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第百四章:転入生

 教室に入った時点で気がつくべきだったとつくづく思う。

 別に気がつかなくても良かったのだろうけど。少しでも疑っていれば、驚きのあまり恥ずかしいほどのアホ面を晒さずに済んだかもしれない。

 金魚のように口をパクパクさせるという、思い出すだけで顔から火が出そうなほど恥ずかしい動きである。

 実際その顔を見たのはたった一人の女子生徒であり、私が驚愕の表情を浮かべているのを見てもとくに引かれずには済んだ。

 でも情けない顔を見られたことに違いは無く。私は朝のホームルームが終わるまで、何とも言えないモヤモヤに襲われることとなった。


 ――何をこんなにも後悔しているのか。




 ホームルーム開始時。普段よりちょっぴり髪を整えた大宮先生と、療養期間が終了し、サプライズで戻ってきた(梨花と私は知ってたけど)川村先生が教室に入り。

 長期休暇明けの決まり文句を並べ、川村先生が担任に戻るという旨を伝えられた。

 そこまでは良かったのだが、問題はその後だ。



「このクラスに転入生が入ることになりました」


 と、この言葉を聞いてピンと来なかった自分が恨めしい。

 何せ毎日のように顔を付き合わせていたから、“転入生”という実感が湧かなかったのだ。

 上履きとタイルが触れ合うキュッキュッとした音。カバンを身体の前に持ち、いかにも優等生だと思わせる姿勢。

 染めているとは思われない程度の、光を受けるとちょっぴり輝く茶髪。

 このクラスにも美形の子はいるけど、一瞬クラス中の男女が息を呑む。

 学園物転入生キャラの帝石を踏む、可愛くて真面目な女の子。

 そしてあろうことか、その美少女は“確実に”私の方を一瞥し、パチコンと天使のようなウィンクを放った。

 その行動がクラス中を湧かせたことは、もはや言うまでも無い。

 転入生の美少女は、黒板の前に姿勢良く佇むと、ちょっぴりはにかんでから、「すぅ」と息を吸い込み。


「宮咲姫華と申します。みなさん、どうぞよろしくお願いします!」


 深々と腰から頭を下げる。

 フッと顔を上げると「えへへ」と笑って、クセなのか唇の端をペロリと舐めた。

 これも何か問題があったらしく、チラリと視線を泳がすとクラス中ほとんどの男の子が、目をキラキラさせて姫華を眺めていた。


 ざわざわと声がする。「可愛い……」とか「綺麗」とか容姿を褒める台詞が至るところからボソボソとした声とともにクラス中を漂う。

 チラリと梨花の顔を見ると、特に気にした様子は見せず悠然と姫華のことを眺めていた。

 だけど多分、それはここが教室だからであって。内心ではその程度驚いているのか分からない。

 意外と心の中では頬を引きつらせてるかも。




 ---




 そして現在に至る。

 姫華の自己紹介は完璧かつ優等生的で素晴らしかった。

 普段の行いを見ていると、どうしてこう真面目で優秀なことが出来るんだろう。とつくづく疑問に思う。


 うん。別にこれだけなら良いんだ。問題は――


「じゃあ、氷室さんの隣が空いてるから。宮咲さん、良いかしら?」

「はい」


 短く返事をして、姿勢良く梨花の席まで歩く。

 この時私は驚愕のあまり金魚のように口をパクパクしてしまい、姫華の柔らかい視線に完璧に捉えられた。

 幸い他の生徒たちは教師含め、姫華と梨花に視線が行っていたけど。


 梨花の表情が若干固くなったように見えたのは、多分気のせいでは無いのだろう。

 梨花はあの席を割と気に入っていた。

 隣に誰もいなくて気が楽だと言っていたし、小テストとかが早く終わったときなんかは、暖かい日差しを眺めたりするとも言っていた。

 姫華はおしとやかに窓際の席へと腰掛けると、天使のような笑顔で梨花に話しかけている。

 はたから見れば、表情豊かで明るく可愛い転入生と、感情の無い真面目な優等生委員長が、何やら凡人には理解不能である高度な話をしているように見えたりするのだろうが。

 朝の会話を知っている身としては、会話の内容に大体予想がつく。


 ――きっと私の話をしてるんだろうな。


 自意識過剰では無いと思う。

 時折姫華の視線がこっち向くし、目が合うと「にへっ」と笑顔を見せてくれる。



 でも良かったんじゃ無いかな。

 全く見知らぬ転入生が隣に座るよりかは、一応知ってる人なんだし。




 ---




 新学期だけど。三学年合わせると結構な人数を誇るこの学校では、始業式なる集まりをしないのだ。

 クラス毎に集まって午前中で解散。

 早く帰れるし、ありがたいお話も無いから実は結構気に入ってたりする。


 せっかく姫華と同じクラスになったんだし「分からないことあったら言ってね?」とか言おうとしたのだけど。

 私が席を立つ時には、もう既に姫華の周りには人だかりができていた。


「宮咲さん。前の学校ってどんなところだった?」

「彼氏いた?」

「写メ見して~!」


 ――大体予想はついてたけど。これほどの人気か。

 転入生ってだけでも興味を引くのに、その上明るくて元気だしなぁ。

 もしかしたら漫画みたいに、下駄箱の中がラブレターでいっぱいです! とかな展開になるのかなぁ。


 と、ボサッと人だかりがはけるのを待っていると、右肩と左肩をそれぞれ反対方向から同時に叩かれた。


「梨花……。灯、」

「つまんなそうな顔してるね~」

「あの空気、私は苦手だわ」


 灯は私の頭をグシグシと撫で、梨花は冷徹ボイスと冷ややかな目で姫華を一蹴する。

 新学期だからと言って『明るい梨花を目指します!』なんてことにはならないらしい。

 ちょっと残念だ。


「でも良いじゃん。裕海は家に帰れば宮咲さんといつでも話せるんでしょ?」


 灯の輝かしいほどの笑顔を見ていると、確かにここまで気にすることが、少しバカらしく感じてくる。


「よ~、三人さん」


 後頭部をワシワシと掻きむしりながら“それ”は現れた。

 私は何となく座っている椅子を退け、梨花の腕に軽く抱きつく。

 やはり一時でも特別な感情を持った相手には、普通の対応はできない。


「倉橋じゃん。また遠川さんほっぽってんの?」


 ぶっきらぼうな灯の声。

 未だに私に近づくとこうやって追い返すけど。別に私は“嫌で”こういう対応をとってるのでは無くて。

 大好きなのは女の子である梨花なのに、何故かドキッとしてしまう背徳感っていうか、何ていうかに挟まれて――。


 脳内の言い訳が底無しになりそうなので、頭をブンブンと振り回して停止させる。


「晴香なら、ん。そこにいる」


 倉橋君が目で指した方向には、姫華を取り囲む積極的な男女の集団があった。

 ――まさか。ありえないよ、あの大人しい遠川さんがあんなところにいるなんて。


「どこよ」

「あれだよ、あれ。何か新学期デビューとか言うやつ? それだってさ」


 彼氏がいる人もそんなことするのか。と若干疑問に思ったが、私は遠川さんの面影を持つ女子生徒を頑張って探してみたが――。


「いないじゃない」


 灯が文句を言う口調で発した。

 倉橋君は「やれやれ」と肩をすくめ。


「晴香の席、あそこだから。戻ってきたの見れば分かると思うよ」

「あそ。期待しないで見とくわよ」


 自分の席へと戻る倉橋君の背中を見ていると、やはりこうキュンとくるものをまだ多少感じてしまう。

 だけど今になってみると。倉橋君のお相手は、遠川さんより灯の方が似合うような気がする。


 ――まぁ。もし言ったら双方から苦情が来るんだろうけど。


 と、そんな事を考えている内にチャイムが鳴り、休み時間終了の合図を知らされる。

 今日はこの後ホームルームをして、部活に入っていなければ、すぐに帰って良かったはずだ。

 梨花とちょっぴりイチャついてから、どこか一緒に寄ろうかなとか思ってる。


 そういえば。倉橋君がさっき言ってた遠川さんだけど――そんなに雰囲気変わったのかな?


 何となく気になってしまう。

 でもジロジロ人の方見るのも何か嫌だし、これで全然変わって無かったら、倉橋君に何だか“してやられた”気分だし――あぁ、何かそれは良いかも。

 じゃ、無くって!

 思わず首を左右に振り回してしまい。後ろに座る男子生徒から「大丈夫?」と心配されてしまい、ちょっぴり恥ずかしかった。




 ---




 ホームルーム終了後。川村先生がが教室出た途端、もう姫華の席には山のような人だかりができていた。


「私は姫華の幼馴染なんですよ~へっへっへ」――なんて自身の立場が危うくなるようなことは言わず。

 ただただ姫華をボーっと眺めている。

 確かに。こうやって集団の中にいると、凄く可愛い娘なのかも――。

 などと心を旅に出していると、後ろから肩をチョンチョンと突っつかれた。


「裕海、行こう?」


 梨花はカバンを見せてきたが、多分その中にはお弁当が入っているのだろう。

 私はお弁当持って無いけど――分けてくれることをちゃっかり期待してみたり。





 朝来たときと変わらず、いつもの教室はまるで私たちが来るのを待っていたように――。


「裕海、どうしたの?」


 せっかく余韻に浸っていたというのに、梨花に顔を覗き込まれたせいで、余韻が鼓動にかき消されてしまった。


 ――ドキドキするのも嬉しいけど。


「ううん。別に」

「ねぇ裕海、何か隠し事してるでしょ」


 鋭い。鋭いなこの娘は。

 別に隠しているんじゃ無くて、ただ単に言うタイミングを逃しただけなんだけど。


「話してよ。恋人でしょ?」


 断れない理由を突きつけられる。元々話すともりだったから良いけど、でも――。

 私は梨花の肩に腕を回して額同士をコツンとぶつける。

 ちょっと痛いけど温かい。そんな感じの感覚。


「まずは、キスしよ?」

「……もぅ」


 そう言っても梨花はその頼みを断らない。

 梨花は頬にかかる長い髪を手で払い、薄く目を閉じるとゆっくり顔を近づける。

 大人っぽい表情が間近に現れ、唇に柔らかい感触が訪れた。

 ふんわりとした甘い香り、そして温かくて心地良い吐息が触れ合う。

 腕をまわし合い、全身を制服越しに密着させる。

 体温が直に伝わってきて温かい。


「ん、んは、んっ」


 普段と比べて結構激しい。ちょっぴり怒ってる時とか、梨花はこういうキスをすることが多い気がする。


 ――って、何キスで人の精神状態分析してんのよ。私は。


 余計な事を考えている間に唇が離され、溜め込まれた甘い吐息が口周りに広がった。

 ああ、残念。

『もう一度しよ?』とか言える雰囲気なら良かったのだが、梨花は尖った視線でじっと私の目を見つめている。

 別の意味で吸い込まれそうなその視線に耐え切れず、思わず目を逸らす。


「あ、えっと……」

「次のキスは、お話の後で。さ、話して」

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