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第百八章:電話

 その日の昼休み。

 私は普段通り灯と梨花に挟まれながら、母が作ってくれたお弁当を突っついていた。

 灯は最近文田君と昼ご飯を食べないらしい。

 喧嘩をしたとかでは無さそうだし、部活でも普通に仲良く接しているらしいので、別れたとかでは無さそうなのだけど。

 今まで二人分持ってきていた自作のお弁当が姿を見せなくなり。

 灯は最近、近場のコンビニ弁当で済ませることが多くなっている。


 梨花は今まで通り母親が作ったお弁当らしい。

 時折私の好物が入っているときに、梨花はそっと私のお弁当箱に入れてくれたりする。

 ここが教室だということを忘れていたのか、単なる“じゃれあい”のつもりだったのか分からないけど。

 少し前に梨花が私に『あ~ん』してきたのを、灯に必死に止められた。

 思わず私は普通に食べさせてもらったのだけど。灯曰く、流石それはまずい。とのことで、それ以来していない。

 ちょっぴり残念だったけど、最近ではこうして間接的にもらえるので、その度に嬉しくて思わず頬が緩んでしまう。


 梨花はまだ静かにお箸を進めていたが、一足先に食べ終わった灯は何やら“ジト目”のような視線を私に向け、何かしら言いたそうな顔で私の顔を凝視している。

 私は最後の中身を飲み込み。ペットボトルに入った冷たい緑茶で食後の余韻を堪能すると、小さく溜息をついてから灯に声をかけた。


「さっきから何か言いたそうだけど、何かあった?」

「裕海……。もしかして、好きな男の子でもできた?」

「――――!」


 隣で梨花がむせたらしい。

 顔を背けて可愛らしい声で盛大に咳き込んでいる。

 背中を丸めて苦しむ梨花の背中をさすりながら、灯が発した言葉の真意が分からず、可愛らしさを作って首を傾げた。


「んー? 何で」

「だって……」


 灯は一瞬だけ男子生徒の集団を一瞥すると、耳元で囁くような小さな声で。


「さっきの授業中、倉科君と凄く仲良さそうに話してたじゃん」

「――――!?」


 梨花が咳き込んだまま、声にならない叫び声をあげようと必死にこちらを向いてきたので。私は落ち着くよう、背中を撫でながら首を横に振る。


「待って待って。何でそれだけで」

「だって裕海、今まで全然男子と話さなかったでしょ。それなのに、突然倉科君と……しかもあんなに顔を近づけて」

「違うから」


 灯が恋バナ好きなのは知っていたけど、まさかこれほどとは。

 一応私は梨花の恋人で、思い出すだけで恥ずかしくなるくらい始終イチャついてたことも知ってるだろうし、それに――。


 私はそうやってはやし立てられると、妙に相手のことが気になっちゃうから、ちょっと……ね。

 これでもし『あれー? 倉科君、何だかちょっとイケてなーい。ヤダー、アコガレノオージサマー』とか、お花畑脳になったら困るから!


「それに、倉科君が好きなのは姫華だし」

「え、あー……そうなんだ」

「裕海、知っててもそれは言っちゃダメ。倉科君可哀想だよ」


 灯と梨花から向けられる冷たい視線。

 私は視線に耐え切れず思わず目を逸らすと、灯が小さく溜息をつき。


「まぁ、別に良いんだけどさ。裕海が倉橋君と付き合ってようが、その相手が倉科君でも別に良いんだけど……」


 突如灯が机の上をドンと叩いた。


「あんな親しげに話してたら、フツーに見て誤解されるよ。だって、裕海と氷室さんがそういう関係だって知ってる私でも、ちょっとそう思っちゃったし。倉科君、割と大人しいし……もしかして、裕海は倉科君のこと好きなのかな? って」

「裕海……。もしかして、私があんなこと言われたから……妬いてる?」


 次にむせることになるのは私だったらしい。

 丁度お茶を飲み終えていたので、大惨事にはならなかったけど。口に含んだ瞬間とかだったら、もう乙女として学校に来れなくなるところだった。


「待って、別にそういうんじゃ無いけど、」


 ああ。そういえば、その後どうなったのか梨花に聞いてなかった。

 結果を聞くのが怖いってのもあったんだろうけど、逆に知らない間に梨花と高垣君がイチャついてたらと思うと――。


「裕海? どしたの」


 灯の声でハッと我に返る。

 危ない。また余計な想像して、暗い気分に陥るところだった。

 私はそっと視線を向け、他の男の子たちと談笑しながらお弁当を食べる高垣君を少し眺める。

 今日は特に私への視線は無く。普段通り楽しそうな笑顔で何か話してるみたい。


「ちょっとー、裕海さ~ん」

「え、何? 灯」


 ジト目をした灯と目が合い、私は嫌な予感がしながらも、そっと視線をもう一度高垣君の方へと向ける。


「あ゛」

「裕海の言葉は信じたいけどさぁ。そんなに倉科君のこと気になるなら、無意識に恋してるんじゃ無いの?」


 私は忘れていたのだ。

 高垣君の隣にいつもいる男子――今も一緒に楽しそうに話してる相手こそ、さっきまでここで話題にあがっていた倉科君本人である。


「違っ……! 私が見てたのはそっちじゃ無くて、た」


 ――まで言ったところで、梨花が口だけで必死に『言わないで!』とジェスチャーしているのが目に入り。

 私が言い逃れる隙は無くなった。




 ---




 疲れた。

 倉科君との関係を疑われ、灯に遊ばれたその日の夜。

 私は自室のベッドに身を投げ、ふかふかなシーツの上で携帯小説を読みふけっていた。

 数ヶ月前に読んだままにしていた、王子様とメイドの激甘恋愛小説がトップに出ていたが。今の心情でそれを読む気にはなれなかったので、私は学園系の激甘百合小説を探し、ポチポチとボタンを押す作業を続けている。

 最近この、二つ折携帯を見なくなり。使っているだけで古代生物を見るような目で見られるのが何か嫌だ。

 梨花だって、つい数日前まで同じようなの使ってたのに、変えてから携帯を取り出す頻度が増えたように感じる。

 この前だって、スマホの画面上に指をスライドさせて、何やら真剣な表情で画面を眺めていた。

 高垣君がまだしつこくメールを送ってくる。とも言っていたし。

 嫌なら嫌って言っちゃいなよ! とは私の意見であり。梨花を困らせる相手は、誰だろうと私が許さない! とも言ったのだけど。

 梨花は、まんざらでも無いような顔で携帯画面を見つめていたので、それ以上私は何も言うことが出来なかった。


 私はキリが良いところで携帯を閉じ、ベッド上で寝返りを打って仰向けになると。両腕を枕にして、室内の電気をボーっと眺めることにした。

 電球をずっと眺めていると視界にゴミみたいな物が動くなぁ……。なんてくだらないことを考えていると、携帯に着信があったのか、シーツ越しに携帯着信を知らせる振動が伝達された。

 私は携帯を手に取ると、側面に付いたボタンを押して画面を開く。

 この動作も、本当見なくなった。などと考えながら悠長に画面を眺めていると。


「あ、電話だったんだ」


 メールだと思い、開きっ放しだった携帯の通話ボタンを押して、私は愛しの恋人さんの声を耳に入れる。


「梨花、どしたの?」

『う、うん……。裕海、今大丈夫だよね?』


 電話口から聞こえる梨花の声は、何故か少し緊張しているようだった。

 何かをお願いするときとか、悪い知らせとかを伝えるような声音であり。

 ……何だか私まで緊張してきた。


「もしかして、高垣君のこと?」

『……うん。やっぱ、分かる?』


 私は首の後ろを叩かれたかのようにガクンと崩れ落ち、そのままベッドの上へと倒れこむ。

 予想はしてたけど。……こう、悪い方向にピタリと当たるってのは、どうにかならないものかなぁ。

 まさか背後霊が復活したのでは。などと人のせ――霊のせいにしようとしたが。

 私の心が妄想トリップする前に、電話口から梨花の声が届いた。


『えっと……。裕海ぃ。……怒らないで聞いて欲しいんだけど』


 普段の淡々とした言葉では無く、何だか間延びしていると言うか『……』が多いって言うか。

 私の不吉な予感はもう限界値を突破しそう。やめて! 私、壊れちゃう。

 ……とか、まぁ。これだけ悪い予感を感じていれば、まさか私の心を砕くようなことを梨花は言わないよね。

 梨花だって、私のことが好きで好きで堪らないんだから。

 うん。何だか言ってて自分でも恥ずかしくなってきた。


 私は一度深呼吸をして、ゆったりと心を落ち着かせる。

 大丈夫。梨花だって、そんな凄いことを言うはず無いし。……死亡フラグとかそういうの、私信じないし。


『裕海……? どしたの』

「ううん。大丈夫、怒らない怒らない。私は優しく元気な蒔菜裕海ちゃんだよ。それより、梨花が一人で溜め込んじゃって、一人で悩んでる方がよっぽど嫌」


 今の私の言葉で梨花は心の準備が出来たのか。

 電話口の向こうから同じように深呼吸の音が聞こえる。

 しばしの沈黙の後。梨花は意を決したのか、重々しく話しだした。

 最初は何でも無い世間話。そこから高垣君が送ってくるメールの頻度とかの話になって。

 何故か梨花は通話中、ずっと“裕海のことが好き”という言葉を何度も強調していた。

 そして、運命の時が来たのか。こんこんと流れる川のように話し続けていた梨花の声が、突然パタリと止んで。

 今回かけた電話の、メインディッシュを梨花は発することにしたらしい。


『あのね、私。……高垣君に、デートに誘われた』


 その言葉を耳に入れた刹那。

 ガラスを割ったような鋭い音が脳内に響き渡り、私の時が止まった。

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