて。

 羽谷さんは玲瓏な微笑を浮かべると、そのまま指先で私の唇を軽やかになぞり。

 そっと耳元に顔を近づけると。


「私で良かったら、蒔菜先輩のお相手をしても、」

「こらー! 何現彼女の前で幼馴染口説いてんの!」


 姫華の言葉によって、羽谷さんのイタズラはそこで終幕を迎えたが。

 ああ。どうしよう……。思わずドキドキしてしまった。

 姫華はしばらく羽谷さんのプニっとした頬を突っついていたが、ふと気がついたように私の方に視線を向けると。


「……って言うか、裕海は結構一途な娘だと思ってた」

「うん。……でもやっぱり、構ってもらえないのはちょっと寂しい。もしかして梨花は、私がキスをしなくちゃいけない運命を背負っていたから、無理に振舞ってくれたのかと思ったり、」

「あぁぁぁぁあ! もう、裕海は今までが幸せ過ぎたんだよ。私なんてもうずっと振られ続けて、やっと可愛い恋人さんと出会えたんだよ?」


 そう言って姫華は羽谷さんをギュ~っと抱きしめる。

 姫華の胸の中で小動物みたいに縮こまって、可愛い。何とか恋愛感情は感じなくなったけど。

 でもやっぱり羨ましい。

 私も梨花に愛情いっぱいの抱擁をされたい。

 私は今日朝から触れていない携帯を、開くか開かないかと心の中で葛藤していると。羽谷さんがふと思い出したような顔をして。


「あの。……キスをしなくちゃいけない運命って、何かあったんですか?」

「……あ、」


 しまった。

 勢いが出すぎて思わず口に出しちゃったのか。


 私の頭の中で色々な感情がグルグルと渦を巻く。別に隠すようなことでは無いけど、事実プライベートなことだからあまり他人には言いたく無いことだし、やっといなくなったんだから、もうそのことはほじくり返してほしく無いし。

 視線を向けると、姫華も多少動揺したような表情をしている。

 羽谷さんを抱きしめたままだけど、私に向かって若干心配そうな双眸を見せていた。


 ――さて。どうしよう。

 ここでごまかすのは至難の技だ。

 軽率な発言が身を滅ぼす体験はもう何度も体験しているはずなのに、どうして毎度毎度こうなのだろう。


 とりあえず私は、この状況を打開する突破口になろう話題を必死に思考しようとしたのだが。


「もしかして、背後霊ですか?」


 羽谷さんの口から出た言葉は、予想だにしない驚愕の内容だった。

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