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第百五章:闖入者

 無人の教室に漂う空気はやはり冷たい。

 普段から生徒が出入りする教室とか、いつも誰かがいるようなクラスなら、冬でも暖かい――むしろ暑いのだけれど。

 冬休み中に誰も入らないような教室に、しかも私と梨花二人きりという状態では結構な寒気が襲いかかる。

 身体を密着させてても寒い。

 私は凍えそうな身体を震わせながら、一言一言に注意をして、背後霊の話を梨花に伝えた。



「――でね。やっと背後霊がいなくなったの」

「本当?」


 梨花は私の背中を撫でたりジロジロ見つめたりしてるけど、分からないでしょ。だって、今までも誰ひとりとして『背後霊がいるー』とか言わなかったし。


「良かった、良かったぁ……」

「そんな、梨花泣かなくても……」


 梨花の涙を拭おうとしたが、梨花は首を横に振り、私の顔を見てから『ごめん』と言って頭を下げた。


「私、もしかして裕海はまだ倉橋君の事好きなのかな? って思っちゃって」

「私が?」


 確かに今日、ドキッとするような反応はしたと思う。でもそれは久しぶりに会ったから耐性が付いて無かったからって言うか。


 ――それで不機嫌だったのか!


「梨花、もしかして……」


 梨花は『みなまで言わなくても分かってる』といった様子で、自身の唇の前に人差し指を立てて大人っぽく微笑を浮かべる。


「うん。嫉妬した」


 えへへ。とでも言うように、今度は打って変わって子供っぽい反応。

 やっぱりこういうところが可愛いんだよね。


「それでは、」

「ん。続き?」


 梨花と腕を絡め合い、顔が近づき合う。

 梨花はちょっぴりいたずらっぽく上目遣いをすると。


「背後霊がいなくなっても、私たちの関係は終わらないよね?」


 嫣然で天使のような笑顔に、思わず私は吸い込まれそうになる。

 良かった。背後霊がいなくなったから、これで梨花の行動を束縛することも無くなるし、やむなく浮気まがいのことをすることも無くなる。

 姫華とも普通に“幼馴染でクラスメート”として接せるし、何よりキスが義務的で無くなるのが一番の幸せだ。

 今まではお互いに“仕方なく”の感情があるのでは無いか。というちょっとした疑心が垣間見えてたし。

 これからの愛情表現は、お互いに心から感じている“愛”をそのままぶつけられる――。

 何だか少し恥ずかしくなってきた。


「裕海?」


 梨花に心配そうな顔で覗き込まれる。

 しまった。感慨にふけってたら、答えるのを忘れてた。


「ごめん。考え事してた。――うん、梨花と私の関係は終わらない。むしろ、これから始まるんじゃ無いかな?」

「えー、じゃあ今までのは何だったの?」


 いたずらっぽく微笑む梨花の顔を見て、私もちょっとした冗談を言いたくなった。


「ん~……、序章(プロローグ)。とか?」


 その言葉に梨花は小動物のように目をパチクリとさせ、若干の間が空いてから、冗談だと気づいたかハッとした表情をしてから、クスりと笑う。


「ああ、一本とられた」

「やった~、初めて梨花に勝った」


 私は小さくガッツポーズをとってから、お互いに顔を見合わせて笑い合う。


 ――楽しい。


 今までと同じことをしているのに、何だか本当に新しい事をしているような気がする。

 今まで気づかなかったけど。背後霊の無い日常って、こんなに素晴らしくて温かいものだったのかな。


「裕海、どうしたの?」


 顔を赤らめ何かを期待する視線を向けられる。


「ん~。何でも無い」

「じゃあ、続きしよっか?」


 梨花の腕が首筋に絡みつき、グイと顔同士が接近する。

 指を絡め合い、梨花に押し倒されるような格好になって――。


「梨花、だ~い好き」

「もぅ……。この格好で言うとか照れるなぁ」


 温かくてとろけそうな唇同士が触れ合い、私たちはいつまでもいつまでも、愛しの恋人さんとくっつき合っていた。




 ---




 背後霊に取り憑かれた。

 冬休み中は一応友達に無理言って、キスをこなしてきたけど。

 流石に新学期が始まるとキツい。時間も取れないし、久しぶりの学校だからか、みんな彼氏とか作り出したし。

 今までは幸せそうにキスしてくれたあの娘も、理由を言ったら『人助け? 良いよ!』って明るく応えてくれた娘も。今日からはしてくれないらしい。

 最近になってやっと厄災に見舞われなくなったと言うのに、これじゃまた振り出しに戻っちゃう。

 ああ。どこかに優しくて素敵な女性はいないものか――。


「きゃぁっ! ごめんなさい」


 考え事をしながら歩いていたからか。彼女は廊下の曲がり角で誰かとぶつかってしまった。


「す、すみません。大丈夫ですか?」

「ええ、大丈夫よ。あなたこそ、怪我は無かった?」


 ぶつかった相手の顔を見て、彼女は思わず息を呑む。

 可愛い――。いや、綺麗な方だ。

 新品でまだシワもほとんどない制服を着こなし、透き通るような茶髪。でも染めては無さそうだ。

 青いヘアゴムでポニーテールにしていて、パッと見ただけで“優等生”という言葉が浮かぶ。

 決して清楚だとかメガネっ娘ってわけでは無いけど、でもそんな感じ。

 何か、舞いを踊るようにスイスイと何でもこなしてしまいそうな――。


「宮咲さん、大丈夫?」


 ぶつかってしまった相手のお友達らしい。宮咲さん――制服とか新しそうだし、転入生さんなのかな。


「あ、あの」


 声をかけようと手を伸ばしたのだけど、宮咲さんと呼ばれた可憐な少女は、その手を優しく包み込み。

 ペタリと座り込んでしまった自分を引っ張り起こしてくれた。


「大丈夫?」


 キラキラと花びらが舞い散るような明るい笑顔。

 思わずドキリとする。


「あ、ありがとうございます」


 温かい感触が右手に残って――。ああ、凄くドキドキする。


「宮咲さん、次はあっち行こ?」


 宮咲さん。は、可愛らしくペコリと会釈して、そのまま廊下を歩いて行ってしまった。

 でも。自分の頭の中はもう、宮咲さんでいっぱいだ。


「宮咲さん。か……」




 ---




 梨花との甘~い時間を過ごした後。私たちは誰もいない学校内で、指を絡めながら手を繋いで歩く。

 横に並んで歩くと、肩同士がちょぴっとだけ触れ合うから何か嬉しい。

 体温的にも、梨花が近くにいるって感じがするし、何よりシンと静まり返った学校内で手を繋いで歩くって言うのは凄く幸せ。

 指が触れ合って温かくて、クルクルと舞を踊りたいくらい。


 ――誰もいない校舎でも流石にしないけど。


 これでもし恋人つなぎとかできたら……。凄く良い。


「ねぇ、梨花?」


 梨花の手を握りながら、私はちょぴっとだけ上目遣いをする。

 凛々しい顔の恋人さんは、『ん?』と首を傾げてこっちを見てくれた。

 可愛い上に格好良い。私の手を握る力もちょっと強くなって、優しく包み込まれてるみたい。

 温かい梨花の手と触れ合って、私の鼓動は今凄く早い。


「あ、裕海ごめん。離すよ?」


 教室の目の前まで戻ったところで、無慈悲にも梨花の手が離された。

 握り合うまでにはあんなに時間がかかるのに、離しちゃうのは本当に一瞬だ。

 ちょっと気を抜いたら、すぐ離れていっちゃう。

 こうやって、ちょっとずつ離れて行ってしまうのだろうか。

 ううん。そんなわけ無い、梨花はいつまでも私の恋人さんだよね。


 梨花は日常生活で使用する冷徹な双眸を向け、いかにも真面目さんなメガネをかけると、軽く髪を整えてから「コホン」と咳払いをして教室の扉をガラガラと開けた。

 誰かいたのだろうか。

 こんな早く帰れる日の放課後に、私たちみたいに残ってる人がいるなんて。


「あ、氷室さん」


 梨花は軽く会釈をして、そのまま脇目もふらず姿勢良く自分の席まで歩く。

 私も普通に教室へ入り、梨花の帰り支度が終わるまで扉の辺りで立ったまま待つ。

 ふと視線を向けると、名前も覚えていない男の子がウロウロと机の周りを徘徊している。

 パッと見不審者なんですけど、大丈夫かなあの子。

 時折顔を上げては梨花の方をチラリと見て、そのまま――あれ。梨花に近づいた。

 梨花は男の子苦手だったはずだけど、大丈夫なのかな。

 梨花と――名前忘れた男子生徒が何かを話している。

 ここからだと何を話しているのか正確には聞こえないけど、見た感じから、男の子のほうが何かをお願いしてて、梨花はそれをやんわりと断っているように見える。


「氷室さん!」


 突然声を荒げられ、梨花の冷徹な表情にもピクリと動揺のようなものが走る。

 その様子を見て、私は胸にチクリと何かが刺さったような感覚に襲われた。

 ああ。これはもう、女勇者裕海がお姫様を助けに出る展開ですか? とか何とか変な葛藤をしていると。

 梨花は黙ったまま静かに頷き、駆け足に教室を出て行った。


 一瞬出遅れて私も付いて行く。

 梨花は足早に廊下を突き進み。私は追いつこうとするあまり、何も無い廊下でコケかけた。

 そのうちにどんどん差が開いてしまい、私は足が筋肉痛になりそうなくらいバタバタと動かして、精一杯梨花に追いつこうと早歩きする。


「待って、待って梨花」

「…………」


 梨花は廊下を垂直に曲がってどんどん昇降口まで向かう。

 声をかけても無反応なのは、多分梨花が動揺しているからだと思う。

 もしくは怯えているのかもしれない。男の子と話したから怖かった――いや。だとしたら、普段から人を避けるはず。

 授業とか委員会で接しなければならない時とか、梨花は普通に男女問わず会話をしている。

 もちろん自分から話に行ったり、明るい笑顔を見せたりは絶対しないけど。


 あの野郎。梨花に何言ったのよ。


 自分でも嫌になるくらい口が悪くなったところで、ようやく梨花に追いついた。

 靴を履き替えたところで、黙ったまま茫然と立ち尽くしている。

 口元が緩く開き、目線が足元を向いている。瞳に精気を感じさせず。手足にも力が入っていないようだ。

 よほどの重大事かと、私は頭の中が真っ白になる。

 梨花がこれほど動揺する事態が起きている。


「り、梨花……?」


 梨花はゆらっと私の方まで歩き、ドサリと胸の中に顔を埋めた。

 呼吸音がしっかりしているし、泣いているようでは無かったので、一応一安心と言ったところか。


 ――って。安心できないよ。


「裕海、裕海……私どうしよう」


 梨花が胸の中でカタカタと震えている。よっぽど恐怖することがあったのだろうか。自分のことでは無いけど、やっぱり胸の奥がキュゥと締め付けられるように苦しい。


 ――でも梨花はもっと苦しいんだよね。


 私は梨花を精一杯の愛を込めて抱きしめ、温かく受け入れる。


「大丈夫。私は何があっても梨花の恋人さんだよ。だから、辛いことがあっても、私が受け止めるから」

「裕海、裕海ぃ……」


 普段誰もが通る場所。そんな所で梨花と抱きしめ合って、何だか凄くドキドキする。

 いつも隠れてキスしたりしてたし、多分……誰も見てないよね?


「梨花……」


 さりげなく顔を近づけ、甘く声を出す。このまま梨花とキスして、辛いことも嫌なことも忘れさせてあげ――。


「ごめん、裕海」


 いきなり謝られた。そんな、別に気にしてないし。

 私が何か気の利いた一言を言おうとしていると。梨花は実に申し訳なさそうな顔で、一言一言を噛み締めるように言った。


「私……。高垣(たかがき)君に告られた……」

「は、」


 真っ先に頭に浮かんだのは『高垣君って誰?』だったが。今起きた状況から、当たり前のように私は何もかもを理解する。


「んえぇぇぇぇぇぇぇ!?」


 しばらく言葉が出ず。刹那。私は校舎中に響き渡るほどの大声で叫んだ。

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